『 レ研 』 Bラ部設立? 『 code 04 』
「なんで何も言わないのデスカ? もしかして、ようキュン、ウチのこと忘れたとか言わないですヨネ」
ようキュンと呼ばれて我に返る。
そうだこの人は孝のことは『たかキュン』、俺のことを『ようキュン』なんて、それはにこやかに呼びつけていたんだっけ......また一つ過ぎ去りし日のトラウマが蘇る。
――それにしても、俺のことを確信があるかのように陽一と断定しているけど、まさか紫月先輩やいおりんみたいに人の考えていることが解るなんて事ないよな。仮にある程度は考えていることが読み取れたとしても、それだけであの不思議な事象に辿り着くことが出来るのだろうか。
いや、それはない。
この事象を『レ研』の皆に打ち明けたのは昨日の今日だし、そもそもチームメートの誰一人として軽々しく他の人に喋るとも思えない。しぃちゃんや菜々子にしたって口外することなんて絶対にないはずだ。
それでは、何を根拠にこの人は俺を陽一と呼ぶのか。それ以前に何故この場所に居るのか......。
鞄を持った手を後ろに回し、じぃと窺うように上目遣い『戸惑い』を発動してみる。
少しするとフジヨシ先輩の頬がほんのり赤くなってきた。
「危ナス。この娘、可愛い外見に相応しい侮れないモノ持ってマス。冥腐魔道の大御所と称えられたウチを、姫女子に強制ジョブチェンジさせる程の力を秘めているのデス」
都ちゃんに輪をかけてボンキュッボンなナイスなプロポーションに縦ロールの染めていない地毛の金の髪をふわりとかき上げ、照れた瞳を浮かべ正面から俺を見るフジヨシ先輩。
フランス人の祖母を持つクォーターで、隔世遺伝によって見た目は金髪碧眼の白色人種にしか見えない。
その残念な口調と一癖も二癖もある趣味趣向がなければ、引く手あまたの人気者になっていただろうに、現実は皆から持て余され親しい友達もいなかったはず。とはいえ本人はそのことを気にしていたようには少しも見えなかったけど。
陽気なざっくばらんな口調から一転、ぷるぷる身悶えるや
「意味不明なこと言ってゴメンなサイ。アナタあのマンションに一ノ宮理事長と最近になって一緒に暮らしているヨネ」
ぬぬっ 何故そのことを知っているのだろう。
それも気になるけど、あの誰が何を言っても自説を曲げない、聞く耳を持たないを信条にしていたフジヨシ先輩の口から謝罪の言葉が出ることにも驚きだ。
「本当のこと言うと理事長の甥っ子がアナタと驚くほど雰囲気がそっくりナンダ。なんていうか一目した瞬間に思い描いていた妄想がリアル化キター! テナモンデ疑いもせず、つい口走っちゃタノ......アナタ、ようキュンの事は知ってるヨネ?」
勿論よく知っています。
「従兄の陽一......兄さんのことですよね? 今は友達の孝さんと同じ大学に通っています」
それを聞くと安心した表情を浮かべつつ、少し遠くの方に視線を泳がす。
「――ソウカ。あれから二年も経ったんダネ。二人が大学生になっているのは明白......ダネ」
うら寂しそうな呟きをこぼす。
少しして何かを吹っ切ったのか首をブンブン振り、気合を入れ直したのか努めて明るい口調に戻し
「そういえば、自己紹介もしてなかっタネ。半年ほど前まで外国を旅してた藤澤 美明。見た目はこんな感じだけど日本生まれの日本育ちのクォーター。祖母の血を色濃く受け継いだエセ白人ダヨ」
世界を旅してくると言ったのは本当だったんだ。
「二年近く外国を旅して半年前から宮女に編入した現、三年生。歳はかなり上になるけどこれも何かのエン、御見知り置きよろしくネ」
うほっ ナンチャッテじゃない現役JKだったのね。
それにしても女として一からやり直す身の上となった俺が入った学校で、またしても先輩として会するなんて......この人とも見えない縁の糸で繋がれているとしか思えない。
「こちらこそ......初めましてですね。一ノ宮 陽菜乃と申します。理事長を勤める一ノ宮 静華は私の実母になります」
ペコリと丁寧にお辞儀をする俺を狐につままれたような顔でしばらく眺め
「お初......といった感じが全くしないけど、初めましてダネ。あの方に娘さんが居たなんてまったく知らなかったヨ。実は結婚していたのにも驚キ」
一ノ宮家の事情......父が幼い時に亡くなってしまったこと、俺が重い病で入院のため母と別々に暮らしていた事実無根の設定を告げる。
それを聞くやポロポロと涙を流すものだから、病気の話はしなければよかったと後悔の念にさいなまれてしまった。
