そよ風に翼をはためかせて
駅前で陽一と待つことややすると、しなやかに振る舞う猫科の生き物を連想させる立ち振る舞いで、人目を惹きながら近づいて来る人が見えた。
少なからずの注目を集める紫月先輩。
今日の装いは、春物の色鮮やかなワンピースの下に黒色のキャミソールがチラリと見えるようなコーディネートに、脚がとても細く長く感じられるスキニーデニムとショートブーツの組合せ、黒く艶やかな長い髪の上にはハンチングキャップを小粋にチョコンと乗せている。
「おはようー 今日はすこぶるご機嫌な天気でなにより......素敵な何かしらがありうる......そんな予感めいた日和になったね」
俺に向かって春のそよ風を思わせるうららかな微笑みを浮かべ、手を軽く絡ませながら寄り添ってきた。
ふわりと藤の花の高貴な香りを漂わせる佇まいに陽一も目を白黒させる。
そんな俺の隣に立つ陽一に今日はもう一人、連れがいることに今初めて気が付いたのか、微かに小首を傾げ
「あっ 初めまして......桐原 紫月といいます。陽菜乃の一学年上で、同じクラブの先輩やってます」
慌てて挨拶してペコリと深々とおじきをすると、七十度ぐらいの角度から、陽一にこぼれんばかりの笑みを投げ掛ける。
先輩そんな格好しちゃったらキャミの中がチラ見えしてますやん!
陽一も目のやり場に困って顔を真っ赤にすると、慌てふためく。
「アハハー! ちょっとだけ、おふざけが過ぎたかな......てへっ☆」
チロッと濡れたような唇から舌を出す仕草も堪らないぐらいに艶っぽい。
先輩って素で途方もない女子力を発揮する時があるんだよね。
照れていた陽一だが、姿勢を正すと真面目な顔付きを先輩に向ける。
「こちらこそ、初めまして......陽菜乃がいつもお世話になっております。」 従兄の陽一ッス! 今日はよろしくッス」
俺と分体化したことで本来の自分へと戻った陽一は、高校の頃からは想像できないほど逞しい男性へと大きく変化していた。
大学生になり更にジョーさんの会心のヘアアレンジでお洒落にも磨きが掛かり、男としても自信をつけたのか、爽やかに挨拶を返す陽一に、先ほどまでのワル乗りが嘘のように、先輩は知らずぽおっとした顔付きになる。
数秒の短い間だったけど、惚けたような顔で陽一を見いってしまっていたことを意識したのか。
「ダメダメ......ボクとしたことが! 彼以外の人にパトスを持つなんて......ありえない!」
うつ向きぶつぶつ呟く。
「先輩? どうしましたの」
俺のその一言に、ひゃぃと小さく声をあげる。
「キミが織り成す人間模様......関わる人達はどうして、こんなにもボクを魅了するのだろう」
切なく口ごもるその言葉に俺と陽一は思わず顔を見合せる。
「先輩。都ちゃんの家へ行く前にどうしても話しておきたい事があるんです」
俺のいつにない真剣な眼差しに、思いを汲み取ったのか。
「そうだね......キミの存在理由を全て受け入れよう......それこそがボクたちが邂逅した節理かも知れない」
先輩は深く静かに頷いた。
俺たちは場所をカフェ『Adishin』に移動し、偶然にも前に来た時に座った奥にあるテーブルに案内された。
「ここならボクたち以外、誰にも聞かれることはなさそうだね」
先輩と俺はミルクティーを、陽一はコーヒーを頼むと飲み物が来るまで、とりとめのない話しで間を持たす。
ほどなくすると頼んだ品物が各自の前に置かれ、店員さんが去っていくと、皆が湯気の立ち上るカップを一様に口へと運ぶ。
少しの間、静寂がテーブルを包み見交わされる目と目。
「オレと陽菜乃に起きた不思議でとても現実とは思えぬ出来事を、是非とも紫月さんには聞いて欲しい」
陽一は前置きをひとつして幼き日に起きた出来事を話し始める。
俺たちに起きたことを真摯に話す陽一。そんな姿をみているといつの間にか自分とは、まったく違う別人として見ていることに気付く。
女々しい女ぽぃ 考え方が女の子みたいだと散々男子からも女子からも言われていた中学、高校時代。
それも致し方なかったことなのかも知れない。
