潤いレディとふわふわガール(中)
「おおおっ 陽菜乃ちゃんだ! 久し振りっす! 相変わらず傾国の美姫にも喩えられるほどの美人ぶりすっね」
カットを終えたジョーさんが、わかりやすい愛想と爽やかな笑みを浮かべ俺たちの所にやってくる。
性格の明るさと軽快なノリそして確かなスタイリング技術のセンスを発揮することで、ここヘアーサロン『Diapason』でもベストスリーに入る売れっ子スタイリストだ。
「うちのサロンのブログ特集『The hinano』 まあタイトルのセンスはひとまずおいといて......観てくれたっすか! アクセス数史上最高! コメントも多数寄せられて、エライことになったっす!」
満更でもない様子で、この前カット前後に撮影した画像を、ストーリー仕立てにした出来上がりの素晴らしさを、それは熱く語ってみせる。
仕事が終わった後も何かとすること沢山あるだろうに、手間ヒマ掛けて制作してくれたようだ。
俺は労いの言葉を掛けながら、そこに映る素敵女子がどうしても自分とは思えずに、恐縮してしまい困ったように頭をかいて照れ笑う。
「そりゃモデルが瑞々しく清楚な陽菜乃ちゃんならではの効果よ......あの画像と同じカットにして下さいって何回頼まれたか」
俺達の後ろから快活に話し掛けてくる声が聞こえてきた。
「ニイハオー! 陽菜乃ちゃん、都ちゃんも、いらっしゃいませ♪」
振り返えるとそこには、サユさんがあだっぽさと上品さがコラボしたシックな黒色のチャイナドレスを粋に着こなし、それは嬉しそうな笑みを浮かべている。
このサユさん、ジョーさん、夏江さんがこのサロンのメインスタイリストだ......それにしても何故チャイナドレスなんだろう。確かに動き易そうではあるけれど、サイドのスリットが大胆に腰付近まで切れ込んでいるため、白くすべすべのふくらはぎが目に飛び込み妙にドキマキしてしまう。
そんな妖艶な格好をしているサユさんも、振り返った俺達に視線を向け、そして白露に気が付く。
「ヌオオオ! 都ちゃんが二人もいる!? これは、もしかしてもしかすると願いが叶って、お一人様を持ち帰り可能なの!?」
サユさんは、なんともリスキーなジョークを発するが、あながち冗談だけではない響きもその声から感じられる?
――きっと気のせいだよね。
ひとしきり笑ったサユさんは、ふと紫月先輩に目をとめると穴が空くほど見つめ、大袈裟に体を仰け反らせる。
「サプライズ! 陽菜乃ちゃんの友達って......どうしてこうも誰もかれもが、ハッとする様な美人さんばっかりなんだろうね!」
サユさんのオープンな称賛にこちらも同類を発見したとばかり、紫月先輩もそれは愉快そうに言葉を返す。
「アハハ! なんとも楽しく華やかなサロンですね......お初です 桐原 紫月と申します。今日は何卒よろしくお願い致します」
ペコリと頭を下げる先輩をサユさんは殊更に見詰め、うひょーとびっくりしたように言葉を発する。
「もしかして紫月ちゃん......『Existentielle』で執事のバイトしてる? 私の友達があそこが大のお気に入りで足しげく通っているのよ!」
サユさんは友達の名前を告げ、どうやら本当によく来店してくれてる人のようで、先輩はとてもお引立てしてもらってますと、元気いっぱい明るくレスポンスする。
「ひょおー! なんか紫月ちゃん見てると、あいつが年がら年中通ってる気持ちが理解出来るかも! でもなんか聞いてた感じとこうイメージが違うというか......もっと性別があやふやな中性的な雰囲気かと思ってたの......こうして実際に会ってみると、どこからどう見ても類い稀な美少女にしか見えないんですけど」
そうなのだ。願い叶って本当の女の子に成れた先輩はなんとも形容し難かった、あの不思議で中性的な感じが綺麗さっぱり消え失せてしまっているように思う。
――先輩もしかしてこのままバイト辞めないとダメなんじゃないの。
「Ms.サユ......もし貴女が『Existentielle』に御来館して頂いた暁には、不肖ながら私が誠心誠意おもてなしを致します」
