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陽菜乃

   

 眠りながら見る夢は、楽しい時もあれば何かよく分からないモノに追われていたりするけど、目が覚めるとリアルさを無くし、ほとんど記憶に残らない。


 しかし俺には、鮮明に記憶に残る夢を繰り返し繰り返し見る時がある。


 その夢では、けっして大きくも乗り心地もよくはなかったけど、すごく暖かで優しいとても安心出来る背中に、おんぶされている。


 必死に俺がずり落ちないよう、小さな手を添えてくれている持ち主が後ろに居るのも感じられた。


 夢の中で二人の顔は見えなかったけど、そこに登場する三人が確かな深い絆で結ばれていること、その温かみを実感していた。


 冷たい雨が降りしきる深い森を、さ迷い歩く夢。




 リビングでは母さん、陽一、菜々子、俺が集まりテーブルに座っていた。


 朝の八時頃で父さんは居ない。


 春休みのない会社人の父が平日だから居ないというわけでなく、元々長期海外出張中のため不在にしている。


 母さんは元々有休を取って菜々子と出掛ける予定だったので、今日はたまたま会社が休みだった。


「母さん、この娘は陽菜乃ちゃんなの! 私思い出した......」


 ――ひなの......何故だ。


 その名を聞くと胸がザクリと痛みだす、胃も締め付けられたように痛くなってくる。


 チラリと前に座る陽一を見ると俺と同じ気持ちなのか、二日酔いの状態も相まって更に調子が悪そうだ。


 やつれて頬が痩け、なんというか精悍な感じに見える。


 あれっ? 男の俺って、客観的に見るとこんなに男臭い奴なんだ?


「そう......陽菜乃ちゃんのこと思い出したのね」


 母さんは、とても悲しそうに俺の方を見る。


「でも、この娘が陽菜乃ちゃんのわけないのよ、だってあの子は......」


 ダアアアーン!!


 菜々子は拳をテーブルに感情のまま叩きつける。


 そして顔をクシャクシャにして泣き叫んだ。


「分かってない......母さんは、分かってないの! この娘は間違いなく陽菜乃なの!!」


 俺は先ほどから一緒に居たから菜々子の豹変ぶりに慣れてしまっていたけど、母さんと陽一は、びっくりして菜々子を見詰める。


 ここまで感情を昂らせた菜々子を見たことがないのだろう。


 落ち着いている。スーパークールな娘だと言われてもなんといっても、まだ十六歳の女の子なんだから。


 母さんは急いで立ち上がると菜々子の手を取り、怪我をしていないか確認する。


「つぅ!?」


「どうやら指は怪我していないみたいね......ねえ菜々子、無茶しちゃダメよ」


 持っていたハンドタオルで涙で濡れる菜々子の顔を、優しく拭う。


「――ありがとう、お母さん......そして、ごめんなさい」


 菜々子は落ち着いたのか素直に謝る。


「私は静華に連絡してみるわ、やっぱりあの子が一番に陽菜乃ことは分かってるだろうから」


 静華叔母さん、陽菜乃のお母さん。


 ドクン......ドクン......


 そうだ!?


 俺はなんでさっき菜々子が『ひなの』と言うまでその女の子のことを全く覚えていなかったのだろう。きっと菜々子もそうだ、急に思い出したからあんなにも取り乱しているんだ。


 ドドドドッと心臓が早鐘を打つ。


 深い森中で道に迷う幼い子供三人。


 あの夢は......いったい......。


 その時、脳裏に幼い子供の声と映像が唐突に流れた。


『えへへ、あたしの名前は、とっても好きな陽一お兄ちゃん、菜々子お姉ちゃん、そして大好きな信乃お祖母さまから、ひとつづつ頂いたんだって......ママが教えてくれたんだ』


 そして俺はいかにも、やんちゃで元気一杯の男の子に向かって嬉しそうに語る。


『でも一番大好きなのは陽一お兄ちゃんなんだよ!ひなののことお嫁さんにしてくれる?』


 俺は、はにかみ見上げている。


『おう! 任しとけ! 陽菜乃は俺が何があっても守ってやるよ!』


 その男の子は自信一杯に応えて、ニコッと笑ってみせる。


 ああっそうだ俺は、この笑顔が大好きだったんだっけ。


 いかにも男の子、男の子している陽一の暖かな笑顔が......。



 トックン......トックン......


 それは夢の中の出来事、深い森林の上空を飛び、ある地点に吸い寄せられる。


 その景色は、繰り返し見る夢の映像......その中でいつしか誰とも知れない視点となり一部始終を体験する。


 

 雨に濡れ消耗しきった陽一は、それでも両手で陽菜乃を力強く抱き締め土気色した頬を叩く。


 いつの間にか菜々子もぐったりして気を失っている。


「ダメだよ! 陽菜乃......ここで寝てしまちゃダメだ、お願いだから起きるんだ!」


 陽一は必死に揺すぶり起こそうとする。


 だけど陽菜乃から生命の灯が少しずつ消えていくのが、幼い陽一にも感じられ余計に気持ちが焦ってくる。


「頼むから起きて!!」


 その必死さが通じたのか陽菜乃がうっすらと目を開けた。


「陽一お兄ちゃん......」


「陽菜乃!」


「あたし......このままパパのとこに行けるのかな」


「!!」


 陽菜乃の父は彼女が三歳の時に亡くなっていた。


「陽菜乃は、俺とずっと一緒にいるんだろう! 約束したじゃないか!」


 陽菜乃は、ふるふると弱々しく首を振る。


「お兄ちゃん......パパのお守りを......」


 力なく陽菜乃が呟く。


 陽一は、慌てていつも陽菜乃が大事に首から下げているネックレスを引っ張り出すと、先端についている丈夫な巾着袋から、染みひとつない不思議な輝きを放つ水晶球を取り出し陽菜乃に握らせる。


 そしてしっかりと自分の手をギュッと重ねた。


「お兄ちゃん......あたしのこと忘れないでね」


「......忘れるって......そんなわけないじゃないか、これからもずっと一緒にいるんだから!」


 再び、陽菜乃はふるふると弱々しく首を傾ける。


「お願いだから忘れないで......ずっと一緒にいるって約束して」


「約束する! 俺と陽菜乃は......ひなの?!」


 ガクリと陽菜乃の首が力なく垂れ下がり、うわ言のように何かを呟いていた。


「・・忘・・ラ・・ハ・・ス・・ル、ひ・・な・・の・・よ・・う・・い・・・ち」


 その旋律のような言霊に感応したのか、目を焼くような真っ白な神々しいまでの光が辺りを照らす。


「お兄ちゃん......大好きだよ......」


 意識を失う寸前、その全身全霊を掛けた呟きが確かに聞こえ、陽一は気を失なう。


 トックン......トックン......


 俺は夢の内容を全て思い出した。


 それは、本当に起きた......ひとつの奇蹟の物語。


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