1、ゼギアスの旅行(サエラ同行、東京編)ー その一
「あなた、地球へ行く日よ? 」
俺を揺らすベアトリーチェの声で意識を自分の身体に移す。
今の俺は眠る必要がない。
俺だけではない。
竜族となった奥様達も寝る必要はない。
だが、元々は人型生命体だから睡眠という快楽を失いたくはない。
二度寝の幸せなど経験した者にはたまらないからね。
まどろんでるときに隣で寝る伴侶の感触を感じる幸せもだ。
そこで各自で意識を眠らせるという練習を行い、今では俺達全員が意識を眠らせられるようになっている。
但し、せいぜい四時間ほどで意識は起きてしまう。
その理由は、龍体の性質にある。
いつも元気すぎるのだ。
自然界からエネルギーを取り込み続けてるから発散しろと身体が命令してくるのだ。
マリオンやディグレスなどは
「そうなのよ、私がダーリンをいつも求めてしまうのは身体が命令するからなのよ! 」
「元気なことは良いことだろ?だから、さあ!! 」
こんなこと言ってエロい状況になるのだ。
ま、俺は奥様達とイチャつくのはいつでも嬉しいから理由などどうでもいいのだが。
とにかく、今の俺達は寝ることに苦労するほどいつも元気だ。
ブラック企業に捕まったら永久就職させられそうだ。
それで今日は、サエラと一緒に地球へ行く。
他の奥様達も行きたいと言うのだが、うちの奥様達のような美人を俺が十人以上も引き連れて歩いてはいけない。
注目を浴びるからではない。
そんなものはこっちでも日常茶飯事だ。
ナンパやスカウトを気にするからでもない。
俺達の通行を邪魔したところで引き留められるはずもない。
ではどうしてか?
簡単だ。
俺のようにモテナイ男子メンタルに毒された男達に傷を与えないためだ。
同士等の傷を広げないためだ。
俺のような身体がでかいだけの非イケメンが美女を一人連れている程度なら、蓼食う虫も好き好きと、そういう物好きな女が居てもおかしくはないと見て見ぬ振りもできる。
だが十人以上の美女に常にエロくベタベタされてるとなれば、同士は俺を許さないだろう。
はっきりと言う。
俺なら絶対に許さない!
どんなに性格がいい男であろうと許さない!
非イケメンには非イケメンなりのマナーが必要だ。
同士への気配りが大切だ。
可能ならば、同士を俺の世界に連れて行って、首都エルで毎日男漁りに精を出してる肉食獣達と面接させ、気に入った子が居たなら永住権を与えて同士の心を癒やしたいくらいだ。我が国では人間種でも亜人種でも魔族でも、綺麗で尽くしてくれる女性が大勢伴侶を探しているのだ。
まあ、それは地球の神との約束に反するからやらないが、本音では同士の心を癒やしたいんだ。
そういうことで、今回はサエラだけを連れて地球へ行く。
他の奥様達は次回以降一人づつ連れて行く。
地球行きはサエラの希望だ。
そして前世の俺が生活していた日本を見たいというのもサエラの希望だ。
決して、俺が美人の嫁さんを見せびらかしたいから行くのではないのは理解していただきたい。
地球に行きたいという希望を聞いてから、俺は努力したのだ。
とにかく、お金。
創造の力や複製魔法があるのだから苦労するはずないだろうと思われる人も居るかもしれない。
だがそれはダメだ。
地球からこっちの世界に持ってくるなら創造しても複製しても問題ないだろう。
しかし地球で使うためとなれば、それは犯罪だ。
だから、俺はこの数ヶ月、地球で働いて稼いだ。
日雇い労働しまくって稼いだんだ。
施設警備や交通整理などの警備関係。
イベント会場のスタッフ。
配送業者の荷物の仕分け。
魔法を使わずに真面目に働いて稼いだ。
今は身体そのものがチートのようなものだろう?という指摘はやめてくれ。
また、戸籍や住民登録などは偽造してるんだが、その違法性に関しちゃどうよ?
俺の内なる声がそう聞いてくるが、そこは目をつぶっていただきたい。
そもそも地球の存在じゃないんだから、どうにもならん。
元地球人特権ということで許していただきたい。
ちなみに、スマホの契約も済ませてある。
口座引き落としでな!
