スリル満点! 闇鍋パーティー(後)
キャンドルの温かな明かりがダイニングルームを淡く照らし、幻想的な空間を作り上げている。
テーブル上には先ほど皆でこしらえた闇鍋の具材が大皿に載せられ出番を待っていた。にしても俺が作った、見た目いびつで大きな『俺的キモカワ』具材がどーんと真ん中に置かれ、一際存在をアピールしている......自分で作っといてなんだけど、これ完食できるの。
コホンと一つ注目を集めると紫月先輩は一同を見渡しながら立ち上がり、キャンドルが発する淡い光のなか、ここぞという笑顔を浮かべる。
「では、本日最初のメインイベント闇鍋を始めるとしよう......ただ単に食べるだけでは面白くないから、ひとまず箸を付けたものは必ず食べ切らないとダメなルールにしようか」
にっこりと口許をゆるめ、気軽な口調で続ける。
「そうだね......ボクたちは一蓮托生の身の上、いわゆるウインウインの関係......食べ切れなかった場合は、作った人に敬意を払うためにもペナルティを科すとしよう......といってもそこまで大袈裟でなく罰ゲームみたいな感じの、あくまでお気軽なもの限定でね」
それは色っぽい流し目をして、更にお茶目にウインクする先輩、そこには自分は絶対食べ切れるといった自信がうかがえ、釈然としない思いを抱いてしまった。
「だったら、どんな罰が与えられるんっすの」
最前、いおりんに戻った渚がいったい何をするのやらと不安げな皆を代表して確認する。
「アハハ 皆もそんなに気づかわしげな顔をせずとも、陽気に考えようよ! そうだね。誰かがルールを決めるのではなく一人づつ何をするのか書いて、くじ引きで引き当てた事をする......どうかな?」
「いいっすね! ってことはあんなことや、こんなことを......ぐふふっ」
不敵な笑みを浮かべ、にやけるいおりんに先輩と同じく粟立つものを感じながらも酔いが回ってきた俺達は、それぞれの思う目論見を筆すると用意された箱に四つ折りにして入れる。
――願わくばこれの出る幕がありませんように、俺は何故か胸騒ぎを覚え思わず念じずにはいられなかった。
「二周目......入れる」
都ちゃんは野菜を入れ、その上に均等に作った具を乗せていく。皆が不安と期待とワクワク感が6:1:3ぐらいで入り交じった視線で注目する。
巾着や餃子用の皮で包まれた各自が趣向を凝らした具材が煮込まれていく。
ゴゴゴゴゴッー
突如、聞こえた唸り音に一様にビクッとしてしまう。端に置かれている空気清浄器がどうやら最大出力で吸い込みを始めたみたいだ。
気のせいと思いたいけど、具材を投入してから落ち着きなくラッシュも哀愁の漂う鳴き声をゲージの向こう側からあげているような......きっと気のせいだよね?
「出来た......食べる」
あっさりと都ちゃんは言うけど、先ほど食べた美味な鍋とはとても同じ物とは思えないのですが......な、なんか鼻をつく匂いもヤバくないですかこれ!
ポコッポコッ......ポコッ
怪しげな泡を発する鍋を円卓に座る誰もが押し黙ったまま見詰めていた。自信満々だった先輩さえも固唾を呑み動けずにいる。
誰も動けずにいる中で、都ちゃんは紫月先輩の取り皿にひょいっひょいと五つほど具材を放り込む。薄暗いの中でも先輩の顔色が一瞬で変わったのが判った。
「えっ!? ちょっ......じ、自分で取るからいいのに......しかもこんなに一杯!」
慌てる先輩を珍しく優等生的な眼差しで都ちゃんは見詰める。
「先輩......自分が作ったの......分かる」
「えっ......い、いやいや! そんなズルはしないって......ハハハ」
なんか、えらく焦ってるぞ......まてよ、ということは!
俺は即そくと具材を入れようとしているいおりんの取り皿を寸前で奪い、皿からはみ出す特大の具材をどーんと入れて渡す。
「えっ......ほ!? ちょっ......ちょっとっす! それはのっちが作ったオブジェ......いなっ得体の知れないものがわんさと詰まっていそうな物体Ωじゃないっすか!」
そのネーミングもどうよと思わない事はなかったけど、こいつも先輩と同じく自分が作ったのは確実に判るはず、俺はここぞという取っておきの笑顔を浮かべた。
「へへっ だっていおりんに是が非でも食べて欲しくって、心を込めて作ったんだもん......食べてくれるよね」
そして、とどめの一撃とばかり上目遣い『無我の境地』を発動させる。これは俺が修得した数あるスキルの中でも最上級の一つ『神ゴロシ』させも凌駕する最終形態ともいえる上目遣い。
幻想的な揺らめくキャンドルが醸し出す状況も相まって、正面から見詰められたいおりんが金縛りになったように動きを止め、あろう事か一筋の血を、隆とした鼻から溢すに到る。
「い、いおりん! 鼻から血!」
俺は思ってもみなかったほどの絶大な効果に、まだぽけっとしたままの彼女の半開きの唇に血が届きそうになるのを見て叫びを上げた。
「へっ ふ、ふごっ!?」
都ちゃんが取り出したティッシュをそのままに、むんずといおりんの鼻に押し付ける。
「あ、ありがとう......っす。しかし恐ろしき技っすね、よもや鼻血まで流されるとは......のっちは自分を滅殺するつもりっすか! マジで異世界に飛び立つとこだったっす!」
いや、いおりんだったらそのまんま異世界転移したとしても何も問題なく立派に主人公やっていけると思いますよ、なんたって超能力としか思えないほどのマジックの腕前持っているのですから......なんなら逝ってみる?
