あべこべ世界、「ぶっさ!」と言われた傾国の美姫は
注意!けっっっこうご都合主義ですが、そういうのもサラッと流せる方のみどうぞ。
童話っぽい語り口を目指しました、そう見えるかはどうあれ。
ある所に、美しさの価値観が著しくずれた国がありました。
他国とは正反対の価値観を持つその国は、他国との交流が全く無いので、自分達の国の美人が他国では醜女である事を知りません。
豊かな脂肪、大きな頭、短い脚、腫れぼったい細目に鼻の穴が開いていればいるほど良いとされる丸い鼻、厚ぼったいたらこ唇。これら全てを兼ね備えた者こそ絶世の美貌の持ち主なのです。
何故そんな事になってしまったのかというと、その国の掟に原因があります。
200年に一度、召喚される異界からの勇者の価値観がその国の価値観となるのです。勇者が空は赤いと言えば空の色を示す色は赤になり、勇者が大貴族に向かってお前には奴隷がお似合いだと言えば、その日から大貴族は一族郎党奴隷です。
そして、丁度200年前の勇者は、大層自分に自信がありませんでした。脂肪をたっぷり蓄え、頭が大きく、脚は短く、開いているかもわからない腫れぼったい細目に、これでもかと穴の開いた丸い鼻、分厚いたらこ唇。彼は元の世界で醜いと蔑まれていたのです。
そんな勇者は召喚されてみて吃驚。誰もが彼を崇め、女達は彼に擦り寄ろうと躍起になって隣の座を争うのです。
次第に自信を取り戻した勇者は、最後には過剰な自信の塊となって、国中に宣言しました。
『自分の様な容姿の者こそが、最も美しい者である!』と。
かくして、美意識が独特過ぎる国が爆誕してしまったのです。
さて、話は変わりますが、美意識の変革を果たした200年後、その国には年頃の双子の王女がおりました。
王女達は正反対の外見をしています。妹姫は上で挙げた特徴を見事に全て持ち、傾国の美姫と謳われ、姉姫は、この世の者とは思えないあまりの醜さから、必要な時以外は部屋から出る事を許されていません。
悍ましいとすら影で囁かれる姉姫を、お優しく美しい王も王妃も慈しんで惜しみなく愛を注ぎましたが、愛しているからこそ、結婚はおろか人前に出る事も難しい容姿を見て、姉姫の暗い未来を想い、嘆くのです。
姉姫は、容姿は醜くとも、王や王妃に愛されたお陰で心は優しく育ちましたが、心の美しさを知ってもらう以前の問題なので、姉姫の内面を知る者は古参の僅かな侍女のみです。
一方、妹姫はというと、幼い頃から全ての人に賞賛され、愛を向けられ、少々我儘で自己中心的な性格に育ってしまいました。
しかし、無理もありません。それ程に妹姫は美しいのです。実は彼女は姉姫を見ては、自分の容姿を思い出し、安堵の息を吐いているのですが、その事を知る者も殆ど居ません。
そんなあらゆる意味で対照的な2人の王女が、数年ぶりに並んで立つ事となりました。
勇者召喚を行うのです。
突然見知らぬ世界に放り込まれた勇者に、優しく、心を込めて接するのが王女の役割です。当初は大臣達に、美姫と並ぶとより一層引き立つ悍ましさから、姉姫はこの場に居させるべきではない、と進言された王でしたが、それでは姉姫があまりに可哀想なので、せめて勇者が召喚される瞬間位は、と妹姫と並ばせました。
しかし、その決断を王は後悔し始めていました。元より美しいのに、更に美しさを引き立てるように着飾った妹姫の隣には、王族が纏うには質素過ぎるドレスを着て、髪で顔を隠す姉姫が背を丸めて立っています。
その様子を見て、誰が彼女達を姉妹だと思うでしょうか。
「来ます!」
勇者を召喚する為の特別な部屋の、床に敷かれた魔法陣から光が溢れ、部屋の中に居た全員が思わず目を閉じました。
そして、魔法陣からは聞き覚えの無い、慌てふためいた声が。
「な、何だ!?」
光が止むと、そこには、お世辞にも整っているとは言えない容姿の青年が1人。状況が上手く飲み込めていないようで、唖然とした顔で周囲を見回しています。
妹姫は、内心で期待外れだと溜息を吐きながらも、皆がうっとりと見惚れる蕩けるような笑みを浮かべて話し掛けようとーー。
「うわ、ぶっさ!……あ、やべ」
やはり姉姫は此処に居させるべきではなかったのに、と、苛立ちかけて、妙な事に気付きます。
青年は先程、どう見ても妹姫を見て言ったのです。『うわ、ぶっさ!』と。
妹姫は、青年自らが醜い故の嫉妬の言葉だと取りました。そして、何と心の狭い勇者だろう、と失望しました。
「……お言葉ですが勇者様、国一番の美姫はお気に召しませんでしたか?」
凍った空気を何とかしようと、王が言葉を絞り出しました。
「は?勇者?美姫?どこに?」
