俺って誰?
「陽一! どういったことか、きちんと説明してくれる?」
菜々子は激怒している。
そうはいえども俺も、もう一人の俺もどうしてこうなったのか、さっぱり解らないから説明のしようがないのだけど
「ゴ、ゴメンなさい......」
俺は訳もわからずに謝ることしか出来なかった。
ガクガク震え、思わず両手で身体を抱き締める。
そんな俺に菜々子は、いつの間にか手に持ったティッシュを綺麗に四折りにして渡してくれる。
そして近くにあった毛布で俺の体を覆うように掛けてくれた。
俺の頭をそれは優しく撫でながら
「そんなに怯えないで、もう大丈夫だから」
「!」
そうか、陽一って呼ばれて思わず反応したけど、たぶん俺ってどう見ても陽一とは思えぬ容姿になっているのだろう
「陽一! まさかと思うけどこの娘、あんたが殴ったんじゃないわよね......」
菜々子は、今まで俺に見せていた慈愛に満ちた視線から一転して、十年探し求めた親の仇を見るかのような凍てつく視線を陽一に投げ掛けた。
いやマジでその視線は、餓えた虎さえも逃げ出すかもしれない迫力があり、間違いなく生命の危機を感じられるレベル。
「しかも裸......何も着てないってどういうことかしら」
陽一は、あわわ言いながらまったく状況が飲み込めていない。
まぁそりゃそうだ。
二日酔いで目が覚めたら、見ず知らずの髪の長い何者かが真上から覗き込んでいたから逃げ出しただけで、実際のところ妹が何を言ってるのかも理解してないだろう。
自分のことだからよくわかるよ。
「あ、あのこれは俺が勝手に転んで受け身取れなかったんで」
とりあえず毛布を被ったことで、少し落ち着いた俺がファローを入れた。
そんな俺を菜々子は、ちょっと不審そうに見る。
「オレっ? というかあなた......どなた? 鼻血だしているし裸だし......陽一に拉致されたとかいうわけじゃないのよね?」
「!?」
こいつ、実の兄を犯罪者扱いするつもり!?
俺がそんなことするはずもない好青年だって16年一緒に暮らしてたら判ってるだろうに。
「まぁそんな大それたこと出来る奴じゃないんだけどね」
ちょっとカチンとくる言い方だが、どうやら判ってくれたみたいだ。
「――どういった状況か教えてくれる?」
それまで黙っていた舞花母さんも
「――よかったら名前も教えてくれるかしら」
犯罪的な状況ではないと理解したのか、好奇心いっぱいの表情で聞いてきた。
「名前は......陽一」
ここはもう正直に答えるしかない。
「「 !? 」」
「名前は、椎木 陽一!!」
春の朝早い、まだ温もりを感じない部屋の中に、俺の叫びが響き渡った。