ささやかな飾らない想い
「ふほおおお!? もふもふキターっすコレっす! ふわサラええええのおお!」
日も落ちてきた閑静な住宅街の一画でポジティブな少女の声が響き渡った。
いおりんは、都ちゃん家の玄関を入るなり襲い掛かるように飛び出してきた熊と見紛うものの不意打ちにも即座に対応し、真正面からガシッと受け止めるや、喝采の声をあげ四肢を全て使いそのものを絡めとる。
――ラッシュはそんな手荒な歓迎を受けるとは思ってもいなかったのか、飼い主に助けを乞うよう巨体からは考えられないほどのしめっぽい鳴き声をあげた。
いおりん侮りがたし......両手に持っていた白菜やら大根などが入った比較的重たい食材などが詰め込まれている持参してきたエコバッグも、品良く並べられた観葉植物の横に中身がこぼれ落ちることなく整然といつの間にか置いているし!
もしかして先輩と同じく犬を苦手としていて固まったり、悲鳴をあげて逃げ惑うかも知れない......。
いおりんのそんな姿を見てみたいよねと、先ほど別れる前に都ちゃんと示し合わせて玄関に入ったタイミングでラッシュを突撃させたのだけど......。
あの人懐こいラッシュが真正面からいおりんに凝視されて、あからさまに視線を逸らしている。まるで大型の肉食獣に見据えられているかの怯えよう......こんなことになるなんてラッシュ、本当にゴメンよ。
哀しげな鳴き声をあげる家族同様の飼い犬に堪り兼ねたのか、人がとれる姿かたちから逸脱しかけているいおりんに、白露は怖々と声を掛け拘束を解いてもらうよう懇願した。
名残惜しそうにいおりんが四肢を離した瞬間、ラッシュは目にも留まらぬ早さで敬愛する主人の背後に隠れ、尻尾を丸めると恐る恐る束縛していた人物を見上げる。
「なんすか、その怯えようは......別に取って食うわけじゃないんすから......ほらおいで」
ニカッと笑って手を差し出すも、ラッシュはその動作に総毛だちとなり体を震わせると脱兎のごとくゲージに逃げ帰った。
「うはっ 傷ついたっす......このやるせなさを癒すには、こっちに慰めてもらうしかないっす!」
二つ名由来の疾風雷光の速さをもちいて白露の胸もと目掛けて飛び込んだ。
「ひゃひゃひゃいいい!?」
咄嗟のことで自分の身に何が起こっているのか呑み込めず、白露はいおりんにされるがまま揉みくちゃにされる。
「にゃにゃにいあ!」
白露の声にならぬ叫びが響く。
――可哀想に女子高のノリなんてもちろん体験したことないよね。とはいえ、そもそもこれって本当に女子高のノリなの?
でも......ね。これも女の子になって通る道と諦めるのだよ。
俺はまさしく第三者の立場で繰り広げられる光景を、それでも目を見開き食い入るように堪能する。
「うん? なんかのっちよりも格段に心地好い感触なんすけど、だがしかしコレはっ!?......こっちの爆発的なボリュームとはまた違う何かっす!」
流石です、庵さん! 菜々子に引けを取らぬ顔で触診をしてのけるスキル?を貴女も持っているのですね。
――それはそれでもいいのですけど、皆いちいち俺の事を比較対象にしなくてもよいのよ?
「いおりん......私ここ」
あまりの騒々しさに鍋の準備をしていた都ちゃんがリビングから現れる。そんな都ちゃんと今まで胸に顔を埋めていた白露を、いおりんはキョトンとしながら交互に見比べ、慌てた様子でその身を離す。
「こっち!? この前聞いた話しだと双子のお兄さんがいるって言ってなかったすか......顔で感じたこの何ともいえぬ甘やかな触りごこちは、紛うことなき本物の手応えだったっす!」
いおりさんの触診、やっぱパナいッス!
