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草食系男子ですが~高校卒業と同時にTSして女子高生にジョブチェンジしました!  作者: Ciga-R
第三部 部活動に参加しよう!

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桐原 紫月 心のありよう

 

 涙がはらはら頬を伝い流れることも気にせず都ちゃんは、ソファの向かい側に座る先輩と見詰めあう。


「白露......二年以上家から出ていない」


 ふっと息を止め


「自分の性......違う......とても悩んでる」


 ポツリと洩らす言葉一つひとつが俺たちの心を揺さぶる。


 紫月先輩の硬かった表情が少しづつ柔らかくなりテーブル越しに項垂れている都ちゃんの手を優しく握り締める。


「そうか......君の身内にもボクと同じ悩みを心の中に秘めている人がいるのだね」


 じっと目を合わせる二人。


「君がボクにみせる瞳に籠められた純粋なまでの真摯な想い......その理由を汲み取ることができたよ......ボクが生物学的性別では男であることに気が付いていたのだね」


 都ちゃんは、小さくこくんと頷く。


 先輩はそんな彼女と渚、俺を交互に敬畏の眼差しで眺め見る。


「いやはや大した人材が揃ったものだ......ボクの限界状況、包括者に出会うだけでは乗り越えられなかった壁......実在的交わりを経ていよいよ歯車は動き出す」


 最後は詞を朗読するかのように唱え紡ぐ


「君の大事な人に......ボクが会することは叶うのかな......可能ならば一度逢いたいと思う」


 都ちゃんを、どうだろうと質実に見入る先輩にこくりと首肯する。


 俺が今度の日曜日に家に訪問することを話すと、それならばと一緒に行くことで話がまとまった。


「先輩は、いつから自分の性を訝しく感じるようになったのですか」


 渚がやんわりと問い掛ける。


 その一途なまでの情感が伝わったのか、少し長くなるけどと前置きをして


「ボクの生まれた桐原の家というのは、由緒ある剣道道場を代々続けている名家のため、それは厳しく冴衣と育てられた......母がボクたちを産んだことにより世を去ってしまい、年の離れた兄さんが家から出ていったのも、父の生き甲斐がより一層ボクたち二人を鍛えることになってしまったのも致し方ない事由だと思う」


 そこで言葉を止めると、しばし過去を振り返るように目を閉じた。


「最初に違和感を覚えたのは、小学校三年生の頃だったかな......ボクたちは明け方から寝るまで、ずうっと剣道の修練をしていたから学校行くのも二人とも胴着のままで、周りも道場の子だからと特に気にしていなかったし、本人たちもその事が自然すぎて気に留めることもなかったのだよ」


 まぶたを閉じたまま先輩は独白する。

 

「正装といえば剣道着だったのが、ある日ボクには男児用のシンプルなフォーマルスーツが、冴衣には女児用の煌びやかなドレスが渡された......ボクは一目見た瞬間そのドレスに魅せられ、双子で風体がそっくりな冴衣が、ドレスに全く興味も示さなかったこともあり、当時あまり深く考えずに入れ替わって着用したのさ」


 少し頬を染めながら静かに目を開く紫月先輩は判っていても、とても男の人とは思えない。


「末だかつてないトキメキを感じながら着替え終わり、鏡に映った自分を見た瞬間のことは、今でも鮮明に覚えているよ」


 そこに写る紛れもない女の子......真実の自分であると。


 聞き取れないほどの囁き


「まあ、そのあと父にバレてそれはそれは思い切り叱られたなのだけどね」


 てへっとハニカミを浮かべ照れ笑いする。


「それからも隠れて冴衣の服を借りてたりしてたんだけど、中学に入って詰襟の学ランを着るようになると......もうダメだなっと」


 アハハっと笑うも苦い表情が顔いっぱいに広がっていた。


「体育の時も男子と一緒に着替えたり、何かと男女別に行動する、そのことがどうしても苦痛でね。でもボクは男なんだからと自分に言い聞かせて......周りからは剣道やっているのになよなよしてるし、何時も女の子と仲良くしている軟弱な奴と蔑まされていたかな」


