5章
24日。センター直前講座を2人で一緒に受けている。昼の休みに、
「メリクリ〜。まず私からね」
と言って、赤いフェルトで作られた、ハート型のお守りをくれた。
「絶対に効くからね」
これは心強い。
「じゃ俺のも。ほら、縫えたし」
「おー、すごいやん。しかもちょっと上手いし」
「本気を出せばこんなもんよ。念力込めといたから」
「念力って…なら筆箱に付けようかな」
俺流のお守りは、紙に「綾 絶対合格」と書き、裏に「ずっと一緒にいよう」と書いて、青いフェルトで包んだものだ。両方の願いが届くといいな。
年が明け、センター試験がやってきた。お守りの効果はすごかった。綾も俺も、いつも以上の点数だった。だがそれは、俺の関東受験を決定付ける点数でもあった。もし、センターが悪かったら、ランクを落として県内にしたのだが。その事を綾に話した。
「綾のお守り、効きすぎるよ〜。それで、俺、関東を受ける事にするよ。ごめん」
「なんで謝んのさ。そのためにお守り作ったんやん。頑張ってよ。私も頑張るからね」
綾は大人だな…あ、俺が子供なんだな。とにかく、今は頑張って、2人とも喜べるようにしないと。
1月の終わりのある日。朝いつも乗ってくるはずの駅で綾が乗ってこなかった。最近は朝、洋介も一緒にいるんだから、東野高校も授業はあるはずだ。「おはよ。今日学校行かんの?」とメールをしても返ってこない。「変だな」と洋介と言いながらも、学校に行った。
学校に着いて、1時間目が始まる少し前に、洋介からメールが来た。
「おい、菅沼が今朝事故に遭ったらしい。詳しい事は次の休み時間に話す」
何の事か分からなかった。事故のニュースをテレビで見ているくらい、ピンとこなかった。休み時間までの1時間がとても長く感じられた。洋介から電話が来た。
「朝、担任が『菅沼が今朝、自宅から駅に自転車で行く途中、車にはねられた。近くの病院にすぐ運ばれたが、状態は分からない。私は今から病院に行ってくる。一度に大勢が押しかけると混乱するから、君達はまだ病院に行かないように。心配なのは分かるが、お見舞い出来る状況になったら私から連絡するから。それまではきちんと勉強してるように』って言ってた」
「まだどんな状態か分からないのか?」
「分からない。でも言い方からすると、ただ骨折ったとかじゃなさそうだなってみんなと話してる。お前の携帯には何も連絡ないのか?」
「全く。学校昼で終わるから俺行ってくるわ」
「そうしてやれ。しっかり見舞ってやれよ」
ようやく学校が終わった。俺はすぐに綾が運ばれた病院へ行き、綾の病室を聞いた。
「菅沼さんは今、集中治療室ですので、ご面会はできません」
それでも、集中治療室を探し、テレビでよく見る、赤いランプのある扉に着いた。扉の前のソファーに、1人の女性が心配そうに座っていた。綾のカバンを持ってる。綾のお母さんだろう。
「あろ…菅沼さん…ですか?」
「ええ。あなた、どちら様?」
「あ、僕岡本健太です。実は綾さんとお付き合いさせていただいてる…」
「あなたが。いつも綾が『健ちゃん健ちゃん』と言っています。事故に遭った事をご存じで?」
「東野に行ってる友達が教えてくれて。綾さんどうなんですか?」
「頭を強く打ったみたいで、まだ意識が戻らないんです。脳に出血もあるみたいで。気持ちは分かりますが、いつ話せるようになるかわかりません。今日の所はお引き取りください。あなたも受験すると聞いていますよ。意識が戻ったらすぐ連絡しますから。今日の所は…」
何度か「もう少し待たせて下さい」とお願いしたが、お母さんも気持ちが張り裂けそうなのだと気付き、その日は帰る事にした。多少、気が動転していたようだが、しっかりしたお母さんという印象を受けた。俺の事を綾から色々聞いているみたいで、俺の事まで考えてくれる。綾に、俺とお母さんが仲良くなったところを見せて、びっくりさせたいと思った。