心のあり様のままに
「アハハー! 今日はなんて気分上々な日なんだろうね......こんなにもエモーションが高まると、ボクは笑うことしかできないよ!」
アハハッと何度もそれは快活に笑う紫月先輩を、道行く人達はギョッとして見るが、しばらくすると心酔したような顔付きとなり、立ち止まったり振り返りながら通り過ぎて行く。
あの後カットを終えた二人へとサロンに居るスタッフ、お客さん問わずそこに居る全員から称賛が送られた。
そして今度の休みの日にでも、四人揃って正式に撮影させて欲しいと夏江さんから依頼された。
「ぼ、僕は関係ないよね」
白露は自分には畏れ多いといったシャイな面持ちで問いかける。
「四人揃ってと言いましたわ。うちのジョーが精魂込めてスタイリングしたカット、この上もなく貴女に相応わしい。どうか当サロンのモデルとして店のプロモーション活動に力添えして下さいな」
話しを聞いた瞬間、白露の顔が見る間にパッと桜色に染まったものだから、その恥じらう姿があまりに初々しく、サロン内にオオォーと再三となるどよめきが起こった。
特に先程のJK二人連れは『Diapason』の新たなヘアーモデル誕生の瞬間に立ち会えたことを、殊のほか喜んでいる。
「白露ちゃん是非とも頼むっす!」
ジョーさんの鼓舞する声が決め手になったのか、白露は恥じらいながらもコクリと頷いたことで、サロン内は外の天気と同じな、ほのぼのとした雰囲気に満たされた。
次の予約のお客さんも来店して慌ただしくなってきたので、そろそろおいとまする事にする。
残念なことに彩帆ちゃんはサロンがまだまだ忙しく、手伝いから抜けるのをよしとしなかったため、陽一さんにヨロシク言っといてねと俺たちを見送ると、パタパタ駆け足で店に戻っていった。
彩帆ちゃんがサロンの中に入るまで手を振っていると、紫月先輩が俺たちの方に向き直り少し寂しそうに呟く。
「ボクの今まさに切実な気持ちを打ち明けるよ......今日このまま真っ直ぐに家に帰って一人切りになりたくない......そんなセンチなメンタルな気分なんだ」
――今日だけで本当に沢山の出来事が起こったよね。
想いが叶い本物の女の子に成れた......その事は、先輩にしても白露にしても本当に嬉しかったはずだ。
しかし、二人ともこれから起こるであろう女性となった事による、様々なかつてとは違う暮らしや生き方を一から築いていかなければならない。
紫月先輩といえども漠然としたビジョンしか浮かばずに、不安な気持ちを抑えることが出来ないのだろう。
「私達の家......泊まる」
都ちゃんがポツリと溢す。
それが聞こえたのか、途端に先輩はパッと目を輝かせた。
「いいね! いいよ! お泊まり会! ボク、一度も人の家に泊まったことがないから......是非やりたい!」
浮き立つ思いを隠そうともしないで、皆を見渡し賛同を求める。
――お泊まり会......確かに楽しそうだな、先輩のキャラクタからしたら絶対好きそうだしな。今までどっちつかずの状態だったから、言ってるように初めてのことなのだろう。
さて俺の問題としてはしぃちゃんの承諾が得られるかだ。
「皆で具材を持ち寄っての闇鍋......寝る前の枕投げ......考えただけでも楽しそうだね!」
うーん、鍋に枕投げって......先輩の思考はなんやかんや言っても、やんちゃな男の子みたいだ。
「みんなで......お風呂に入る」
再び都ちゃんがポツリと溢す。
「「「!!!」」」
さらりと言われた提案に都ちゃんを除いた女の子初心者三人は驚愕に息を呑み込む。
「みんな女の子......問題ない」
更に被せてくる!
