歩きだした道の途中
日曜の夕方に近い繁華街は何かしらの用事や帰宅する人々で溢れており、そんな中でも目敏く俺を見つけたいおりんが急ぎ駆け寄ってくる。
「のっち! マジで久し振りっすよおお! 本当、自分をのけ者にするなんて信じられないっす!」
ひとしきり言い募りながら脇目も振らず俺にガバッと抱きついてきた。
「えっ!? ちょ、ちょおおお!」
俺のワンピースが激しく乱れるのもお構いなしに胸元に顔を埋めグリグリ擦り付けてくる。
「うーん! このちっぱい感触......ちっぱい、ちっぱいっす! だがそれがいい!」
いや、そこまで連呼せんでもいいんでないの。
しかも久し振りって昨日学校からも一緒に帰ったよね。
「二十四時間ものっちに会えてなかったんすから、これぐらいいいっすよね」
いおりんは顔を上げずにそれでも心の底から嬉しそうに呟く。
黒野家の最寄りの駅前はそうはいっても人出が多く、俺たちの脇を通り過ぎがてらに何ごとと注目されてしまう。
「えっと......それじゃオレぼちぼち帰るッス」
隣に立っていた陽一が声を掛けたことで、いおりんもハッと我に返り、ようやく俺の胸に埋めていた顔を上げる。
「埋めるほどのボリュームはなかったっすけど......えっと誰っすか、この人?」
何やら余計な一言も付け足されているのはたぶん気のせいだろう。
――どうやら俺の姿しか目に入ってなかったようで手短に陽一を紹介する。
二人の『っす』使いは......なんだろう初対面とは思えぬほど馴れ合った雰囲気を醸し出し、最後には拳と拳を打ち付けあっている。その様子からガチバトルを終えた宿敵同士がお互いを認めあったかの風情、もしくは男と女の垣根すらも越え、今まさに友情らしきものが芽生えたのやも知れぬ。
「ふむむ、のっちにこんな素敵なお兄さんがいたなんて知らなかったっす、今度みんなで遊びに行くっすよ!」
随分と興奮しているいおりんに陽一は照れ笑いを浮かべ、シュッパと手を掲げると駅に向かう人の中に消えていった。
俺は嬉しそうに手を振っているいおりんに、彩帆ちゃんが陽一のことをどうやらかなり真剣に好きなようで、最近なにかとアプローチしてることを話して聞かせる。
「まあ、あの人だったらモテると思うっすよ......とはいえ自分の心に引っ掛かるのは、なんというか彼の持っている本質がのっちにそっくりな気がしたからっすかね」
びっくりするぐらいの明るく他意の無い笑顔を向けられ、俺は思わずドキッとしてしまう。そして彼女に隠し事をしている事が申し訳なくなりつい目を伏せてしまった。
「いおりん......本当にごめんね」
急に謝る俺を不思議そうに見る。
それでもいおりんは何も言わずにギュッと俺の手を握り締め
「ふふっ 今日は飲み明かすっすよ! そしてのっちの身も心も全て曝け出し楽になるのでやんす!」
いや......今から闇鍋するとはいえ俺たち一応、未成年なんですけどね。それに隠し事は曝す気ですけど、そのものズバリのありのままの姿をさらけ出す気はありませんですよ。
――それともねー アルコールはもう懲り懲りなんです。
※※※
紫月先輩は俺のマンションを出た後、陽一に送ってもらいお泊まりの用意をしていたが、性別も替わり何かと準備が大変なことや、やはり一人きりになりたい時間もあったのか、後から都ちゃんの家で合流することとなった。
「アハハー! それは堪らないぐらいのテラ摩訶不思議な闇食材を持ち込むから......楽しみにしていてね」
陽一がお大事にといった視線で俺たちを見ていたのはきっと気のせいと思いたい。それに闇の食材っていったい何ですの! しかもテラとか言ってたよな。
その後、陽一は都ちゃんと白露を家まで送って、彼女たちは鍋やお泊まりの準備をすることとなり、俺はいおりんを迎えに行くがてら食材を買ってくることになった。
都ちゃんが私たちの食材は買い置きしてある秘蔵品を出すから楽しみにしていてね。
なんて屈託の無い笑みを湛えるものだから、逆にドキマキしちゃったじゃないですか。
「闇鍋の食材は餃子の皮か巾着に包むっすよ、これで口に入れて噛み締めてしまうまでは、いったい自分は何を選んでしまったのか! 正体不明の物体とのバトルロイヤルがまさに始まるっす!」
フードコーナに行きながら、何を買おうか悩んでしまっていると、いおりんはそれは楽しそうな表情を浮かべ言い寄ってきた。ちなバトルロイヤルって貴女はどこの誰と闘うつもりなのですか。
いおりんは兎も角なんか先輩、それに都ちゃんにしてもすんごく気合い入りすぎてなくない?