だからお金くらいは真面目に稼ぐ。
地球行きは今回だけじゃないんだからこれからも稼ぐ。
稼いできっちり使ってくる!
「主様、おかしくないですか? 」
サエラが衣装を身につけ、日本を歩く際に問題はないか聞いてきた。
グゥゥゥゥゥゥゥゥッド!
マーーーーーーーーベラス!
うちの奥様達の衣装は肌の露出が多い。
それはこっちの世界では普通なのだけど、行き先が地球の日本となればちょっと注意が必要だ。リエッサとスィールに至っては、上半身裸で歩くことも気にならない方々だ。俺が注意しなければどこまでも露出するだろう。
そんなサービスする必要はないし、日本では逮捕されてしまう。
だが、サエラは肌を晒すと危ない目に遭う機会が多かったサキュバスの経験がそうさせるのか、肌の露出は控えめだ。
緑のVネックシャツに、オフホワイトのジャケット。
黒のパンツに歩きやすい感じの黒いローヒールパンプス。
俺が地球から複製してきたファッション雑誌を読んで考えたのだろう。
カジュアルな服装を選んでいる。
フェロモン自然と垂れ流すことはなくなったとはいえ、サエラの色気は十分破壊的だ。健全に生活している人間男性を犯罪的にさせる力がある。
顔しか見えないほど武装しても、サエラのコケティッシュな表情を見ただけで多くの男性を惹きつけるだろう。だてに元サキュバスではないのだ。
だが、せっかく旅をするのだ。
サエラを完全武装させて歩かせるのはあまりに可哀想だと諸君は思わないかね。
俺は思う。
だから露出を抑えたカジュアルな服装が良い。
決して、元の俺のように色っぽい女性をついエロい目で見てしまう悲しい男性のサガの持ち主達の視線からサエラを隠したいという理由ではないのだ。
これも是非判って欲しい。
しかし、サエラでこれでほど神経を使うのだ。
色気を過剰に振りまくマリオンやミズラ、リエッサやディグレスを連れていく時は俺の精神がもつだろうか?
ちょっと心配になってきたが、まあ、その時はその時だ。
「うん、いいね!とても素敵だ」
俺は笑顔でサエラに合格を出す。
ちょっとはにかんで喜ぶサエラの表情に、日本人男性が臨戦態勢になる前に俺が臨戦態勢になりそうだ。
さて、サエラに見惚れてばかりいないで俺も着替えなければ。
俺はと言えば、白の七分袖のカットソーにデニムのジャケットとパンツ。
でかい身体の俺がビシッと決めると、日本では危ない組織のお兄さんのようになってしまう。清潔感保ちつつラフな格好でいいのだ。
◇◇◇◇◇◇
前世で地方在住者だった俺は首都圏に詳しくない。
そして、異世界から上京するのだから、いわゆるお上りさんもいいところだ。
日雇い労働で東京で過ごしたと言っても、労働時間以外はこっちの世界に戻ってきていたから、電車の乗り降りに苦労はしない程度で地理には詳しくない。
ということで、まず旅行情報誌を購入せねばならん。
事前にしっかり調べておけよと言われるだろう。
まったくその通りだ。
ちなみに、俺もサエラも思念解析魔法を自身に使ってるので、言葉も文字も苦労しないしコミュニケーションにも不自由はない。
旅行雑誌で行きたい場所を決めさえすれば、あとはホスピタリティに優れた日本人に「ここへ行きたいんですけどぉ? 」と言って聞けば大丈夫なはずだ。
うん、他力本願です。
俺もサエラも日本人の風貌じゃないから、「日本語お上手ですね。」と褒めてくれた上で教えてくれるだろう。俺の顔は地球でのスペインやポルトガルのようなラテン系に近いし、サエラは東欧系だから日本人に思われることはないだろうからね。
たまには悪い奴も居るだろうが問題は無い。
こちらを騙そうとしたり、恐喝でもしてこようものなら、ちょっと怖い目に遭わせてあげるだけだ。
それからまた別の人に聞けばいい。
そういったトラブルも旅の醍醐味だと割り切れる余裕が今の俺達にはある。
何せ、時間は無限にあるからね。
こっちと日本の時差は確認してある。
バイトの出勤で必要だったからね。
今日は東京で昼食をとり、新宿と渋谷の様子を見て回り、夕食がてら居酒屋へ行ってから帰宅する予定だ。
