『 レ研 』新たな伝説『 code 08 』
「のっち、今日はいつにも増してぽぉっとしているけど昨日はちゃんと寝れたんっすか」
休憩時間に誰の所にも行かず席に座って頬杖をついていると、いおりんが後ろからしな垂れかかってきた。
前みたいに密着される度に照れてしまうといったことは減ってきたけど、背中から伝わる質感にはそうはいえども動悸を早くする特別な力を持っている。
うん!持っているのだよ。
「うん? その様子じゃ無計画にゲームでもして夜更かししたんっすか。ほれほれ」
なおさらムギュっと寄り掛かり、耳元を密やかに息でくすぐってくる。
そんなハラスメントには負けませんよ。
なおもちょっかいを仕掛けてくるいおりんを無視しつつ、昨日あれからフジヨシ先輩が語ってくれた内容にどうしても囚われてしまう。
「そんなんじゃないんだ。詳しくは放課後の活動時に説明するけど、何だかややこしい事態になっているんだよね。それで皆の意見を聞きたいと思ってるんだけどいいかな」
「ふむっ いつになく真剣っすな。了解っす。そういう時こその『レ研』じゃないっすか。のっちの安眠のためにも第二回目のミーティング議題として取り上げっるとしますか」
いおりんは一人で考え込まずに、こんな時こそチーム一丸で事に挑むっすよと励ましの言葉と共に、ポンと俺の肩を叩いて前の席に戻っていった。
そうだ俺は一人じゃないんだ。紫月先輩もいるし都ちゃんもいる、頼れるチームメイトがいるじゃないか。そう思うと張り詰めていた気持ちが一気に軽くなり、現金なもので途端に眠気が押し寄せてきた。
そうなんだ昨日も色々考えちゃってあまり眠れなかったんだ。最後の授業は......数学か。陽一の時に一度習っているとはいえほとんど覚えていないし、うたた寝しないように気合を入れなきゃ。
チャイムが鳴り、数学Ⅰ担当の先生が扉を開け教室の中に入ってくる。
一部の生徒が会話に夢中になっているのかまだ話をしている。それは、いおりんの号令で起立して着席した後も続いていた。
授業が始まってから終わるまでの態度、心得は最初に辟易するほど諭された。電子黒板を使用しないで昔ながらのチョークを使って教えているのにもちゃんとした訳がある......経費がどうのこうのとかでは無く、自分の考えでノートを取ることの大事さ......と水嶋先生がそれは熱く語っていたっけ。
きっちりとそこらの理は教え込まれているのに、先生が出席をとっている間も私語を止めないなんて珍しいこともあるものだ。
皆も喋っている生徒が気になったのかチラチラ視線を向けている、俺は声で誰が話しているのか解っていたので流石にそろそろ話し終えるだろうと欠伸を噛み殺しながら呑気に考えていた。
「三成さん。授業も始まってるのだから、そろそろ喋るのを止めてくれる」
出席確認が終わっても一向に会話を止めない栞音ちゃんに堪り兼ねたのかいおりんが立ち上がり咎める。さすがにTPOをわきまえた委員長、こんな時は絶対っす使わないしね。
教室内はざわめき、全員が二人に注目する。栞音ちゃんと一緒になって喋っていた娘もばつが悪そうに俯いてしまった。
「だって......こんな人の授業なんて受けるの嫌なんだもん」
拗ねたように呟く彼女に教室内が一層ざわめく。
「のん! 先生の事をこんな呼ばわりはないよ。だいたい授業を妨害してアンタ何がしたいの」
熱血硬派なところもある剣道部所属の有馬 苺伽こといーちゃんが席から立ち、栞音ちゃんを真っ向から見据え戒める。険呑な雰囲気に眠気も完全に覚めてしまい大半の生徒と同じく固唾を呑んで成り行きを見守る。
ってか、俺も一応は副委員長なんだから何か言った方がいいのかな。
「三成さん、私に何か不満があるのなら授業が終わってから聞くわ。テストも近いことだしそろそろ授業を始めるわね」
小寺教諭は落ち着いた声だったが、眼鏡のフレームを無意識に触りながら栞音ちゃんを注意するとそのまま黒板に向き直り数式を書き始める。
まだ何か言いたそうな栞音ちゃんもいおりんといーちゃんに睨まれて、ぷぃっと頬杖を付き窓の外に視線を向けてしまった。
席に座り掛けたいおりんがやれやれといったジェスチャーをしながら「なんすかね、これも例の部設立に関わりあるんすかね」とボヤく。
すると後ろから、授業中なので勝手な私語はしないで下さいと声が飛んできた。
「ぐぬぬ のんめ! 後で覚えているっすよ」
今度は聞こえないほどの小声で愚痴ると席に着いた。
