3章
あまりに楽しい日々だったので、彼女の心の傷の事を忘れていた。話している時は楽しそうに見えるし、明るい子にしか見えない。でも傷を隠して楽しそうにしているのなら、俺が彼女に無理させているんだよな。自分の楽しみしか考えていなかった事を後悔した。これからどうしよう。困った…そんな時は…
「おっす、洋介。あのさぁ、菅沼さん学校でどんな感じ?」
「どうって、普通だけど。また何か変なん?」
「そういうわけじゃないけど。最近話してると楽しそうにしてるけど、本当はどうなんだろうなぁって思って」
「聞いてみりゃえぇやん」
「簡単に言ったねぇ。まだ話すようになって間もないのに聞きにくいやんか」
「まぁな。でも『岡本くん、いい人だね。楽しいよ』って言ってるよ」
いい人ね…なんかよく聞く単語だ。
次の日、いつものように話して、それと同じノリで聞いてみた。
「菅沼さんって彼氏いないの?」
彼女の顔を、ものすごくうかがった。
「あぁ〜、聞いちゃったか〜」
「あ、じゃ聞かなかった事にして」
「いやいや、別にいいよ。今はいないんだなぁ。夏にフラれちゃってね。そろそろ彼氏探し始めるかな」
特に変わった様子は無かった。普通に話してる感じがした。これをどう捉えたらいいのか分からなかったが、話してて楽しいという事実に変わりはなかった。
それからは彼女の心の傷の事など忘れ、毎朝楽しく話していた。衣替えの時期になり、風も冷たくなってきた頃、彼女が唐突に、
「岡本くんって新人戦いつ?」
お、これはもしや応援に来てくれるとか?
「来週の土日だよ。なんで?」
「そっか。よかった」
あ、違うのね…
「あのね、私たちの定演が再来週の日曜にあるの。よかったら聞きに来てほしいなぁと思って。忙しい?」
「行く」
という事で、東野高校合唱部の定演に行く事になった。その日洋介は練習試合だから、1人でいくというサプライズ(?)
そして当日。朝、メールで「岡本くんどこにいるか探すから、前の方に座ってね。曲の間に合図するから」と来て、テンション上がりまくりで会場まで向かった。言われた通り、前から5列目に1人で陣取った俺は、周りの人にどう思われたのだろう。でも、そんな事どうでもよかった。早く始まれーとばかり思っていたのだから。
いよいよ開演だ。舞台に出てくる生徒の顔を探して…見つけた。「彼女からの合図を見落とすもんか」とばかりにずっと見ていた。
一曲目が終わった時、彼女は目線を動かし、俺を探しているようだった。気付いてくれー。願いが通じたのか、目が合った。自然とお互い笑顔になり、彼女はウインクして見せた。あの時の胸の高ぶりは、それまで経験した事のないものだった。
定演は、午後3時頃終わった。終わってからも彼女は反省会とかあると言っていたので、俺はそのまま帰った。本当は、終わってから話したりしたいなぁとは言ってたんだけど。
夕方5時過ぎ、家でくつろいでいた所に彼女から「今終わった〜。もしよかったらさ、今から森島堂まで出てこない?ほら、今日定演の後に話したいって言ってくれてたじゃん。駅の近くに公園あるから、そこでどうかな?」と言ってきた。部屋着になってた俺は、すぐに着替えてその公園に向かった。緊張しつつ、喜びつつ。
公園に着くと、まだ彼女は来てなかった。あと5分ほどで来るらしい。そこは、大きくはないが、シーソーやブランコといった定番メニュー(?)のある、静かな公園だった。2人でゆっくりするにはいい場所だな、と考えたので、ニヤついてしまったかもしれない…
そして彼女が来た。
「ごめんごめん。呼んどいて待たせちゃって」
「お待ちしておりました」
「今日は来てくれてありがとう。ウインクしたんだけど、分かった?」
「もちろん。嬉しかったよ。俺も返そうと思ったけど、ウインクなんてできんし…」
「投げキスでもしてくれればよかったのに〜」
と言って、いたずらっぽく笑う顔もいいなと思った。
それからしばらくいつものように楽しく話し、最後に大事な話をしてその日は帰った。
そう、この日から俺と彼女は付き合い出したのだ。どっちからどんな風に告白したかって?そんなの教えねぇよ。だって照れるやん。いいんだよ、付き合う事になったんだから。
それからの日々は、「人生ってなんて楽しいんだ」としか思えなかった。朝の電車の中、休み時間のメール、綾が日曜休みの時は出かけたり、と。洋介に言って驚かそうと思ってたら、あっちから、
「お前、菅沼と付き合うんだってな。よかったやん」
と言われ、逆に驚かされたり。学校で綾が自慢げに言ってきたらしい。
「『浦田くんは私たちのキューピットだからね』とか言われたよ」
と洋介も嬉しそうだ。マジこいつには感謝せんとな。アイスでもおごってやるか…