想い想われ揺れ惑い
アミューズメント施設には日曜日の昼下りのこともあり、遊び終わって帰る人や、これから買い物やレクリエーション目的で訪れてきた人達が賑やかに駐車場を行き来している。
ひときわ綺麗で華やかな紫月先輩をはじめ『Diapason』の二人のエースが腕に寄りを掛けてカットした、それは見目よいヘアースタイルの都ちゃんや白露は、容姿は違えど双子と見てとれる容貌も相まり、少なからずの注目を集め皆が目が眩んだかのように茫然と通り過ぎていく。
そんな駐車場の一画で、振り返った俺は久し振りとなる孝の姿を目にした。
――最初に目に飛び込んできたのは、サラサラのダークブラウンの髪をなびかせ、爽やかさを満面に醸し出して会心の笑みを浮かべる、それは男らしい顔付き。
そのニッコリとして嬉しそうな顔を間近で見てしまい、胸がドキリと音を立てる。
高まる胸の鼓動が聴こえてしまわないかとドキドキしてしまう。
しかし......引き寄せられるよう見詰めていた孝の端整な顔から、視線を立ち姿へと移した俺は、信じられない気持ちで上から下まで目を何度か走らせてしまった。
そこには三角巾で吊り下げられたギプスで固定された右腕と、同じくギプスで固められた左足、そして左手に松葉杖を抱えるように持っている痛々しい姿の孝がいた。
「孝! どうしたんだよ......なんでそんな大怪我してるんだよ!」
知らず、俺にしては大きな声が出ていた。
周りの人が何事かとこちらを見るが今は気にしている余裕がない。
「ちと、ドジ踏んで事故っちゃってな」
そこは無傷だった顔に大したことではないといった面持ちで軽く言葉を返してくる。
「こんな状態だったから......返事も返せず済まないことをした」
松葉杖を持った左手を器用に上げて謝りのポーズをしてきた。
「なんで......なんで、怪我したって連絡してくれなかったんだよ......すぐに駆け付けたのに」
俺はそんな大事が孝の身に起こっていたとも露知らず、またそんな一件があったのに教えてくれなかった事に対して、憤りと一抹の寂しさを募らせ、つい愚痴るような口調になってしまった。
「オレがこんな情けない姿をお前に見せるわけないだろ......何年ツレ合ってるんだ、それぐらいのことは察しろ」
その言葉に勘違いしたのか先輩をはじめ、都ちゃん、白露も色めき立った声をあげる。
けっしてそういった意味で盛り上るツレ合いではないのですけどね。
「そ、そうだけど......さ、出来れば俺には教えて欲しかったな」
ついつい気持ちがふっきれなく、理性ではダメな事を言ってると判っていても言葉を返してしまう。
「だからゴメンって......そうだな、お詫びに今度お前が好きな、あの......う、うわっ!?」
孝は松葉杖を上げて再度、謝りのポーズをしようとしたが、今回はバランスを崩し倒れそうになってしまった。
「キャアッ!?」
情けないことに咄嗟に俺が出来たことは口に手を当てて悲鳴を上げることだけだった。
「大丈夫ですか、孝さん......気を付けて下さいね」
体勢を崩しかけた孝を後からしっかりと支え、一人の女性が優しく名前を呼びながら手助けする。
――孝だけを見ていたため、その後にいる人のことを今の今まで全く気が付かなかったが、どうやら孝には連れがいたみたいだ......それも女性の連れ添いが。
その女性の声を聞き姿を見た瞬間、俺は息もできず何とも物憂い気持ちに支配され、ズシンと重石を乗せられたかのように胸が沈んだ。
――孝に女の身内はいなかったはず、あの女の人はいったい誰なんだろう。
言葉もなく立ち尽くす俺を誰もが気遣わしく見守る。
気まずい空気の中、誰も二の句を継ぐことが出来ないまま、しばしの時が流れていく。
その中で意外な事に最初に声を出したのは陽一だった。
「こちらの方は更科 舞さんッス......彼女の親御さんが運転していた乗用車と孝が接触してしまって、まあ夜間で雨も降ってたことで見通しが悪かったのも原因なんッスけど......そんな訳で彼女自身に落ち度は無いけど、親の過失は私の責任でもあると強く思ったのか、こうして孝の面倒を看てくれているんッスよ」
舞さんはペコリと頭を下げると、事故を起こしてしまった事を大層に謝り、簡単に自分の自己紹介をする。どうやら短大を卒業してこの春から会社勤めの社会人とのことで陽一達より二歳年上とのこと。