都ちゃんと白露が同時に小さく息を呑み込み、二人は言うべき言葉を無くし玄関は静寂に包まれてしまった。
「ハオー♪ 皆の衆......お待たせしたね」
微妙な空気が流れ皆がフリーズしてしまっているなか、まさにベストなタイミングで紫月先輩が陽気な挨拶とともに玄関の扉を開け入ってきてくれた。
「ありゃ......もしかしてお取り込み中だったのかな」
その透きとおる極めて女性らしい声が耳に届くなり、いおりんはビクッと反応し、とてもゆっくりとした動作で先輩の方に向き直る。そしてその姿を目に止めると瞳をいっぱいに見開き、ここに到り今日一番の驚愕をみせる。
「紫月......先輩......ですよね!?」
常人より優れたスペックを幾つも秘めているであろう聡明ないおりんだからこそ、先輩の一見しただけでは識別できない......実際には大きな変わりように即座に気がついたのだろう。
言葉を失い茫然としたいおりんに先輩は、それはやんわりと身を寄せ、その手を取ると自分の左胸に導き掌を添える。
「聴こえるかな......ボクの鼓動が震えを運び刻々と波打ち、この女性の象徴ともいえる二つの偽りではない正真正銘の双丘を......ついに持ち得ることが叶った高鳴り荒ぶる喜びのシャウトを是が非でもキミに届けたい」
「やわらかい......なのにすごく熱い」
いおりんは夢うつつとしながら、はふうと一つ大きく息を衝く。
「成りたい自分に成れる......ボクのじ......ってキミは、な、な、なにしてるの!?」
胸を衝く万感の想いを吐露する先輩にお構いなしに、いおりんは電光石火の早さでいつの間にか背後に位置付けし、両の手を忙しく動かしているし!
「先輩! 可愛ええええっすぐる! はあはあ、髪もなんという芳しさああ! 自分......不肖ながら誠心誠意努力いたし昂る気持ちを現しまっする!」
いおりんは気がつけば、先輩の艶やかな黒髪に顔を埋め、裏コードともいえる禁じられたスキルを発動し、獣形態となり暴れまわっている。
「えっ!? な、な......ってキミは、ど、どこを触ってるの!」
真っ赤に顔を染め言い募る先輩......ただひたすら暴走するいおりん。俺と都ちゃんたちはどう対処してよいか判らず立ち尽くすことしか出来ない。
程なくするといおりんの無尽蔵ともいえた動きにも勢いがなくなり、ついにはリミットを超え
「我が......青春に......悔いなし......っす」
とても満足な表情を浮かべ、先輩にもたれ掛かるようにぐったりと崩れ落ちていく。
先輩は気を失ってしまったいおりんを全身を使って支えるのと、揉みくちゃにされたことで力が抜けたのか、女の子座りとなってしまい、床にペタリと腰を落とすと興奮さめやらぬ息遣いを洩らす。
「ハハハッ......まさかこんな事で、したくても出来なかった女の子座りを初体験することになるとは......渚、キミはやっぱりアトラクティヴだよ」
この格好は女の子とはいえ辛いんだねと、先輩はいおりんを床にそっと寝かせると立ち上がり、数回深呼吸を繰り返す。
落ち着いたのか乱れた服装を整えながら、いおりんを穏やかに見つめ、特に怒ったり愚痴を言うでもなく、逆に有り難さをにじませ顔をほころばせる。
小さな頃から女の子の立ち振る舞いを近くで見たり、真似をしたくてもそもそもの体の造りが違うため、男の体では限界を感じることや悔しくやるせない気持ちを抱くことも多々あったのだろう。
女の子にとってはごく当たり前の動作一つにしても、ここに到るまでの先輩にとっては憧憬を抱かずにはいられないことだったのが、その笑みから痛切に感じられた。
「さて......渚をリビングのソファに運ぶのを手伝ってくれるかな」
とても柔らかな笑みを浮かべ俺たちに呼び掛けた。