俺の考えがある程度判ったのだろう、ぐぬぬっと顔を限界まで赤く染め、形のよい鼻にティッシュを無造作に詰める。そして興奮を冷ますためにか皿に乗っている『もの』におもむろに噛り付いた。
「本当に勘弁して......っす!?」
口いっぱいのものを噛み締めたのか、瞬きする暇もなく言葉が途切れ再び微動だにしなくなる。
いおりんから魂が抜けていく。
鍋から発する蒸気が、まるでエクトプラズムのように彼女に纏わりつき渦を巻く。目を見開いたままそれでも手に持った皿を落とさずにいるのは流石としかいえない。
ごくんと何かが嚥下される音がシーンとした中で響く。
「こ、こいつは......これ以上は自分にはまず間違いなく無理っす!」
辛うじてそれだけ言いのけるとそのまま背もたれにひっくり返った。
「一人......堕ちた......先輩も食べる」
ボソッと呟かれ先輩がビクッンとわななく。
「ハハハ......そ、そうだね。それじゃこれでも食べて......!?」
先輩が自分の皿の中から安心したように選びに選んだ具材を口に入れようとしたまさにその瞬間。
「それ欲しいにゃ!」
横から白露が小さな口をそれは愛らしい仕草であけ放ち、おねだりする。
「こ、こへえ? あえてこへ? ハクは本気でこれを食べたい......そうのたまってますの?」
「にゃ!」
ああっ 自然体でしなを作る真っ白の猫耳パーカーを羽織った生命感あふれる白露、煌めく無垢な瞳で一心に見詰められては先輩といえども......いな、先輩だからこそひとしお我を忘れて見とれてしまったのだろう。
ブツブツ口の中で呟きながらも、あーんと差し出された白露の口の中へと箸に掴んだままだった具材を鮮やかな手つきで舞い込ませた。
「う、旨いにゃよ!」
迷うことなく即座に噛み締め、本当に美味しかったのか嬉々とした声を上げる。
「ハハハ そうだろうね......リカ姉からせしめてきた、それは極上級のA5上ヒレ......フフッ ボクが一番好きなものなんだ。それは舌が蕩けるほどの......ハクが満足してくれたならそれもまたよし」
「先輩......食べたい」
僕ももう一口と魅惑的な声を上げる白露と都ちゃんの二人に、致し方無しと鍋から選りすぐる。その動作に微塵も迷いがなく、やはり先輩は自分が作ったものを把握していたと確信する。
「残り一つか」
呟きが聞こえ俺は反射的に『無我の極致』を発動し、口を小じんまりと開けて先輩を見やる。
「ヒナ......キミも食べたいの」
眩しそうにこちらを見入る眼差しに確りと目を合わせ、うんっと力強く応える。
やれやれとこちらは力弱く項垂れ、それでも俺の口に最後の一つを優しく投じる。
「んっ むむむ!」
噛み締めると同時に間髪を入れず豊潤な上質の肉だけが持ちえるなんともいえない甘やかな味わいが口の内いっぱいに広がり、夢見心地となってしまった。
「先輩......皿の中の......食べる」
心底うらやましそうに三人を見ている先輩に都ちゃんは追い打ちを掛ける。
俺達がプレイするゲーム内では都ちゃんはツンツン極たまにデレなキャラで知られているけど、こうして過ごしているとリアルでも十二分に発揮してると思う。まあゲームの中ではその人の本質がまざまざと反映されるっていうし、実際のデレた姿みたらそれは可愛いのだけれども。
そして現実では先輩が箸を宙に止めたまま皿の中を睨んでいる。
あれほど躊躇するほどなのだから皿に残っているのは、かなりデンジャラスな物なのかも知れない。
ようやく意を決したのか口に運ぶ。本人は取り澄ましているが、端から見たらいっぱいいっぱいの様子で咀しゃくした。
「うーん 優雅なあじわわわ......ぶごっ!?」
バタン 派手な動作とともにいおりんと同じく背もたれに昏倒する。
「二人目......堕ちる」
コポッ......コポッ......コポッン
室内には静かに鍋から泡立つ音が響いていた。




