プロローグ
異世界とかそういう要素はありません。魔界的な要素はあるかもしれませんが。
でもチートはあります。
グロい表現は普通にあります。
あと鬱展開もあるかも知れませんが、その場合はなるべく前書きに記載します。
杜乃浦クザクはいつも心の何処かで諦めていた。
何に諦めていたかというと、自分自身に対して……いや、自分自身の影の薄さについて、諦める以外の選択肢を選ぶことが出来なかった。
人に憶えて貰えないことなど茶飯事。担任すらクザクの顔と名前を一致させられないことが度々ある。クラスメートには何度話しかけても第一声は「誰?」なのだ。二言目には「同じクラスだっけ」と来る。あり得ないがそれがクザクの日常だ。
存在を無視されるのでは無い。ただ、影が薄すぎて他者の印象に残らないのだ。
ちゃんと声をかければ反応はしてもらえるので、買い物などで困ったことは――レジの目の前に立っているのに気付かれないことが多々あることを除けば――それほど無い。
だが、相手の印象に残らないので友情を育めるほど深い付き合いになることは皆無、精々が『同じクラスの、何となく見たことがある人物』といった扱いにしかならない。
さらには人間どころか、自動改札や自動ドアにまで存在を認識してもらえないことだってある。
改札でタッチするカードを間違えた時、ゲートが無反応のまま通過してしまって、慌てて戻ったこともあるし――しかも戻る時もゲートが反応しなかった――コンビニの自動ドアが開かない時などは誰かが開けてくれるのを待つしかない。必ず毎回反応しないということはないのだが、だからこそ不意に反応されなくて、自動ドアにぶつかったことも多い。
影の薄さというか、存在そのものが希薄になっているとしか思えない。
ここまでくれば立派な特技ではあるが、こんな特技使い道がない――犯罪方面であれば使い勝手は良さそうだが、生憎とクザクは一応善良な市民であり、罪を犯して人生を台無しにするつもりも、たった一人の肉親である父親を悲しませるつもりもない。
流石に父親だけはクザクを認識しているが、それでも「目の前にいるのに気配がない」と言われたことは一度や二度ではない。
必然、一人で過ごすことが多くなった。
友人らしい友人は勿論いない。いや、出来ない。憶えてもらえないのだから当然だ。当たり前のことだが恋人もいない。
それどころか他人に興味を持ってもらえないことを知ってから、クザク自身も他人への興味を持たないようにしてきた。相手に憶えてもらえない、認識してもらえないという事実は、クザクを他人に対して極端に臆病な人間にしてしまった。
もし間違って異性を好きになってしまっても、まともに名前も憶えてもらえないのだから、絶対に成就しないだろうと思っている。自分に比べたら路傍の石の方が、余程記憶に残るだろう。
辛うじて、メールやネットを通してであれば、『杜乃浦クザク』を認識してもらえるが、それはあくまで『杜乃浦クザクの文章』を憶えてもらっているだけで、『人間・杜乃浦クザク』を憶えてもらっているのではない。一度オフ会なるものに参加したことがあったが、帰って来てから「今日はお疲れ様~」などと書き込みをしたら、「あれ? 来てましたっけ」と返事があってからオフ会に参加する事は止めた。
それでも、引き籠もりにはならなかった。正しくはなれなかった。
これで人との関わりを自ら絶ってしまったら、本当に世界から消えてしまいそうで恐かったからだ。
以前は人と積極的に関わろうとしていた。だが、どんなに頑張っても声をかける度に『誰?』と聞き返された。いつしかクザクは集団の中で孤立していた。誰もクザクを見ないのだ。
クラスの誰かと打ち解けようとしても、声をかける度に怪訝な顔をされる。
異物を見るような目で見られる。
うんざりしていた。
だから、諦めた。
たぶん自分は、人並みの生活とは……いや、幸せとは縁遠いのだと。
将来、まともに就職できるかどうかも疑わしいのではないか。ネットを介した仕事なら可能かも知れないが、普通の会社員にはなるのは難しいと思っている。
ぼんやりと自分の将来を想像するが、幸せな光景を思い浮かべることができない。
クザクはただ一人で購買のパンを頬張りながら、自分の表情が暗くなっているのを感じた。
このままじゃダメなんだろうとは思うのだが、では、どうしたら良いのだろうか。クザク自身では答えを見つけることは出来ない。
食べ終わるまでの間、誰かがクザクに声をかけることはない。クザクも特に周りに話しかけたりしないので、早々に食事を終わらせたかと思えば、後は机に突っ伏して眠る以外にやれる事は無かった。
そんなクザクの肩に誰かの身体があたる。明らかに体重をかけられたあと「うわっ! 誰か居た! キモッ!」と女生徒の声が上がる。
クザクはめんどくさそうに顔を上げる。
「最初からいただろうが……」
朝霞野ミオリ―― 一応、小学校の頃から同級生なのだが、向こうはクザクのことを憶えてはいないだろう。
もっとも、クザク自身も名前くらいしか知らないし、それ以上を知ろうと思ったことも無い。知ったところで、興味を持ったところで意味が無いことを、クザクは今までで嫌になるほど思い知っている。現に今もクザクがそこに居たことすら、ミオリは気が付いて居なかったのだ。
大変失礼な物言いをされた気もするが、言い争うのも時間と労力の無駄にしかならないとクザクは判断し、朝狩野ミオリとその友人達――確か高志乃と伊吹川という名前だ。下の名前は知らない――を一瞥した後、再度机に伏した。
「ミオリ~、アンタ前にも気付かずに座ろうとしたよね? 何回目だっけ? 3回?」
四回目だと口にしかかるが、ぐっと飲み込む。
「影が薄すぎて居るか解らないのよ!」
「アイツ、なんて名前だっけ?」
「うーん? なんだっけ? 憶えてない」
高志乃と伊吹川の言葉に少し苛ついたが、クザク自身もフルネームを憶えていないのでお互い様かと思い直す。早々に気持ちを切り替え、クザクは狸寝入りに徹することにした。
「というかウチのクラスだっけ?」
「いくら何でもそれは失礼だよ~」
何か聞こえるが、気にしない。気にしたところで今更何かが改善する訳でも無い。
クザクはそう自身に言い聞かせると、もう一度意識を内側へ……心の深い場所に沈めた。
そう、全ては今更なのだ。今更何かが変わる訳も無いのだ。
ただ何処か諦め切れないのか、クザクは伏したまま小さく溜息を吐いた。
「俺、なんの為に生きてるんだろう?」
それがクザクの常日頃の口癖となった。
昨日まで……いや、つい先程までは。
昼休みには何も変わらないと諦めていたのに、僅か数時間ほどで、クザクの世界は一変した。
ただし、望んではいない方向へ。
■
そんなクザクは今、何者かに命を狙われていた。瓦礫や置き去りの資材に隠れて息を潜めているが、クザクの命を脅かす存在は、一歩、また一歩とクザクの近くまで迫っている。
自分の『死』が目の前に突きつけられた今、クザクはそれまでと全く逆のことを考えていた。
「嫌だ……まだ死にたくない」
つい数時間前まで、将来を諦めていたはずなのに、いざ死に直面した途端に死にたくないと思うのは身勝手な意見に思えるが、この時のクザクはそんな自分を客観的に捉える余裕など皆無だった。