清流父さんの呪式で一命を取り止めたものの、当時の陽一に融合することで生き延びた陽菜乃、交ざり融け合った魂と体は中性的な『陽一』を新たに生み出すに至った。
融合する前の陽一は、とても男の子、男の子していたやんちゃで明るくリーダーシップを発揮するようなタイプ、対して陽菜乃は病弱なおとなしい自己を主張しない控え目な女の子。
『陽一』は陽菜乃の気質、キャラクターを受け継いでしまったため、ともすれば女性的な一面が色濃く出てしまっていたのだろう。
親友の孝に対して抱いていた感情も男同士の友情というよりも、陽菜乃の魂にとっては憧れに近い淡い恋心だったのかも知れない。
別々の身体になるまでは同じ記憶、思いを共用していた二人で一人の俺であったはずが、こうして紫月先輩を前にして堂々と持論を語る陽一を見てしまうと、もしかすると俺の方こそが今の陽一の立場になっていた可能性があると思っていたけど、そんなことは最初から有り得なかったのかも知れない。
陽菜乃の魂は確かな重みを持ち今も俺の中に存在し息づいている。
あの日、陽菜乃がどのような経緯でこの体を形づくり、一つの魂が二人へと振り分けられ、本来の自分へと偽りなく戻ってこれたのかは解らないが、この存在が自分以外の何者だというのだろうか。
俺が陽菜乃そのものなのだ。
ありのままの自分に戻り、陽菜乃として生をまっとうする事こそが、存在理由なのではないだろうか。
気が付けば陽一は全ての話しを終えていた。
「以上がオレと陽菜乃に起きた、奇蹟のような顛末なんだけど、信じてもらえたっス?」
紫月先輩は、そんな陽一を真正面から正視する。
「ボクのスタンドポイントを用いて判定する......とてつもなく信憑性に欠ける内容ではあるけれども......今の話しは、歪曲することなく、真実のみを言明している
」
優美な仕草で組んだ手の上に形のよいアゴを乗せ、限りなく目を細める。
「なんて心の奥が高揚する物語りなんだろうね......いやキミたちが作り話しをしていないことは、重々承知の上で敢えて物語りと言わせてもらうよ」
まだ微かに湯気のあがる紅茶を、音をたてずに口に運び一息に飲みほす。
「魂は本来の持ち主へと解かれ戻る......生まれ変わった二人のオリジナルは異なる歴史を紡ぎ出す。キミたちを中心に計り知れない何かが動き出すかも知れないし、実際は何も変わらないのかも知れない......ただこの事象は必然にして宿世」
静かに言の葉を紡ぎ続ける先輩を俺たちは黙って見詰めていた。
「この前決めた『レ研』則、思いを現実のものにする......ボクの思いは無論のこと、正真正銘の女性と成る。願うはただそれだけなんだけどね」
先輩の外見や普段の振舞いをみる限りでは生物学的性別が男であるなんて、先ほど陽一に見せた色っぽいポーズといい判っているけど何とも信じがたい。
『今のままでも十分、女の子してますよ』
声に出さずに心の底からそう思ったのだけど、紫月先輩は心温かな眼差しを俺に向け、次にクスッと白い歯をこぼす。
「ありがとう......とはいえボクも思うことはある......なりたい自分を完全にぶっ潰して、今の有りのままの自分で生きていく......自分の『思い』に対して素直になることなんてないんだって」
いく粒の滴がハラハラと頬を伝う。
「だけど......ボクは......ボクは!」
ギュウッと目をつむり、思うままだけではいられない身を焦がすだけの現状にほぞを噛む。
俺はそんな先輩を見ていることが出来ずに、我知らずしぃちゃんから託されたペンダントを取り出すと強く握り締めていた。
巾着袋越しからでも暖かで心が安まる波動が俺を包み、一つの思想にたどり着く。
「先輩! 『レ研』では迷ったときこそ直感を信じて行動してみるって有りでしたよね? 都ちゃんの家に行ったら是非とも試してみたいことがあるんです」
限りなく心優しい想念を手の中に感じながら言葉を発する。
紫月先輩は、そんな俺を赤くなってしまった目をパチクリさせて見ていたが、とてつもない何かが起きるかも知れない予感を覚えたのか身を奮わせ、力強く頷いた。