それは優雅に胸に手を当て一礼すると深々とお辞儀をする。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
顔を上げると一面に花が咲いたかのような惚れ惚れする笑顔を浮かべ、来店時の口上を述べていた。
サユさんは、彫像のように瞬きもせずに先輩をポオッと惚けたまま眺めていたが、徐々に焦点を戻し
「イッツ・ア・ファンタスティック! お姉さんはそりゃもう感激したよ! なんというかスゴく男前だったね......あいつが惚れ込むのも判ったかも! 今度、一緒に行くから是非ともサービスいっぱいしてね」
サユさんの様子を見る限りどうやら心配無用のようだ。
「もしかして今日スタイリングしに来たの......貴女なの!? どうしよう......あいつが知ったらジェラシーのあまり燃え尽きるかも」
それはそれで楽しいかも ムフフと笑う。
――あいつ......サユさんの友達ってよっぽど先輩に惹き付けられているようだ。
「それじゃ、都ちゃんとそっくりなこれはまた......ふわふわガールは、オレが真心を込め一意専心するから、サユはその娘のこと頼むっす。そこのお嬢さん! ジャストフィットに極めるから心の準備ヨロシクっすよ!」
「ひゃい!? こ、心の準備って......」
急に話しを振られ白露は目を白黒させる。
ジョーさんは晴れやかな表情からニィッと口元を弛め、白露の頭に軽くポンと手を置く。
「はやあああ!?」
白露の頬がみるみる紅潮し、びっくりした声を上げる。
「そないに緊張せんときや......お陰でこっちまで、なんやドキドキしてきますやん......手元くるったら取り返しつかへんがな」
ジョーさんも白露のあまりのピュアさに自分の頬をポリポリ掻く......実際、少し緊張してるのか素の地元言葉になってしまっている。
耳まで真っ赤になりながら白露はカット席まで案内され、続いて先輩もサユさんと賑やかに話しながら席に座ったのがみえた。
「みなさんも座ってお待ちになりますか?」
お客さんを送っていった夏江さんが戻ってくるとそう確認する。
俺と都ちゃんは二人がどのように変わっていくのか見ていたかったため、サロンに残ることにした。
「そうっスね! 俺はさっき駐車したアミューズメント施設に行ってるから、終わったら連絡してくるッスよ」
陽一は聞かれる前に、お洒落なサロンにはあまり興味がないのか、得意の独り行動にでようとする。
「あっ 陽一さん、店から出て行くの? ママ! 私もちょっとだけ休憩していい?」
彩帆ちゃんのお願いに、夏江さんは仕方がないわね、予約がいっぱいだから出来たらすぐに帰ってきてよと念を押し、次に陽一にそれは柔らかな微笑みを向けた。
「フフッ 娘を宜しくお願いしますね 万が一......いえ億に一かな、泣かすようなことがあったら......フフフッ わかってもらえるかしらね」
こ、こえええっ マジ怖す......フフフッ言ってるけど目がピクリとも笑っていない。口元に浮かべている笑みも逆に怖いです......さすがに空気がヨメの陽一も、夏江さんのただならぬ目力には震え上がっている。
「もう......ママたらっ......陽一さん行こう!」
彩帆ちゃんは、それは嬉しそうに陽一の腕に自分の腕を絡めるとサロンから飛び出していった。
「あんなに胸をときめかせている彩帆を見たら、パパ泣いちゃうかも......でもまあ、あの娘が悲しそうな顔してたら陽一くん......儚く生命が終わりを迎える」
うちのパパは、そりゃ重度の娘依存だから......見た目はマフィアのボスなのにね......もちろん私も大事な娘を泣かすような男は、なにがあっても......今度は目尻を下げながら何かを呟いた。
陽一に幸あれ......。
「――あっ ごめんなさいね。 二人には飲み物入れるからソファにお掛けになってて下さいな」
俺と都ちゃんが座って待っていると、程なくしてアシスタントさんが飲み物を運んできてくれる。
礼を述べ、運ばれてきた紅茶に口にしながら先輩や白露がスタイリングしてもらっている姿を眺めていると、少ししてサロンの扉が開かれる音が俺の耳に届いた。




