桐原 紫月と執事喫茶オーナー
紫月先輩は、落ち着いた動作で席に座ると重大な秘密を打ち明けるかのように、俺たちを静かに見渡した。
俺たちは、先輩の振る舞いやその雰囲気に圧倒される。
「ハハハッ レゾンデードル研究室って仰々しく名乗っているけれど、実は活動らしい特別なことは何にもしてないんだ」
ハハッと、もう一度高く笑うものの苦いものがその声に含まれていた。
「実際、ボクだけ......もう一人いるけど、彼女は自分の部活に忙しい身だから、名前だけの幽霊部員......といった内情なんだけど」
言葉が途切れ物寂しげに呟く。
「くっち先輩! 安心するっす! 自分たちが入ったからには、今日から『レ研』の未来は安泰でやんすよ!」
俺と都ちゃんは、どこまでもポジブルないおりんのその言葉を受け力強く頷く
「ありがとう......ボクの存在理由......君たち包括者を得たことにより状況はコンバートするはず」
紫月先輩は、もう一度俺たちを見渡して小さく頷き、隣に座る都ちゃんの口元に付いているパフェのクリームに気が付くと、やんわりした動作で指を使ってそのクリームをすくい、ペロッと美味しいそうに舌で舐め取りフフッと嬉しそうに笑った。
「せ、先輩......」
都ちゃんは、顔を赤らめ恥じらう、しかしその間も休むことなくSPパフェDXを、器用に切りくずし口に運ぶ。
「活動内容について......ボクたちの存在理由を考えてみるのも......一興」
レゾンデードル 存在理由あるいはそこに存在する意義。
紫月先輩は、あらぬ方向に目を向け独白するように言葉を紡ぐ。
「自分とは何か......この問いに対して君たちは、きっといくつもの答えを出せるだろうね。名前、学生であること、所属、周りの友達と比べても綺麗で可愛いといった外見的特徴、友達や頼れる仲間、自分を大事に思う家族がいるといった対人関係、ちょっとドジで泣き虫だけど、負けず嫌いの一面もあれば、大切な何かを大事に思う気持ち、といったような自己の様々な側面......答えを出すことは出来るだろう」
いったん言葉を止め瞑想するかのよう目を閉じる。
「――こうした自己の側面をいくら並べたところで、ここにいる自分というものは今もなおとして見えてこない......疑う余地もなく生きている自分自身というものがありながら......どうしてもその姿をとらえることができない」
それは周りの人との交わりのなかでの存在価値といったことですかと、俺たちはおずおずと尋ねた。
「存在価値......そこには自身の有能さを品定めてくれる自分以外の存在がどうしても不可欠......故に自己の強い意志によりユニークとして成立する存在理由とは全くの別物......ここにこうしてある執事喫茶『Existentielle』その名前の意味は『価値』......人々は何かしらの価値を求めて、ここを訪れ対価としてそれ相応の消費を行う......ボクたちはそのサティスファクションとして、『御もて成し』という名のサービスを誠心誠意心を込め行う......人のために何かを行い、喜ぶ人がいる、その事実が今のボクを形づくる」
俺たちは、先輩の呟くような独白の意味が半分も理解できずに黙って聴いていた。
話しが途中だったが閉じていた目を開くと、何かを思い出したように目を輝かせる。
「おおっと! そうだ! サービスで思い出した。 ここ、執事喫茶なんだけど何故か......メイド服が常設されているんだ......よければ君たち着てみるかい」
なにその急激なオファー、さらに満面の笑みで
「フフフッ ここのオーナーの趣味なんだけれども......執事たちと記念撮影できるサービスなんだ」
「いいですね、わたし一回メイドコスプレしてみたかったんです」
いおりんは、電光石火の速さで渚に変幻する。
いーちゃんもコスプレするよりも紫月先輩の執事姿を見たいのだろう、激しくうんうん頷いている。
「ハハハッ! それじゃ決まりだね......オーナー連れてくるから、それまでにパフェ食べといてくれるかな......話しの続きは、また放課後のクラブ活動でもしようか」
去り際にもう一度、愉しげに振り返り
「ここのオーナー、実のところボク以上に変わり者だから......お楽しみに」
俺たちは顔を見合せる。
あの紫月先輩の上をいく変わり者。
店をよく見渡せば派手すぎず、しかし一つひとつが手間ひま掛けて作られたであろうアンティークな椅子やテーブルなどの調度品の数々、奥には重厚な大理石で作られたカウンター席が見える。
この店を開店させて軌道にのせ、店の雰囲気からきっと成功していると思われる。
そんな経営者の人柄だからなのか、先輩から全幅の信頼感らしき物言いが感じられた。
いったいどんな人なんだろう。
しばらくして、なにかフラフラしながら引き摺られるようにして連れて来られる妙齢の女性、今いいとかなんだから邪魔しないで! なんて声も聞こえてくる。
――しかも昼間からなんかすんごく酔っ払ってる?
