お姉ちゃんもやる時はやります!
時計を見ると家を出ないといけない時間が近づいていることに気がつく。
先ほど気合いを入れたはずなのに、お土産として持っていく手作りお菓子を何度も包み直していると、今から行われる撮影でも粗野な振る舞いやドジくさい事をしてしまわないか、つい考えてしまい不安な気持ちが膨れ上がってきた。
それに反して、しぃちゃんは目にも鮮やかなラッピングをハミングしながらさくさく作り上げていく。自分が包んだ数少ない野暮ったい代物と出来栄えを比べてしまい、ますます打ちのめされそうになる。
どんより落ち込みかけていると玄関のドアが開かれる音が聞こえてきた。セキュリティは万全とはいえ鍵は常に掛けているはずなのに、ここにいる二人以外でいったい誰が入って来れるというのだろう。
何が起きるの! 固まりかけているとリビングの扉を勢いよく開けて入ってきた人に、ガバッと抱きつかれてしまった。
「陽菜乃! 逢いたかったんだよ!」
ムギュッと抱きすくめられ、そのままお約束の揉みくちゃにされてしまう。
「ちょ!? な、菜々子......? どうしてここの鍵を持ってる! というか何しに来た!」
「うん? 鍵は元々しぃちゃんから貰っていたし、逆に聞くけど愛しの陽菜乃の晴れ舞台に、どうして私が駆けつけないのかと思ったか、そっちの方が不思議だよ」
むむむっ いつの間に撮影の話を聞いたのだろう。抱き締められた状態で、しぃちゃんにチラリと目をやるとニコッと涼し気な顔をされてしまった。
「そりゃ自慢の娘がヒノキ舞台に立つのだから得意げに喋ったとしても致し方ないわよ。もちろん菜々子もそう思うわよね?」
「明々白々! ノープロブレム・アットオールだよ!」
むうっ 意味もなく横文字使えば煙に巻けると思ったら大間違いだからね。
「菜々子! いい加減に触り散らかさないで放してくれないかな......って、菜々子さん聞いてくれてますか?」
ピタリと引っ付いたまま、まったく身を離そうとしない。 あっ、そうか......。
「お姉ちゃあん。ギュッとされていると陽菜乃、苦しいよお」
弱々しく、目もうるうるさせて至近距離からのスキル上目遣い ー最終奥義ー『そら泣き』プラス甘えモード全開のお姉ちゃんアタックを繰り出す。
「も、も、もっきゅーん☆ラブ はいりましたあああああっ」
バタン 大きな音を立ててそのまま息絶える。
菜々子よ悪いな、そろそろ出掛けないといけない時間なのだ......サラバ、愛しき元妹よ!
「あひゃああ!?」
音を立てないよう、伏せている菜々子の横を抜き足差し足忍び足で通り過ぎようとした瞬間、足首をむんずと掴まれて堪らず声を上げてしまった。
「ひ、陽菜乃......め、目力あげった......ね」
「そうだね。お陰さまで何かと鍛えてもらったから......ほら、掴まって」
息を呑むほど秀麗なおでこは倒れた拍子に打ち付けたのか真っ赤になっている。額に赤丸を描いている菜々子に手を差し伸べ、起き上がる手助けをする。
――黙っていれば紫月先輩や冴衣先輩と同等のクールビューティーな素敵女子なんだから、そこまで身を挺したリアクションはしなくていいのだよ?