そしてさも心踊るイベントが待ち遠しいといった様子でクスクスと笑う。
はうう、これまた大胆なことを......都ちゃん侮り難し。
俺は一気に顔を朱に染めた、無論同じように自分も真っ赤になっていると思うけど......先輩と白露を盗み見る。
白露と目が合うとパッとそれは恥ずかしそうに俯いてしまった。
その反応を見る限り、白露にとって俺は普通の女の子としか見られていないことに思い至る。
――都ちゃんはなんとなくだけど俺が普通の身の上ではないことに感付いている気がした。
そうだ......この機会に本当の俺を皆に知ってもらうのも悪くないのではないだろうか。
こんなにも心を通わせた仲間なのだから......。
「あっ!?」
俺は重大なことに気が付き思わず声を上げてしまった。
その声の大きさに皆が何事かと注目する。
「いおりん......渚も呼んでいいかな」
そうだ、今日も都ちゃんの家にお邪魔するのに、どうして私も一緒に行ったらダメなのよと散々ぼやかれたんだっけ。
いおりんこと庵 渚
『レ研』メンバーで、俺にとっては女の子となって初めて出来た同性の友達......彩帆ちゃんとはまた違った意義深く大切な親友。
天才ともいえるマジシャンとしての腕を持ち、頭脳明晰で勘がとても鋭い頼れる委員長、そして紫月先輩にも劣らないポジティブ思考の持ち主。
何があろうとも俺に起きた事象を自分の口から明かしておきたい。
それが親友と呼ぶ彼女に対して、俺がしなければならない礼節ではなかろうか。
「もちろん! 彼女はボク達『レ研』の大事なチームメートにして参謀、呼ばない理由はない......というか是が非でも来てもらおうよ!」
先輩にとっては俺の考えていることなんて全てお見通しのようだ。
俺は早速いおりんに電話を掛け二つ返事でOKをもらい、夕方に都ちゃん家最寄りの駅前で待ち合わせする約束をして電話を切った。
「アハハー! これはエキサイティングな事になって来たね......それではヨウくんと合流して事を成そう!」
それでなくても目立っていたけど俺達は、おう!と拳を上げてそれに元気よく応えた。
「みんなで有りのままの姿......ムフフ」
なんか都ちゃんが、それは嬉しそうにボソリと囁いたけど......きっと気のせいだよね。
※※※
アミューズメント施設に到着して陽一に連絡すると、すぐにこちらに向かうとのことで俺達は駐車場で待機する。
買い忘れた品物が何点かあったが、どのみち俺と先輩は明日の朝は都ちゃんの家から直接学校に行くことになるため、制服などを取りに一旦は家に帰る必要があった。
足りない物は、いおりんと待ち合わせしている駅前で購入することにして、まずは陽一に家まで送ってくれるようお願いするつもりだ。
「陽菜乃ちゃん、お久し振り!」
後ろから急に声を掛けられ、なおかつ予期せぬその声に、俺は息が詰まったかのように立ちすくんでしまった。
待ち望んでいた自分の名を呼ぶ声の主......長い付き合いで孝が内心から喜んでいるのがその声音から判ってしまう。
「ラインも何回か、もらってたのに返信できなくてゴメンな」
ちっともすまなさそうに言うその口振り。
なんで......なんで、このタイミングでそんな事を言うんだよ。
孝がろくに返信しないことなんて判っているよ......昔はそれでも毎日、学校に行けさえすれば会えることは出来ていたんだ。
『お前さ、メール来たらすぐに返信しろよ......物ぐさな男は嫌われるよ』
『うん? 相変わらず陽一は、まめまめしいな......というか女々しいか』
『おまっ......ふん、お前になんて二度とメールもラインも電話もしないからな』
『ハハハッ 本当に陽一って可愛いよな』
『おっ......孝! 覚えていろよ!』
『ハハハッ 気が向いたらな』
何故かそんな取り留めのない過去の事を思い返していたら、不意に涙が零れ落ちそうになり、慌ててぐっと堪える。
「陽菜乃ちゃん......もしかして怒ってる?」
孝のあまりに無神経な物言いにカチンとなり、沈みかけていた気持ちが憤りに変わるのが自分でも判った。
「孝!......おまっ!? ......」
俺は苦言の一つでも、どなりつけてやろうと勢いよく振り返ったのだが、そこに全く予期せぬ光景を目にして放つべき言葉を失ってしまった。