混乱していたのもありますが、勇者となった青年は、考えた事をそのまま口にして叱られる事も多々ある、正直者でした。それと、自分に向かって呼び掛けられた勇者という単語の他に、美姫に反応したのは男の性でしょうか。
「あ、そっちの綺麗な金髪の人が美姫?」
ストロベリーブロンドの妹姫はもう耐えられないとばかりに怒鳴ろうとしましたが、醜い姉姫を美姫扱いした勇者の間抜けな顔が見たくてぐっと堪えました。
姉姫はというと、部屋に金髪は自分しかいないという事に気付き、晒し者にされる絶望に顔を真っ青にして、小刻みに震えながら、ゆっくり、俯けていた顔を上げました。
勇者がひゅっと息を呑みます。姉姫は、つう、と涙を零しました。
「……み、醜い、顔を……お見せ、して……申し訳……御座いません……」
手で顔を覆って俯く姉姫を見て、勇者は見ていて可哀想な程に慌て始めました。
「え?何?突然の自虐ネタ?自信持って!俺が今まで見た中でずば抜けて美人だから!美姫って貴女の事なんでしょ!?え!?何、違うの!?え!?」
誰も彼もが口を挟めません。勇者は本気で姉姫を美しいと思っているようで、しかし姉姫は手で顔を覆っているので気付きません。
「……何という事だ……」
王が呻くように呟きました。
勇者が空は赤いと言えば赤いのです。つまり、常識が塗り替えられた瞬間でした。
勇者はこの国の歪な現状を知ると、直ぐさま他国との交流を提案しました。今まで何となく他国と交流しなかっただけなので、是非もなく勇者の言葉に従った、結果。
「何という事だ……勇者様が特殊な訳ではなく、我が国が可笑しかったのか……」
興味を持たれていたらしいこの国と、交流してくれるという国は沢山ありました。その何れの国も、美人といえば、すらりと細い身体に小さな頭、長い脚にぱっちりと大きな目、鼻筋の通った細い鼻に、存在感がそれ程無いもののぽってりとした唇、と、自分達の国の美人とは正反対だったのです。
傾国の美姫と謳われた妹姫は「子豚ちゃんが一丁前に着飾っているわ」と鼻で笑われ、姉姫は「こんなに美しい人が居たのか」と驚かれる始末。
国は暫く混乱しました。
実に見事な転落を果たした妹姫は今日も、何回もあり、毎回出席しなければならない勇者のお披露目パーティーで、流行に聡い者や他国の者にクスクスと笑われ、泣きたい気分になりました。
わたしが一体何をしたというの、と。
そこに本日の主役たる勇者が現れます。初日の狼狽えっぷりが嘘のように堂々としていました。彼は順応性が高いのです。
「酷い顔だな」
「……あんたもわたしが醜いって言うんでしょ」
一度口を開いたら、ずっと思っていた言葉がすんなりと出てきました。
「皆わたしの事綺麗綺麗って言ってたのよ……この体型を維持する為に頑張って食べた!鼻の穴だって頑張って広げたし、それなのに、それなのに!わたしが何したっていうのよ!
……はっ!そもそもあんたのせいじゃ……!」
「怒鳴るな怒鳴るな。そりゃあんたのせいではないさ。でもさ……」
勇者は妹姫の目を真っ直ぐ見て言いました。
「お前の姉ちゃんも最初の頃、言ってたぞ。『わたしが何をしたというのでしょう。いくら努力しても太る事さえ出来ないこの身体はまるで、呪われているよう』ってな」
妹姫は、何も言えなくなりました。彼女は醜い筈の姉姫を見ては安心し、姉姫の心の内など考えた事もなかったのです。
視界が歪み、ぽたりぽたりと涙が零れます。自分でも何故泣いているのか分からず、妹姫はしゃくり上げながら勇者に問います。
「じゃあ……どうしろっていうのよぉ……」
「取り敢えず、ダイエットだな」
「……は?」
思わず涙がぴたりと止まります。
元美姫の悄然とした様子を、こっそりハラハラしながら見守っていた国の貴族達も、首を傾げました。
「だから、ダイエット。姉がアレなんだ。お前も痩せりゃそこそこ以上にはなるんじゃないか?」
「ダイエットなんて……した事ない」
「俺も無いから詳しくは知らんが、取り敢えず野菜だ。野菜を食え。脂はあんまり摂りすぎるな。それからーー」
いつの間にやらダイエット講座が始まっていました。嘗て美しいと言われていた者や、妹姫程でないものの、周囲に掌返しされ、塞ぎ込んでいた娘を持つ親などが真剣な眼差しを勇者に向けています。
パーティーだった筈が、どうしてこうなったのでしょう。
しかし、萎れていた妹姫の様子が明らかに変わりました。
「……やる、やるわ!減量してやる!」
その後、空前のダイエットブームが巻き起こり、王都を走り回る妹姫や、貴族の令嬢達を見て、「そのままでいいのに」と嘆く、ふっくら派が居たとか居ないとか。