「もちろん敵は自分っす! 研ぎ澄まされた五感、もしかすると第六の感性までも覚醒して事に挑む必要があるっす......闇鍋を軽く考えてると痛い目にあうっすよ」
この人、また闇鍋するだけで大層なこと言っちゃってますよ。というかさっきから次から次へと俺の考えていることをズバズバ言い当てているのってどういうことなの!?
――もしかして、いおりんって先輩と同じくスタンドポイントと名付けられた人の考えていることがある程度判ってしまうという厄介なスキル持ってるといったことはないよな。
「チッチッチ ぶっちゃけて言うっすね。別に特別なスキルとか持ってなくてものっちは思ってることが表情に出過ぎて、考えごとが丸解りなんすよ」
ま、マジですか!?
そないに顔に出るものなの......。
「そうっすよ。今もま、マジっすか!? って思ったしょ。なんていうか判り易いを通り越して表情に出過ぎなんすよね」
まあ、そこがのっちの美点でもあるんすけどねえっと得意満面顔。
うむ......いま一つ誉められてるのか甘く見られているのか判然としないが、少なくともいおりんに悪気は無さそうだ。
「それじゃ、サクッと買い物済ませてこっちの家にそろそろ行くっすよ」
俺たちはお互いが何を買ったのか判らないよう離れたレジで支払いを済ませると、都ちゃんの家に向かうため並んで歩きだした。
いおりんは上機嫌なのかひそかに流行り歌を軽やかに口ずさんでいる。俺はそんな彼女の横顔にこれまで以上の心頼りを感じ、ひとつ息を吸うと意を決っする。
「今日は私のありのままの全てを......いおりんには知って欲しいんだ......たとえそれが原因で嫌われてしまっても」
気が付けば自然と涙がにじんできてしまったようだ。そんな俺の様子にいおりんは、目をパチクリさせみるみるうちに顔を赤くさせてしまう。
「な、なにウルウルしてるんでやんすか! しかもそんな瞳で見詰められたら確実に堕ちるっす! さっきも言いましたけど自分は何があろうとのっちのことを嫌いになることは絶対にないっすよ! 本当にさっさとその秘密を暴露して楽になるでやんす」
そして威勢よくウラウラ言い放つもどうしようもなく照れた笑みを浮かべ、両手に持っていた食材が入った袋を右手に持ち替えると、左手を俺に向け勢いよく差し出してきた。
「ありがとう......いおりん」
想いを口にするのってとても大事なことだ。俺はいおりんの手をしばらく見つめていたが、我に返るとこちらも両手に持っていた荷物を左手に移し、右手を力強く差し出しながら心からの謝意を言葉に込める。
「どう致しましてっすよ......自分たち友達、それも特別な絆で結ばれた親友同士じゃないっすか。互いを信頼しあえてこそ真の友、そして心からの友達、まさに心友に成れるのですから」
握り締められた手の平はひんやりとした感触だったが、そこからは心地好い温かな想いが伝わってくる。
俺たちはしっかりと手を繋いだまま都ちゃんの家に向かうため足取り軽く歩きだした。