「陽菜乃、もうそろそろ家を出ないと電車に乗り遅れるわよ。待ち合わせしているのでしょ」
皆と『Diapason』の最寄り駅で集合する約束をしているから、すぐにでも家を出ないといけない。しぃちゃんはお菓子がかさ張らないよう紙袋に手早く詰めて、玄関まで見送ってくれた。
菜々子と二人でエントランスから出ようとした時、もう一基のエレベーターで急ぎ降りてきたしぃちゃんに呼び止められる。
何か忘れ物でもしたのかと思い振り返ると、シンプルながらセンスの光る銀製の透かし模様が描かれた髪飾りをケースから取り出す。
私の髪を手櫛で整え、見映えがよくなるよう差してくれた。
「清流が私に初めてプレゼントしてくれた手作りの一品なの......少しアンティークだけど、思った通り陽菜乃によく似合っているわ」
おずおずと髪飾りにふれてみる。不思議な紋様からは冷たい手触りなのに脈打つ愛情が感じられ、自然と暖かな気持ちが沸き上がってくる。
ありがとう......囁いた言葉に優しく頷く。
「いってらっしゃいな。お土産話しを楽しみにしているわよ」
お日様を感じさせる温かな微笑みは、角を曲がって見えなくなるまで注がれていた。
「陽菜乃は本当に愛されているね! これはお姉ちゃんもしぃちゃんに負けちゃいられないよ!」
菜々子もそれは上機嫌な様子で言い切り、二人の手を重ねると元気いっぱいに歩き出す。
なんだろう、この不安と期待がない交ぜになった切ない気持ちは......そうか。この姿になって初めて髪を切りに行った時も、こうして二人で手を繋ぎ、桜咲くこの道を歩いたんだっけ。
そんなに前のことじゃないのに、すごく昔の事のように感じる。
あの時、馴染みのない女物の服を着て慣れないメイクまでして仕上がったお洒落な恰好は、逆に不安ばかりが募っていたんだと思う。
そんな『俺』を元気づけ励ましてくれたのが......菜々子だ。
そう、あの時にもしも隣に居てくれてなかったら......孝と一緒に行くこともなく、今こうして『Diapason』にヘアーモデルとして呼ばれることも無かったのかも知れない。
駅に着き電車に乗り、揺られている間も二人の手は繋がれたままだった。
確かなぬくもりを手の平に感じ、満ち足りた気持ちでいると、先ほどからこちらに向けられてくる好奇な視線やヒソヒソ声も気にならないで居られる。
『ねぇ、あの人って誰がどう見てもnanakoだよね......なんか、それは嬉しそうに隣の娘と手を握りあってるけど......あの事は本当だったんだ』
『だね......ブログでも公言してたから、あの娘が噂のヒナちゃんに違いないよ!』
『はううっ それにしても二人とも絵になるね。ここが電車の中とは思えなくなるほどの......これが目にあやってやつなのか』
『『だね!』』
き、気になんか、ならないんだからね。
電車が降りる駅に近づくと菜々子は勢いよくシートからすくっと立ち上がる。手を繋いだままの私も必然的に身を起こす。
「さあ陽菜乃、勝負の場に着いたよ。いざ出陣! エイエイのオーだよ!」
気合いの声を上げ繋いだ手を高々と振り上げる。そんな菜々子を先ほどの女子高生と思わしき三人が目をパチクリとして見詰める。それに対して、とびっきりの笑顔を浮かべ空いてる方の手を振るものだから、とたんに黄色い声が波となって打ち寄せられる。
「なんだかよく分かりませんが頑張って下さい!」
「気合十分のnanako、やっぱり素敵です!」
「ブログ更新、楽しみに待ってますね!」
「ヒナちゃんも頑張れ!」
キャッキャ盛り上がる三人と何故かノリの良い周りの人たちに拍手で見送られ電車から降りた。
「菜々子......目立ち過ぎだって、それにブログに何を書いてるの」
恐る恐る聞いてみるとニヤリと不敵な笑みで返された。
「うだうだ言わないの。こんな事で恥ずかしがっていたんじゃ、いっぱしのモデルになんて成れないよ? というか愛しのお姉ちゃんのブログぐらい少しはチェックしておくのが愛情表現ってものよ?」
すんません。ほとばしる愛はないかもだけど今度こっそり見てみます。
それにモデルといっても『Diapason』だけの、しかも臨時のヘアーモデルだよ?
「ふふっ 陽菜乃は自分の魅力をちぃっとも解ってないんだよね。今の自分が周りの人にどれだけ影響を与えているか......好かれ、愛されているのか。それは結して身内の中だけに留まっているものじゃないんだよね」
階段へ向かうホームの途中で立ち止まり、いったん手を離すとこちらに向き直り、髪飾りで彩られた私の髪をそれは優しく撫で付ける。
「だからね、陽菜乃はもっと自信を持ってドンと構えていればいいの......さあ行こうか」
もう一度、手を握り合い階段を一段づつゆっくりと降りてゆく。
改札口を出ると人混みの中でさえも一際目立つ集団が目につく。そして私の姿を見つけたのか皆が手を振って名前を呼んでくれる。
「良い友達そして仲間に巡りあったね。いってきなよ。皆が陽菜乃を待ってるよ」
そっと背中を押され、私は皆のところに駆け足で向かっていった。