サロモン王国はこっちの世界では超文明国だけど、日本と比較したらまだまだだと話してる。サエラはその日本の文明に触れてみたいと言うので、日本の庶民にとっての普通の空間を体験させたい。
もちろん地方と首都圏では見るもの感じるものに違いはある。
だが、文明が凝縮してる環境を体験させてサエラを驚かせたい。
「じゃあ、行こうか? 」
サエラと腕を組み、「楽しんできてね」と声をかける家族に微笑みを返して俺は地球へ向かう。
この世界の中なら、もしくは地球の中ならただの転移魔法での移動が可能なのだが、残念ながら時空の狭間は転移魔法だけでは通り抜けられない。もう少し詳細に言えば、俺とエルザーク、そして奥様達全員が一体化した龍体であれば転移魔法だけでも時空間転移は可能だ。だが、今回のように人化した俺とサエラだけで移動するときは、時空の狭間に道を作らなければ転移できない。
ちょっと不便ではあるのだが、時空間移動するにはそれなりの体勢が必要だから、まあ仕方がない。
だから、転移魔法で移動する前に、龍気を使ってこちらの世界と地球の間に道を作る。その間は、俺とサエラの身体はこちらの世界にある。
今の身体を手に入れる前と違い、サエラも龍気は使えるようになっている。
だから俺とサエラの二人で時空間に道を作る。
俺一人でやるより早く作れる。
今の身体なら俺一人でも以前より早くそして楽に作れるのだが、やはり人数が多い方が早い。
俺とサエラの身体から森羅万象龍気を使用する際に出る光……気を見られない人には判らないだろうけど……が出ていることだろう。
そして道を作った俺とサエラは、地球へ転移した。
◇◇◇◇◇◇
転移先は、新宿御苑。
突然現れたところを目撃されて驚かれると困るので、転移した際には周囲から認識されないよう認識阻害魔法を使用している。
新宿御苑でも比較的一目につかないところにある木陰に転移し、それから周囲を確認してから認識阻害魔法を解除する。
これで海外からの旅行客に見られるだろう。
俺もサエラも、人化する際に姿を変えることができる。
意識しなければ元の姿で人化する。
俺は元々人間と見た目は変わらないから関係ないのだけれど、サエラは少しだけサキュバスの特徴が元の姿にはある。
角だ。
羽は必要の無いときは体外には出さないし、尻尾などもともと無い。
だが大きなものではないし、髪型次第で隠せる程度だが角はある。
俺達の世界に居るときは隠す必要など無いが、日本に来たらそうもいかない。
だから、サエラには角のない状態で人化して貰っている。
角がないだけで、いつもとは雰囲気がちょっと柔らかくなり、サエラ本来の性格に近づいた感じがした。角があるとやはり妖しい雰囲気になるよね。
まあ、どちらのサエラも素敵だ。
転移先に新宿御苑を選んだのは、今日ここで植物展というイベントがあるから。
日頃、温室で様々な樹木と接しているサエラなら興味があるだろうと考えた。
サエラが気に入るモノがあったなら、種なり苗を購入して帰ってもいい。
そう思っていたのだが、サエラが興味を示したのは花よりも植生管理してる方の作業の様子だった。
なるほど。
いろんな花や作物を栽培して、きちんと成長させることができることもあれば失敗することもある。
うまくいかないときは優しいサエラは悲しんでいる。
雑草等の植生管理を覚えて、生育環境をより良くする参考にしようというのかもしれない。
温室でも役に立つのか俺には判らないが、公園の整備では必要なことだろうから、首都エルでも公園を増やしていることだし関心あるならじっくり見ておけばいい。
そんな風に関心あるものを見つけては作業している方などに聞きながら、俺とサエラは新宿御苑を歩いた。メモを取りながら真剣に話を聞いているサエラの様子は誰かに自慢したいほど美しく感じた。
本来なら昼食をとる予定の時間をだいぶ過ぎても俺とサエラは新宿御苑で時間を過ごし、三時近くになって俺達は新宿御苑を後にした。
「主様、とても面白かったですね。帰ったら早速試してみます」
俺の顔を見ながら興奮気味にサエラは学んだ感想を話す。
緑の瞳を輝かせ、教えられた内容を説明するときには身振り手振りを交えて熱く語っていた。
うん、これだけでも連れてきた甲斐があったね。