『 レ研 』 フジヨシ先輩 『 code 03 』
カフェを出るなり、なんか気分がムシャクシャする!カラオケでも行って気分転換しようよと栞音ちゃんが持ち掛けてきた。
やぶさかではない申し出だったけど、俺達はさすがに寝不足な事もあり一刻も早く家に帰りたい心境だったため、今度またの機会に行こうねと約束する。
「絶対だよ!」
照れくさそうに指切りげんまんと小指を差し出されては、そのまま知らんぷりするわけにもいかず俺も小指を差し出し絡めてしまう。
「よっしゃ! 言質とったでありますよデカ長! もしも契りを反故された場合は、鉄拳で万発制裁するであります!」
駅まで連れ立って歩きながらテンション高く喋りまくる栞音ちゃんだったが、俺は今一つ会話に集中できずにいた。
結局、方向が逆のいおりんと栞音ちゃんと別れの挨拶もそこそこに、一緒の方面の都ちゃんとホームに入って来たばかりの電車に急いで乗り込む。
「トルテも......美味しかった」
どうやら俺がお裾分けしたザッハトルテも気に入ってくれたみたいだ。
次はどれを頼もうかな、なんだったらおから入り作っちゃおうかな。陽菜乃ちゃんにも食べて欲しいなと嬉しそうに語る都ちゃんに相づちをするものの、どうしたことか先ほどから注意深く話を聞くことが出来ずにいた。
会話に身が入らないのはカフェで栞音ちゃんが語っていたBL部設立に関わって、しぃちゃんが面倒ごとに巻き込まれてしまっているのではと心配になる気持ちがどうにもチラついてしまうからだ。
都ちゃんと別れる際も、うわの空で今朝までのお礼を言うのが精一杯となり、どうしてこんなにも気遣わしく思うのか......何かに追われるよう心が焦りマンションまで急ぎ足で戻っていた。
BLを愛好しているといっても人それぞれの趣味なんだから、それが一概に悪いことではないことは気持ちの上では解ってはいる。
――いるのだけど、あの人のせいで碌な思い出がないんだよな。
あの人......フジヨシ先輩。
遥か昔の出来事のように思うけど、あの頃からまだ二年しか経っていないんだ。
陽一として過ごした高校時代、さんざっぱら俺と孝の仲を彼女はいいようにBLネタにしていたんだっけ。
だいたい苗字は藤澤、名前は美明というそれは女の子ぽい氏名なのに、自ら『よしあき』なんて名乗るから、みんなに腐のフジヨシて呼ばれて、その事に何故か本人も至って御満悦という超変わり者だったよな。
腐の伝道師とまで呼ばれたフジヨシ先輩だったけど、俺が二年生になる春休みに突然、世界のBLを求道してマイル!なんて宣言するや本当にそのまま学校を飛び出し、何処かへ旅立ってしまった。
バイタリティー溢れ、とにかく自分を中心に行動する力を当時は暑苦しく感じていたけど、居なくなるとそれはそれで寂しく感じたのも確かだ。
まあ、お陰様といえるのか微妙なところだけど、散々イジり倒された計らいなのか、腐界の諸事情には一般人を上回る知識を得るにいたったけど。
あれ? 考えてみたら今の俺の状況。
これってフジヨシ先輩が「ウチが書いた渾身の作品なのジャ! 心して読破するのでアール。もちろん感想は一人原稿用紙最低でも三枚は書くのがウチの常識、世界のヒジョーシキ」それは意味をなさない、しかし勢いだけはドラスティックな内容の面妖な薄い本に通ずるシチュエーション......そのまんまじゃないの!?
まあ、この姿で仮に遭遇したとしても絶対に俺だと気付かないはず......だよな。
物思いに沈みながら歩いているといつの間にかマンションの近くにあるコンビニの前まで来ていた。何か飲み物でも買って帰るかと、入口に近づいた俺は雑誌コーナーで正面を向いて立ち読みしている人に目を留め、そのまま二の足が出ないまま固まってしまった。
えっ!? な、なんでここに......あの人が居るの!?
しかも......俺と同じ制服を着ているように思えるのは寝不足が見せる幻覚? そもそもあそこに見える存在そのものが、今まさに過去を振り返っていた記憶がよく似た人をそのように見せるミスリードなの!?
