7章
試験はどんな問題だったか覚えていない。頭で解くというより、手で解いていた。
試験が終わって、その日のうちに帰って来たが、もう面会時間は過ぎていたため、明日行く事になってしまった。少しでも早く綾の様子を知りたくて、お母さんに連絡を取ろうとしても、つながらない。嫌な予感がした。
その日は全く眠れず、次の日朝早くに病院に向かった。まだ面会時間まで1時間ほどあったが、外来患者に紛れて綾の病室に行った。変な緊張が体を包んでいた。
そして病室の前に着き、大きく息をしてからドアを開けた…
何も見えなかった。
正確に言うと、そこに在るべきものが見えなかった。
綾がいない。ベットはきれいに整えられていて、机の上に置いた手紙もお守りも無い。
俺は目を閉じた。そして、さっきより大きな息をした。
「なんで…」
その時、後ろから肩をたたかれた。振り返ると、綾のお母さんがいた。
「お疲れ様」
と言って、少しだけ微笑んでいるように見えた。
「あの…あの…」
俺が何とかして言葉を探していると、お母さんは何も言わず歩き出した。わけも分からず、しかし、後について行った。
ナースステーションの前で待つように言われた。俺は、ナースコールの名札に、綾の名前があるか探した。が、字が小さすぎて見えない。目を細めて探していると、
「おかえり」
後ろから声がした。
「綾」
俺は振り向く前にそう言ったと思う。振り向くとそこに綾がいた。点滴をしているが、普通に歩いている。また言葉を探していた。
「おかえり、健ちゃん。試験どうだった?」
いつもの綾の声だ。なんでこんなに普通なんだと思うくらい、俺の知ってる綾だった。
「…ただいま」
それしか言えなかった。
2人で、中庭が見える所のベンチに座って少し話した。
「健ちゃん、泣いたらしいやん。お母さんから聞いたで〜」
いつもの「いたずら笑顔」だ。
「暖かい病室に入ったから目が曇ったんだわ」
「へぇ〜」
と、楽しく話していたが、何かスイッチが入ったかのように綾の様子が変わった。
「怖かった…なんかね、健ちゃんやお母さん達が話しかけてるのが聞こえる時もあったの。だから返事してるつもりなのに、何も見えないし言葉も出ないし。このまま二度と話せないままなのかなとか考えると…本当に怖かった」
まるで何かから開放されたかのように涙を流した。
「きっと健ちゃんのお守りのおかげね。ありがとう」
また笑顔を作りながら言った。
「綾のお守りもかなり効いたよ」
「そう?嬉しいな。なら4月から健ちゃん大学生やん」
「んー…まだ決まってないけどな」
「私は来年も受験生やわ。でも、大学生より受験生の方が若く聞こえるよね〜」
「それは俺が年寄りだって言ってるのか?」
「ん〜、どうでしょう」
綾は元気になった。俺の試験の前々日に意識が戻り、次の日には4人部屋に移ったらしい。実は、東野高校では綾の意識が戻ったと知らされていたらしいが、洋介はわざと俺に教えずにいてくれたという事だった。アイスもう1個おごってやろう。
そして3月上旬、俺の結果発表と綾の退院の日が同じになった。これを運命と呼ぶんだな。俺は無事合格。綾にすぐメールで報告したら、
「じゃ今から公園でお祝いしよ」
って。公園でお祝い?と思いながらも、俺達の思い出の場所でもある公園に行った。
「退院してすぐに外出て大丈夫」
「少しならいいって言われたから。健ちゃん、おめでとう」
プレゼントもくれた。
「おぉ、ネクタイやん。ありがとうな」
「いえいえ。入学式にでもつけてね」
「もちろん。つけたら写メ送るよ」
のんびりした天気だ。
「受験前の大事な時に、迷惑かけてごめんね」
いきなり綾が言った。
「なんで綾が謝るんよ。悪い事してないのに。それに、綾が好きで毎日近くにいたんだからさ。あと、いい事教えたる。誰かに何かしてもらった時に、『ごめんね』って謝るのはよくないんだよ。そんな事言われると、何かした方もされた方も気持ち悪いやん。そういう時は『ありがとう』って言うんよ。ありがとうってどういう意味や?」
「どういうって?」
「漢字2文字で」
「感謝」
「そうやろ。『ありがとね』って、お礼を言いながらも、迷惑かけちゃった事を謝る。『感謝』の謝ね。だから、人に迷惑かけてしまったと思っても、その人が助けてくれたんなら『ありがとう』って感謝するとえぇよ」
「そっか。なら健ちゃん、ありがとうね」
そう言って、軽くキスをしてきた。
その後のノロケ話は省略しておくよ。聞きたくない人もいるだろうからね。
4月から、それぞれの新しい道が始まった。俺は普通の大学生。ゴールデンウィークや夏休みなど、何かあったら3時間かけて帰省していた。別にホームシックじゃなくて…
頼まれてもないのに、綾の勉強を見るためだ。
その甲斐あってか、綾は無事、県立の看護大に合格した。
俺と綾の色々な出来事はこのあたりでおしまい。2人とも大学生を頑張ってるよ。俺は2年後に就職して、地元に戻るつもりでいる。これでまた綾と一緒にいられる時間が増えるぞ。
綾、今まで色々あったけど、ありがとうな。そして、これからもよろしく。
俺と綾はずっと一緒だから。ずっとね。
====終====
初めて書きました。色々な感想を聞かせてもらいたいです。よろしくお願いします。