2章
それからすぐ夏休みになり、部活だけの日々が続く。朝彼女を見る事も無くなった。「部活の時間が違うんだろうな…」と軽く凹みながら電車で寝ながら部活に行く。高校の夏休みの部活は今年が最後だからと、とにかく練習ばかりして過ごした。ついには「早く学校始まらんかな」と、高校生らしからぬ事まで考えていた。
待ちに待った(?)9月。いつものように彼女も電車に乗って来るのだが、どこか元気が無いように見える。途中から乗ってくる友達と話してる顔も、今までの笑顔とは違う感じだった。「夏バテでもしてるのかな」くらいにしか思っていなかった。
しかし、9月の終わりに近づいてもずっと夏バテしている。違う、夏バテじゃないのかなと思い、洋介にそれとなく聞いてみた。
「東野で風邪流行ってる?」
「んな事ないけど」
「夏バテは?」
「もうこの時期にはバテないだろ」
「だよな。東野で元気無い人がいるみたいなんだけど」
あえて誰か分からないように言ってみた。
「菅沼か?」
ちっ、なぜ分かった…
「そぉそぉ。9月の頭からずっと夏バテっぽくてさ。今日もまだ具合悪いみたいだったし」
「うん…夏大変だったんだよ…」
「合唱ってそんなに大変なん?」
「違くて。あいつら夏の間に別れたんだよ」
「え、マジで?なんで?」
「彼氏の方が地元の元カノと戻りたいって。夏の大会で負けた試合をその元カノが見に来てて、試合の後に会って色々話してたみたい。あいつも悩んでたらしいけど、結局は8月になってすぐ菅沼に言って別れたんだって」
「ずいぶん一方的やな。『他の人と付き合うから別れて』なんて言われて納得できんやろ」
「だからあいつは『お前モテるだろ?だからお前といると色々気にしなきゃいけないし疲れるんだよ』って言ったって。本心かどうかは分からんけどな」
「いやいや、本心じゃなくても言われた方は相当なダメージやろ…うわぁ…」
「学校では何ともなかったようにいるけど。そりゃ無理だよな」
俺もなぜか凹んだ。彼女の事を何か聞く度に凹んでいる気もするが。それだけ俺の中で彼女の存在が大きくなっている事は確かだ。ただ、だからといってどうする事もできない。洋介から聞く話で凹む事しか…
夏の出来事を知ってから彼女を見ると、今まで以上に元気無く見えた。力がないというかフワフワしてるというか。見ていて辛いと思う時さえあった。
そんなある日、朝、駅で電車を待っていると洋介がやって来た。あいつ朝練のはずなのに…
「よっ。ゆっくり起きるって気分良いな」
「朝練サボったのかよ」
「人聞き悪いな。うちら今日から試験なんだよ。で、うちらのキャプテンが『試験の日は朝練無くしてくれ』って言ったらそれが通ってさ」
「そんな権力持ってんの?」
「そいつ学年1位だから、成績下がったら部活辞めるって親が顧問に言ってきたらしいよ」
「高校生になってもそんな親いるんだ…」
「ま、それで朝ゆっくりできるんだから。こっちとしても助かるぜ」
その時、森島堂に着いた。
「あれ?浦田くん朝練は?」
彼女が乗ってきて、いつもいないはずの洋介を見つけた。
「今日から試験中は無いんだ」
「そうなんだ。おはよう」
「おはよう。勉強どんな感じ?」
この時ほど洋介をうらやましいと思った事は無かった。その時、洋介がナイスタイミングで、
「あ、こいつ同じ小・中に通ってた健太ね。豊和の剣道部」
さすが洋介。俺の心が読める奴だ。
「どうも、岡本健太です。こないだのコンクール、洋介と一緒に見に行きました。マジで感動しました」
「そうだったんだ。ありがとう。私は菅沼綾です」
めーーーっちゃ緊張した。びっくりするくらい。いやぁ、「洋介ナイス」って目で合図したら、あっちも「だろ?」みたいな合図を返してきた…と思いきや、
「こいつ前からずっと『森島堂に可愛い子いる可愛い子いる』ってうるさかったんだよ」
お前…余計な事を。
「だからコンクールにも連れてってさ。そしたらさらに惚れちゃって」
「おい洋介…(その口を縫ってやろーか)」
「またまたー。でも歌で人を感動させれたのなら、すっごく嬉しい」
と、思わぬ展開から冷や汗タラタラの朝でしたが。学校に着いてから思い出すとニヤけてしまう。それにしても、きれいな声だったな。笑った顔も可愛かったし。ただ、洋介が余計な事言ったから、それで引かれてないかが非常に心配だった。
その週は、毎日彼女と話した。もちろん、洋介を仲介してだけど。いきなり、
「岡本くんは彼女とかいないの?」
「と聞かれた時は、生きてて一番顔に血が通ってる事を確認した。少し期待して、
「…いないよ」
「そっか。男子校だと大変よね」
ですよねー。はい終了〜。まぁ、俺が固まってると洋介が面白いこと言ってくれるからね。いい奴だ。
と、楽しい一週間が過ぎて。次の週になると、もちろん洋介は朝練だから来ない。うわーどうしよう。ずっと寝たフリしてるか?いや、そんなの毎日続けられない。んー、何て話そう…
そんな事を考えてるうちに彼女がやって来た。
「岡本くん、おはよう」
「あ…おはよ」
「具合悪いの?」
「全然。元気たっぷりだよ」
たっぷりって…
でも大丈夫だ。普通に話せるや。これでチキンな俺とはお別れだな。いやー、それにしても清々しい朝だ。途中から乗ってくる彼女の友達は、何故か気を使ってあいさつだけして、少し離れたところへ行く。何だか照れるが、彼女は特に気にした様子が無かったので、俺も気にせず話した。