「そうナンダ。そんな内実があったことも知らず、浮かれた態度で接してゴメンなサイ」
言いながら鞄を投げ出すとギュッと抱きついてきた。
「えっ!? ちょっと、ちょっ! フジヨシ先輩!? 近い、近すぎ! ピッタリ引っ付いてますよ!」
しがみつかれた事によりローズの香りが濃密に立ち込める。
「ヌホホーイ! ようキュンばりの反応キタコレ。ホレホレホレッどないや、どない? お姉さんの温もりをたっぷり堪能するがヨロシ!」
なんか女になってから、こんな状況が目白押しなんですが......コレでいいのか、俺よ。
なんて諦め気味に達観していると後ろから叱責する声が届く。
「ちょっと! あなた達、こんな往来の真ん中で女同士で何やってるのよ!」
いや、そこは男女だったとしても、それはそれで由々しき事態ではありますが。
「陽菜乃! それに藤澤さん? いったい貴女達は、そこで何をしてるのかしら」
「しぃちゃん......じゃなくて母さん!? ナニと言われましてもナンでしょう......ね?」
「一ノ宮理事長殿、ご隆盛そうでなりよりでありマス! ただいま貴女様のご令嬢と濃厚なスキンシップを執り行わさせて頂きまシタ。これにてミッションコンプリートでありマス!」
うへっ 目くじらなんて立てちゃってるよ! あっ気になったのか揉んでる......シワにならなきゃいいのだけど、帰ったらマッサージでもしてあげようかな。
「陽菜乃! 人の心配するよりも、先ずは自分の事を気にしなさい! 家も近いのに顔見知りにでも目撃されていたらどうするのよ」
うっ 俺なにも悪いことしてないのに......それに本当だったら、しぃちゃんのことが気になって早く帰って来たというのに、フジヨシ先輩と遭遇するなんて想像だにしていなかった事だしさ......。
顔を伏せてションボリしていると頭をポンと軽く叩かれた。
「まあ、誰でも軽挙妄動に陥ることはアルヨ。あんまり深く考えずに落ち込まないデネ」
「「お前が言うな!」」
ここは、しぃちゃんとぴたりと息が合う。
「おふっ さすが母娘、呼吸が合いマスナ」
ダメだこりゃ、自問自答して自分を省みる気もないらしい。この噛み合わない会話は昔ながらのフジヨシ先輩そのもので、相変わらずの暑苦しさだけど、なんだか懐かしいかな。
そんな先輩をしぃちゃんは腕組みしたまま、じぃっと見やり、ややすると問いを投げ掛けた。
「で、やはり貴女はあの件の話をするために、ここで私を待っていたのかしら」
「ご明察デス。マンションに戻ってから伺ってもよかったのですが、頭の痛くなる学校の問題を家庭に持ち込むのも、どうかと思いまシテ」
二人が同時にチラリと俺に視線を巡らせる。
「――そうね。この娘なら話を聞いてもらっても大丈夫......出来れば感性が普通の子の意見を聞きたかったのだけど」
おい! それじゃまるで俺が普通ではないみたいに言ってますやん......いや、確かに普通ではないのですけれども......せめてそこは豊かな感受性を秘めた逸材過ぎて適していないとか他に言い方のチョイスありませんことマイママンよ?
「話は今から? ご飯食べてからの方がいいかしら。貴女が晩御飯の用意がまだなら食卓を囲むのもいいわね」
「ヨッシャ! 一食浮いたッス! しかも理事長手作り豪華絢爛のディナーをゲットッス!」
フジヨシ先輩は喜色満面でガッツポーズをするとマンションに向かって俺の手を取ると歩き出した。
そうなんだよな。俺イコール陽一の語尾にッスを付けるのって、この人の影響が大きかったんだとほんのり温かい手を握り返しながら思い出す。
「一人暮らしも大変ね。食事の用意をするから十九時になったら部屋に来てね」
うん? 今から一緒に部屋に戻るわけじゃないんだ。でも先輩ってここら辺に住んでいなかったよな。一人暮らしって言ってたし近所に越して来たのかな。
俺が疑問に思ってる間にフジヨシ先輩はそのままエントランスに入るとこのマンション専用の複雑な作りの鍵を取り出した。
えっ!? まさかここに住んでるの!?
唖然としたままエレベータに乗り込む。二十階に着くと「また後ホド! アディオッス!」とそれは陽気に手を振り降りていった。
扉が閉まると珍しくそれは重い溜め息を溢すしぃちゃんと目を交わす。
そりゃ最近、疲れてるわけだ......こりゃ、帰ってからご飯が出来るまで目の周りを必ずマッサージしてあげるね。
「ファイトッス」
俺の呟きに溜め息を漏らすと小さく頷いた。