動転するあまり、その人をウィンドウ越しにじっと見ていたのだろう、視線を感じたのか読んでた本から顔を上げる気配がした。
何故か見られたら追い詰められる予感がして、慌てて顔を伏せるとそのままコンビニの入口から急いで中に入っていた。
レジの前を通り過ぎながら、入口横手にある雑誌コーナーから俺に向けられてくる目線を強く感じる。
浮き足立つ思いをどうにか押さえ、手近にあったパック入りの紅茶を二つ掴むと、そそくさとレジに向かう。
レジに居るのは最近よく見掛けるアルバイトのお兄さんだ。この春に上京してきた大学生なのか、コンビニに初めて寄った日、お釣りをもらうのに手を差し出した際に俺を見るなり、顔を真っ赤に染めて渡す手がブルブル震えていたのを覚えている。
美形、美少女が周りに居過ぎて普段あまり意識することがなくなってきたけど、客観的見解で言うなら俺って一部を除きルックスは飛び抜けて可愛く、なおかつガラス細工の美しさを醸し出している......らしい。鏡越しに見ていてもまったく実感ないけど。
そんな俺がレジに並んだことを意識したのかお兄さんの頬が見る間に朱に染まる。
現在のおかれている状況を忘れ、面はゆい気持ちで会計を待っていると、不意に薔薇の香りが後ろからフワリと漂ってきた。
その匂いが鼻をつくと共学の高校に通っていた陽一だった頃の記憶が蘇る。
――あの人が好んで使っていたボディクリームとよく似た香り......当時は孝との関係をネタにされる事に辟易していたけど、そこは俺も決して健全とはいえないなりに思春期の男子高校生。腐女子の代表格とはいえ、色よい匂いのする年の近い女子が傍にいると思うだけでドキドキしていたものだ。
そうあのレジのお兄さんのように、明らかに女擦れしていない、どう接したらいいのか解らずにそわそわした態度になっていたのかも知れない。
孝にも呆れられて「お前さ、アレに照れるとか、ないわ......だがそれがお前のいいとこなのかもな。その純情なところにクラクラッとなるわ」なんて真面目な顔して言うものだから、それを聞いた先輩にいやが上にもはやし立てられたんだよな。
しっとりとした甘いローズの香り。
「い、いつも、ご、ご利用ありがとうございます」
やっとの思いで言葉を投げかけてきたお兄さんにも、香りが気になっていたため「あ、はい」と形式だけの返答となってしまい、お釣りを貰うと後ろを気にしながら脇にのく。
チラりと背後を確認すると予想していた通り、雑誌コーナーで見かけた人が俺の後ろに並んでいた。
目線を合わせないよう、それでも小さく会釈しながら入口に向かう。するとレジで会計をするわけでもなくそのまま俺に続いて店から出ようとする。
「ありやと、ありゃしたああっ!」レジのお兄さんが店から出ていく俺に向かってコンビニとは思えない大きな声を張り上げていた。
精一杯の挨拶に送られながらも何かを買うわけでもないのにわざわざレジに並び、今は後ろから付けている人に意識は向けられる。
たまたま帰る方向が一緒なだけで実は俺の思い過ごしなのか、同じ学校の生徒だから興味を持っただけなのか......でも先ほどからガン見どころじゃない物凄いプレッシャーを受けてるよな。
そのままマンションまで歩いていくも、声を掛けてくるわけでもなく、つかず離れず付いてくる気配に居ても立っても居られなくなり、意を決して振り返り......その人の顔に視線を向ける。
「やっと、ウチを見てくれた......のはいいけど、思っていた以上にアナタ、すごく......美少女デス」
この統一感のない物言いは間違いなくフジヨシ先輩その人だ。何故か宮女の三年生の制服を着ているけど、確か陽一や孝より一年上だったから今年二十歳になるはずだ......これが俗にいうナンチャッテ女子高生、その中でもナンチャッテ腐女子高生と呼ばれる稀少なまでの存在なのか。
しばし時が止まり見詰めあう。
「で、不思議......ここはやっぱり腐思議と言うべきところだヨネ? 何で、というか、いつから陽一くんは女の子になったのカナ」
それが当然の事実であるかのように問いを投げ掛けてきた。