俺は途中から彼女が話している内容や怪我を負った理由より、陽一だけが詳しく経緯を知っていた事実にショックを受けていた。
長年ツレ合っていたお前には見せれないって、さっき言っていたよね......それは陽一も同じことじゃないの......。
「どうして......どうして陽一には教えて、俺には黙っているんだよ!」
気が付けば感情のまま言葉が衝いて出る。
そんな俺を舞さんは面食らった様子で眺めていたが、今は彼女に思いを巡らせることが出来ない。
孝は困ったような顔付きになると俺に向けていた目をフイッと外し
「さて......どうしてだろうな、オレにとってあいつは親友で、お前は......」
何かを選ぶように言い淀むと、そこで外していた視線を粛々と俺に戻し、フッと微笑む。
その笑顔に胸がドキンと高鳴り、堪らなく顔がのぼせてくるのが判ってしまう。
「オレにとって陽一は......ごめん......今は違うよな、お前は......」
再び言葉が紡がれないまま、先ほどからじぃと見詰められているため、言い表しがたい心騒ぎに激しくのどが渇き、自分の顔が緊張のため強張り蒼ざめていくのが判る。
長いような短いような時が過ぎ、ついに孝は意を決したのか言葉を紡ぐ。
「済まない......オレのお前に対する本当の気持ち、今はまだ整理がつかないんだ......この怪我が完治した暁には、必ず伝えるよ......それで、いいよな」
そう言われてしまうと、俺はうんと小さく頷くことしか出来なかった。
「それじゃ、もう病院に戻るわ......また連絡するから、今日は顔を見れて良かったよ」
それを聞くと俺はどうしても気持ちを抑えきれなくなり、孝に駆け寄る。
そしてほぼゼロ距離から見上げ
「待ってるから......俺、待ってるから」
心の赴くままに繰り返し呟いていた。
※※※
俺達は施設の駐車場から再び、陽一の運転する車に乗り込み、先ずは俺の住むマンションに向かっていた。
ここで今夜、都ちゃんの家にお泊まりするのに必要な一式を取りに帰る予定だ。
「それにしても、びっくりしたよ......まさか陽菜乃ちゃんが俺っ娘だったなんて......容姿からはとても想像もつかないよ」
「俺......らしくない」
白露と都ちゃんが驚くのも無理はなく、どうやら先ほどの会話で無意識に俺と連呼していたようだ。
その事は舞さんにも訝しく思われたんだった......あの後、少し二人だけで話すことが出来て、孝が入院中に何度も俺に返信しようと悩み苦労しながら左手で打っていたことや、『Diapason』のブログを事あるごとに見てたことも話してくれた。
結局返信はしなかったのね......彼らしいかも クスッとやんわり笑う仕草に何とも大人の魅力が感じられ、俺は自分の子供っぽい態度を思い出し顔を真っ赤にしてしまった。
――孝って歳上の女の人が好きだったっけ。
そんな俺の気持ちを察したのか、舞さんは俺を優しく見詰め、陽菜乃ちゃんはもっと自分に自信を持つこと、彼はそれはモテるけど頑固なほど一途なところあるから、到底、私が......ここで言葉を途切れると、少し間を空けて陽菜乃ちゃんのような清楚な女の子には俺なんて言葉は全く似合わないから使わないようにね、と戒められたんだっけ。
物思いに沈んでいた俺に紫月先輩が染々と呟く。
「はああっ......なんかドラマ観てるみたいだった......ヒナもやる時はやる娘だね」
「でも、陽菜乃ちゃんとそれはお似合いだったからね......僕もいつか素敵な巡り合わせがあるのかな」
白露は夢見るように呟く。
「ハクはお淑やかだから、包容力あるジョーさんとピタッと符号する気がする......歳の差なんて関係ない......彼も絶対ハクのことフォーリンラブってるって!」
急にジョーさんの名前を出され白露は目を白黒させる。
「ぼ、僕と......ジョーさん......」
恥ずかしさのあまり耳たぶまで真っ赤に染める白露は、やっぱり可愛らしい。
そう恋心を抱いたり想い想われることって、悩ましくもごく普通の事であり誰もが少なからず通る道だと思う。
それは自分の今の気持ちを正直に真っ直ぐにいくことが大切なことだ。
ここにいる皆の恋が叶いますように......俺は大切な忘れ形見が入った巾着袋を取り出すと掌にギュッと握りしめていた。