 楓歌先生は、先輩の事情には詳しいのだろう、タイミングをみて紅茶入れ直すわねと席を立った。


 俺たちは先輩がひとり語るのを口だしせずに聞いていた。


「ボクには中学の時、二人の親友と言うべき男女がいたんだ」


 再び目を閉じると話しの続きを始める。


「一人は明るく朗らかな女の子で男子から爪弾きにされていたボクに、何かと気さくに接してくれていた。そしてもう一人の男の子は......」


 そこで心苦しげに言葉を止める。


 それを見た都ちゃんがふんわりと先輩の手を握り


「先輩......苦しい?......私たちが付いてる」


 その一言に気持ちがずいぶん軽くなったのか


「そう知的で常に穏やかな彼は女子からも人気があり、そんな彼がボクみたいな者の何処が気に入ったのか、何時も一緒に居てくれた」


 俺は先輩の独白に自分と孝の関係をついつい重ねて話に引き込まれていく。


「想いはどうしようもなくボクの中で際立って膨らんでいき、彼を好きになる気持ちを抑えることなど出来なかった......中学三年の時、これ以上は我慢の限界と感じたボクは、それでも本人には言えずに親友と思っていた女の子に、気持ちを打ち明けてみたのさ」


 その時の女の子が見せた面差しをボクは一生忘れられないだろう。


 聞き取れないほど小さく呟く。


「後から考えるとその子は、きっとボクのことを好いてくれていたのだと思う......精神的にも未成熟で確固たる自分というものを持たない世代に、ボクの告白はあまりにも荷が重かったのだろう......錯乱してしまった彼女は、その事を仲のよかった友達に話し、瞬く間に誰もが知ることとなった、そうしてしまったのは配慮の足りなかったボクの過ち」


 紅茶を継ぎ足してくれた楓歌先生が紫月先輩の後ろに立ち、愛情を込めて肩にしっとりと手を置く。


「以来、それは針のムシロのような生活をおくったものだよ......冴衣にも迷惑掛けて、彼とも当たり前だけど疎遠になってしまった......でも外見は違うけど自分は女なんだ。これでも女性なんだという思いだけは日に日に強くなって......その気持ちを変えることなどとてもじゃないけど出来なかった」


 強く激しく断言する。


 気持ちを落ち着けるのに少し間を空け、肩に置かれた先生の手に自分の手を重ね


「どうしても女であるという気持ちを抑えることが出来なかったボクは、当時兄と結婚してこの学校に勤めていた楓歌姉さんを訪れて相談にのってもらったんだ」


 清々しく瞳を開けると俺の方に向き直り


「そこで君のお母さん......一ノ宮理事長と出会えたことはボクにとっては、この上もない福運......偽りなく生きる、本当の姿を突き通すことをさし示してくれたよ」


 俺に向かって深々と頭を下げる。


「中学を卒業する前の晩、彼に近所の公園に来てくれと呼び出された......ボクはどれ程の罵詈雑言を浴びたとしても、彼を傷付けてしまったことを謝れるならと、それでも昂る慕情を押し留めることなどかなわず一目散に向かった」


 頬が上気していい募る先輩はとても美しく可愛く見える。


「駆け付けたボクに最初、彼は何も語らず背を向けていた......長い沈黙の時が過ぎ、いてもたってもいられなくなった頃、後ろを向いたまま唐突に言葉が掛けられたのさ 『紫月......成りたい自分に成って、俺のところに帰ってこい』 一言それだけ語ると結局一度もこちらを見ることなく去って行った......その背中が公園から見えなくなっても、ボクのまぶたにはずうっと映っていたよ」


 胸に手を当て甘やかな感情と万感の想いと共に語り終わる。


 その表情は世にも儚げで可憐さは、恋煩いしている乙女そのものだった。


 先輩が秘めた揺るぎないまでの信念、そして存在意義。


 しぃちゃんと出会ったことで先輩はこの学校に女性として入学することが叶い、そして不思議な縁で俺たちは巡りあった。


 自然と俺たち全員は手を重ね合わせる。


「じ、実は......」


 俺の口からはからずも自然と言葉が飛び出す。


 しかし先輩はその先を言わせずに


「いや......その事を話すのはまだ今じゃない......君と、君達ともっと共鳴を感じてから聞かせて欲しい」


 渚、都ちゃんがじぃっと俺に注意を向けている。


「陽菜乃、今は無理に話す必要ないよ。たとえ貴女が何者であっても私が陽菜乃を嫌いになることなんて......絶対にない」


 何があったとしても、これからますます好きになってしまうことは否定しないけどと照れ笑う。


「陽菜乃ちゃん......大好き」


 言葉少ないけど都ちゃんの心からの思いが胸を打つ。


「いつか、自分の存在理由が判る......そんな日が来たのなら、ありのままの姿を皆に知って欲しい」


 交わされる瞳には信頼と絆、これから起こるであろう数々のドラマに期待をふくらませていく。


「アハハー! 本当に素晴らしい面子が揃ったものだ......それでは頃合いよし! 『レゾンデードル研究室』の新たなる幕開けを、いざ始めるとしようか」


 室内は満たされた雰囲気の中、俺たちは紫月先輩の快活とした切り口上に歓声と拳をあげて応え、最初の一歩を踏み出した。



 

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