月と白の明かりを灯し(前)
「ああん......どれも可愛すぎるし、これ! きわどく透け過ぎてませんかああ!?」
紫月先輩の快活で驚嘆とした声が、ところ狭しと並べられた女性御用達にして男子禁制ブース、またの名をランジェリーショップに響き渡った。
商業施設に着いた俺たち一同から、陽一は買うのが女性用のものだけに、最初から別行動しようとする。
そこへ都ちゃんが新型のタブレットパソコンを見たいのだけど、どこのメーカーがいいのか、よく判らないのとスキル上目遣いを微発動した。
その仕草に陽一は、いともたやすく鼻の下を伸ばし、オレに全てを託すッス!
肩で風を切ると、電化製品が展示されているブースへ嬉しそうに足を向ける。
都ちゃんは、ちょっと行ったところで振り返る。
俺にヒタリと目を向け少し申し訳なさそうな表情を浮かべると、何かを伝えようとした。
しかし結局のところ口から出た言葉は、白露をよろしくね。それだけ言うとペコリと頭を下げ、こちらを気にしながらも去っていった。
――都ちゃん、服とか下着買いに行ったら、もしかして先輩が暴走モードに突入。ことあるごとに、デカッ! 巨なる! などイジられ比較され、下手したら揉みくちゃにされると、敏感に察知したのかも知れない。
真実はともかく三人になった俺たちは、まず服を買いに行こうかと話し合ったが、先輩と白露が女性用の下着を穿いていないどころか、ブラも着けていないことに気付く。
これでは服も買えないよ! 何はともあれ先ずは下着を買いに行くべし!
驚くほどのハイテンションとなった先輩は、いざ出陣するなり!高らかにときの声をあげるや、恥じらい戸惑う白露を引き連れショップに突入し今に至る。
「ヒナ、ハク見てごらん! ほらこれ、向こうが透けて見えるよ」
限りなく薄く黒色の布切れを両の指でびぃよーんと摘まみ、しげしげと目の前にかざす。
「アハッ こんなの穿いちゃったら恥ずかしくて服を脱げないね。それにしても、いくらなんでも布地面積少なすぎない!?」
日曜日の昼前とはいえ、店内にはぶらりと来てる人もいれば、何グループかの女性客が当たり前のように居た。
もともと騒がしい場所ではないため、その仰天したような声はよく響き、何事かと幾人かがこちらを注目する。
その中でも同世代の女の子グループの一人が、紫月先輩をはじめ俺たちへ目を向けると、何かにびっくりしたかのように声を上げた。
「なんどいや! どこの姉やんやねん。都会にはこないな生き物が棲息しとるんかいや!」
Kaiya? 一瞬、外国語を捲し立てられているのかと思ったが、よく聞くと関西......の中でもさらに西南の方の言葉?