黒板に流麗な字で書き連ねる小寺先生は見た感じは動揺していないように思えるけど、さっきから何回かチョークが大きく欠けてしまっている。
レディーススーツを隙なく着こなした後ろ姿を眺めていると昨日聞いた話が信じられなくなる。人の趣味趣向に目くじら立てることでもないが、腐女子と一概にいっても守らなければならない不文律やエチケットが山ほどあって何かと七面倒臭い世界らしい。
そんな複雑に絡み合う同好の士が集うカテゴリーの中で、先生は約束に背きトラブルを起こしたらしく、その事実を『乙女ロード開拓ラブ』の会長が知るところとなった。
フジヨシ先輩もどういった内容かまでは知らないらしいが、どうせPかJに引っかかったんじゃナイと俺としぃちゃんが思わずこれは日本語?と疑問に感じた専門用語を捲し立てて憤っていた。
しぃちゃんはその噂を聞くとすぐに小寺先生を呼び出して事情聴取したそうだか、その場では頑なに実態を明かさなかったらしい。
学校側より同じ生徒の方が情報を集め易いでしょうから、可能ならば陽菜乃も絶対に無理はしないと約束してくれるのなら、そこ等の事実を調査するのに協力して欲しいとしぃちゃんから頼まれたんだ。
陽菜乃になって初めてといっていい母からのたっての願いに俄然やる気スイッチが入ったんだよな。
とはいうものの後ろをチラリとして、ぷぅとした顔で頬杖ついて外を眺めている栞音ちゃんの姿を見てしまい先が思いやられる気持ちになってきた。
※※※
放課後になり、のんめダッシュで逃げやがったっすとボヤくいおりんと状況をあまり理解していない都ちゃんを引き連れて『レ研』拠点の一つ化学準備室に行く。
紫月先輩が来るのを待っていると少しして扉を開けて中に入ってきた。その瞬間、醸し出す雰囲気に場が一気に明るくなる。
昨日の朝は皆お疲れモードで学校に遅刻せずに行くのに必死だったから、女性となってからの先輩の姿を改めて学校で見るのは初めみたいなものだ。
「先輩......オーラが違う」
都ちゃんが零した呟きに俺もいおりんも偽らざる思いを抱き肯く。
「アハハ クラスメートにも昨日から同じこと言われたよ。桐原さん別人になったみたいって、今まで遠巻きにして近寄りもしなかったのが嘘みたいにボクに話し掛けてくるんだ」
顔を紅潮させて語る紫月先輩は女性と成るまでは中性的な佇まいと独特なテンションを合わせ持ち......冴衣先輩とはまた違う意味で近寄り難い存在だったのだろう。
「みんながこの髪を見て惚れぼれとして褒めてくれるんだ......『Diapason』で綺麗に整えてもらって効果抜群だったよ......サユさんには手を合わせたい気持ちでいっぱいだ......もちろん陽菜乃、キミがしてくれた恩義は一生忘れないよ」
隙の無かったスタイルも背も低くなったことで制服のサイズが一回り大きくなり可愛らしい印象を与える。顔の輪郭も前より丸みが出てより女の子しているし、ハスキーだった声も透明感のある高い声となり聞いているだけで心地良さを味わえる。
近寄り難かった先輩のこの変化を同じクラスの生徒も敏感に察して、いきなりの女子力アップに秘訣が知りたくなって我慢出来ずに声を掛けたのだろう。
人見知りしない先輩の事だから仲良くなったら、そのカリスマ性から絶対クラスいやいや学校のアイドルになってもおかしくないよな。
何となく手の届かない存在になってしまわないか不安になりながら、今の話題が終わると俺は昨日から頭を悩ませている問題を皆に語って聞かせた。
「ありゃりゃ......キミはフジヨシ先輩と邂逅したんだね......それにあの人とは旧知の仲だったとは......縁は在るものだ」
おっ!? 紫月先輩はフジヨシ先輩のこと知っているんだ。その事を確認すると微苦笑を浮かべ。
「あの人もボクと同じく、この学校ではかなりの知名度だよ......良くも悪くもだけど......知る人ぞ知る宮女シン七傑衆の内の一人だ」
シン七傑衆......なんだろう。言葉の端々から感じるこの厨二ぷりは......。
伝説の二人の話はほとんどの生徒の知るところだろうけど、いおりんと顔を見合せた事からも彼女ですら知らなかった新たな伝説......七傑衆。
「今回の陽菜乃......キミが頭を悩ませているプロブレムとあながち無関係でもない......七傑衆についてボクが知ってる事を語ろうか」
紫月先輩は見てるだけでこちらが赤面してしまうほどの魅惑的な微笑みを浮かべ一同を見渡した。