その人は先輩の手を振りほどくと踵を返して元来た方に戻ろうとしたが、俺たちの姿が目に入ったのか、にわかに興味津々といった面持ちで、こちらに体を泳がしながら近付いてきた。
「ハオー♪ お嬢様方......本日はご機嫌麗しゅうございますか」
俺の正面にいるせいか漂うアルコールの匂いもさることながら、薄くしか化粧していない整った顔の目の下に隈を作り、おちゃらけた敬礼をしながら優雅な挨拶をしてくる。
なんだろう......初めて会うはずなのに、この堪らないまでの既視感。
背を向けて座っていた都ちゃんがぴくりと反応すると正面に向き直り
「パフェ......とても美味しい」
ペコリと頭を下げる。
「いえ、いえ、どういたしまして♪ ......ってか!デカッ!!!」
頭を下げたことにより前屈みになった都ちゃんをマジマジと凝視する。
「宮女の制服でそのボリュームありえんって!」
ひたすら注視して、その目の下の隈に気付くと近より、都ちゃんの匂いをクンクンと嗅ぎだした。
「なぜか貴女から同族の匂いがする......そんな気が激しくする!」
そしてハッと思い出したかのよう俺たちを一通り見渡し
「あっそうだ、皆さん初めまして、わたしはこの店のオーナーしてる名前は松田 梨花、まさか紫月にこんなに沢山のしかもすこぶる可愛いらしい後輩が出来るとは......こいつは見た通り特大の変わり者だけど、たぶん悪いやつではないと思うし、友達少ない......というかいない? あー言葉の綾、とりあえずは仲良くしてあげてね♪」
貴女に特大の変わり者って言われてもねー と紫月先輩も苦笑する。
俺は先ほどからのデジャブ感がますます強くなる
『松田 梨花......まつだりか......まさかのmattarikaオーナー?』
「えっ?! も、もしかしてTCGのギルドマスター『まったり堂』のオーナーっスか?!」
席から立ち上がり驚愕の声を上げてしまう。
「リアル初めまして! いつも何から何までお世話になっておりまっス!」
俺をポカンとした顔で見る三人と仰天とした表情を浮かべる二人。
あっ......やってしまったかもしれない。考えてみたら俺が『The Course of Gate』という名のMMORPG ネットゲームをプレイしていることは、同じゲームをしていると思われる都ちゃんにすら、まだ話してなかったような。
驚愕した表情を浮かべ、しげしげと俺を見つめる梨花オーナーと都ちゃん。
「えっ?! もしかして、もしかするとSyuri?」
がっ! ここでその名を出す?
――まあ、該当者候補としてたぶんに出るよね。
そして俺は、今日ここに心々菜ちゃんがいなかったことを八百万の神々に一意専心感謝した。
「陽菜乃ちゃん......えっ? タコ弐号?」
そうなのです。懲りずに語尾にスッスつけて陽一とチャットをひたすら打っていたばっかりに、気が付けばいつの間にかギルメンからタコ弐号なる不名誉な異名を与えられてしまった......。
「えっ? タコ弐号知ってるって......貴女なにもの?」
都ちゃんは、立ち上がると梨花オーナーに深々と頭を下げ
「リアル......初めて」
「いつも......感謝」
「黒野......都.....Miyakoです」
執事喫茶のオーナーは言葉を飲み込み、俺と都ちゃんを目を大きく開けて交互にじぃと見つめ続けていた。