「めっさ可愛ええやないの! 姉やん記念にうちとペアもん買おか」
どうやら、ひと目するなり紫月先輩にベタ惚れしてしまったようだ。
連れの女の子たちが唖然として引き留めるのを無視して、こちらに急いで駆け寄ってくる。
「うちの名前は、くるみってゆうねん! こないな猪突猛進な性格やけど、仲良うしたってや」
その娘は関西弁で威勢よく言い放つと、聞かれてもいないのに自己紹介を始めた。
さすがに言葉を失ったかと思われたが、先輩は猫のようにパッチリとした瞳をさらに見開き、ニコッと晴れやかに微笑む。
「アハハー! 至りてご機嫌な人だね......ボクは桐原 紫月。お嬢さん、こんにちは、そして初めましてだね」
執事喫茶でバイトしている先輩にとって、これぐらいの出来事は些細なことなのか、大して慌てることなく普通に挨拶を返す。
「ボ、ボク!? ボクっ娘? なんや萌えるやないかいや! ごっつええ感じで自分いけてますやん」
短機関銃のように関西弁をバラ撒く。
これまた、決断より行動しちゃう感じのポジティブな人が現れたものだ。
やっぱり先輩って計算なしで自然に振る舞っているから、そこに面白いようにみんなが魅せられる。
損とか得かとかでなく、楽しいか、面白くないかを瞬時に判断して素直に行動する。
関西弁のあのくるみって娘も、そんな先輩にいおりんと同様、どうしようもなく惹きつけられたのだろう。
みるからにポジティブな二人は、初対面とは思えないほどに打ち解け、色取りどりのランジェリーを手に持ち眺め、キャッキャッ大騒ぎしている。
「これ! モテフェミニン全開......ここのレース部がアクセント出してて、格段にチャームアップさせてるよね」
オオオオッ! くるみちゃんの友達もいつの間にか合流していて、先輩が喋る度にどよめきを起こしていた。
「あの人、僕が考えていた通り、接する人の心を鮮やかに捕らえるね」
囁くような声が隣から聞こえてくるまで、先輩だけに意識がいってしまっていたため、つい白露のことを忘れてしまっていた。
白露もその事は、特に気にしていないのか、輪の中心に位置して愉しげにささめく紫月先輩を、それでも憧れのこもった眼差しで静かに見つめている。
「――白露は、どういったのが好みなの」
俺は、ぽぉとした表情で先輩を見入っている白露が、まだちっとも自分用の下着を選んでないこと、それにどういったタイプが気になるのか興味津々で尋ねる。
とたんに紅を散らしたように耳の付け根まで真っ赤にして、モゴモゴと何かを呟く。
俺はそのはにかむ物腰に、不覚にもガツンと胸の奥底からキュンとなってしまった。
白露をお願いね。都ちゃんが去る際にあんなにも一途な表情で、俺に求めていたもの......任せるのだ!
「――さっきから、なんだが先が擦れて......少し痛いんだ」
固い決意にメラメラ萌える、いな燃える俺の耳に不意に戸惑う言の葉が届けられる。
白露は、堪らなく柔らかな膨らみをみせる地点の布を、やんわり摘まみ上げ、くもった表情をみせていた。
そのアンニュイな表情、そしてシルエットをうっすら覗かせている二つの頂きは、シャツ越しに存在をまざまざと主張している。
心奥から熱き昂りがくる......くる!
「こ、これなんて、白露によく似合うと思うよ」
一見すると清楚な感じの白いレースを主体に作られ、リボンをふんだんにあしらった、上下セットものを手に取り渡す。
俺の緊張した様子に、白露もいよいよ決まりが悪そうに顔をぱっと赤らめ俯く。
もどかしくなった俺は、ギュッと手を握り引っ張るように試着室へ向かった。
「アッ まだ心の準備ができてないん......だ」
くぐもった声を出す白露の肩にそっと手をおき、優しく目を向ける。
「なにも恥ずかしがることはないよ。白露はこんなにも淑やかな......本当の女の子に成れたのだから......もっと自信を持とうよ」
俺は、ひたむきさを全開にして言い募り、近くにあった鏡に白露を映す。
そこには、はにかみ頬を可憐に染める、どこからどうみても女の子にしか見えない姿が確かに映っていた。
「そ、そうだね あの人を見習って少しでもポジティブになれる努力しなきゃだね」
俺は、うん、うん力強く頷く。
試着室の前まで行くと店員さんが、俺たちに試着されますかと聞いてきた。
こくんと肯定して白露に目を向ける。
それで買うのがこの娘だと判ったのか、白露が手に持っているセットを確認し、自分のサイズを正しく認識してますかと尋ねられた。
白露はプルプル赤面しながら首をふる。
その様子に自分の身体にフィットしたブラを選ばないと、若いからとはいえ、なにかと危険なんですから! 歳の頃二十後半に見える店員さんに至って真面目な顔で注意をうけた。
今持ってるブラを取り敢えずは着けてみて、その上からサイズは測りますね。やんわり言われて白露も観念したのか、大人しく試着室に向かって歩を進めた。




