演劇部公開審査「開幕!」
俺たちは、遅れてはならずと心々菜ちゃんに声援や励ましの言葉を投げ掛けるクラスメートに手を振りながら、体育館に開始15分前には到着できるよう急いで教室を飛び出した。
体育館の中は、まだ新しい制服が初々しい一年生や趣味のいい着こなしの上級生が、これから行われるイベントを楽しみに賑やかな雰囲気で集結しつつあった。
「今日、なんか水着審査とかあるらしいよ」
「なんで入部するのに水着審査なんてするの?」
「なんでだろうね......度胸とかの確認?」
「えー やっぱり白河さまと同じ舞台に立つには、水着なんてどおってことのないぐらいの平常心が必要ってことなのかな」
「かなっ?」
そこかしこで似たような会話が聞こえる。
......すみません ただ単に、元妹の趣味の領域な気がします。
体育館には演劇部公開入部、そして伝説の二人をひとめ見ようと、すでに200名近くが集まり、女の子特有の甘い匂いが体育館を満たし、学年ごとの色とりどりの制服が華やかに辺り一帯をうめていく。
心々菜ちゃんは、そんな雰囲気にも表面からは、さして緊張した感じには見えず粛々と始まりを待っていた。
「あっ? はあ......んっ」
甘い花の香りが漂うと無防備な背中をツツツッと撫で上げられ思わず声がもれてしまった。
「やあ! 愛しい人、元気してるかなー アハハ! ボクは今日もすこぶる快調だけどね」
そこには『レゾンデートル研究室』紫月室長が、切れ長のクールな瞳をきらめかせ、愉しげな表情を浮かべ、にこやかに佇んでいた。
「――紫月先輩 こんにちはです...それと毎回、ツツツッて止めてもらえます?」
心底キョトンとし
「なんでかな......コミュニケーションツールとしては最快適なんだけれども」
あっけらかんと言い放ち、正面から俺を見て、あれ?って顔をする。
「ひゃーいん?!」
「くっち先輩、ハオー! これは紛い物ですからお気になさらずっす!」
いおりんは、背後からワイヤー&パットの力により、こんもり盛り上がった俺の胸を、わさわさと揉みしだく。
「オラオラ! 揉んでやんすよ! どないっす!」
「もう...勘弁してください」
顔が真っ赤になり力なく呟くしかできない。
周りに女の子しかいないって、実は恐ろしいことなのかしら......。
「アハハー! やっぱり君たち最高!」
それまでセクハラに珍しく参加していなかった、いーちゃんが、ためらいを含めながら
「桐原先輩? 冴衣先輩ではないですよね......」
言われた瞬間、紫月先輩が剣呑な気配を醸し出す。
「――冴衣とボクは、君が思うほどそんなに似ているかな?」
冷ややかな眼差しでいーちゃんを軽くにらむ。
「はうう!その咎めるような視線、きりりっとした表情、苺伽......逝き......ま......す」
まさかそんな返しがくるとは流石の紫月先輩も予想外だったのだろう、剣呑な気配が霧散し、あんぐりと開いた口がふさがらない。
「ハハハ......今年の一年生は半端ないね。ボクは紫月、アイツは......一卵性双生児の妹さ......」
その事実がとても罪深いことであるかのようにボソッりとこぼす。
「先輩......苦しそう」
都ちゃんの囁くような声に、先輩は驚き目を見張る。
「――君はボク以上に本質を見極める......君たちと出逢えたことで、ボクは成りたい自分に成れる自由を手に入れる......そう意思の力が存在を......きっと改新する」
最後はわずかに聞き取れるほどの自問の呟き。
「初めまして、神林 心々菜といいます」
それまで俺たちのやり取りを黙って聞いていた心々菜ちゃんが、先輩に挨拶する。
「――初めまして、片翼の演じ手さん 『レ研』の紫月です」
興味がかき立てられ、高い関心を示すかのよう、じぃと心々菜ちゃんに視線を止める。
「――本当に興味が尽きない面子だね......カテゴライズなんて無粋なことはしないけど......極めて面白い」
とても満足気に頷く
「そろそろ幕が開ける......君たち、ではまた明日 演じ手のこれからの活躍を期待しているよ」
心々菜ちゃんの演劇部入りが最初から決まりきっていて何も問題がないといった様子で、俺たちに一つ手を挙げ、紫色の花の芳香を残し人混みのなかに消えていく。
まさに去って行ったタイミングで、マイクを持った三年生の演劇部員が舞台上に立ち
「皆さま大変お待たせしました! これより、今年度の演劇部入部審査を行います。入部希望者は舞台上に集まって下さい。水着審査時の付き添いの方は、あわせて舞台袖で待機をお願いします」
楽しいイベントの始まりに盛大な拍手が体育館に鳴りひびく。
俺たちは素早く心々菜ちゃんを中心に円陣を組み手を重ね、彼女の気持ちが落ち着くよう言葉を紡ぐ。
――シフト『The ココナッツ大作戦』なんのことはない、リラックスして平常心で受けてもらうための事前準備。でも心を落ち着けること、今はそれが一番重要だ。
舞台上には、演劇部に入部しようと新入生だけでなく、二年、三年生も結構な数の生徒が集合する。
水着審査の付き添いもかなりの人数で、俺はその規模にしばし言葉を忘れて眺める。
先ほどの演劇部員が再びマイクを持ち
「多数の応募ありがとうございます。ただしこの中で白河 聖のみ目当ての方が居る場合は、誠に申し訳ありませんが今すぐ舞台上から退出して下さい。純粋に演劇を楽しみたい、これから演劇に対して力を注ぎたい、切磋琢磨していきたいと思う方だけ残って下さい」
俺の周りで何名かが決まり悪そうにもじもじしている。少し向こうでは、どうするのあの子?なんて声もちらほら聞こえる。
しばしの間が空くが誰も舞台から立ち去ることがなかったため、マイクを片手に人数を数え
「――本日、67名もの応募かさね重ねありがとうございます。ですけどさすがに全員が入部するには多すぎますので、ただ今より選抜テストを行います。皆さんよろしいでしょうか?」
舞台上では緊張に身をすくませたり、やっぱり先ほど辞退するべきだったと白河先輩目当ての女の子達がいたが、時すでに幕は開け、あらかじめ暗幕で覆われた体育館の天井灯が消されていく。
全ての照明が消え、体育館は薄暗闇に閉ざされる。
入口から微かにもれる日の光り以外の明かりがなくなった体育館、そのタイミングでスピーカーから明朗な声が流れた。
「それでは、ただ今より今年度の演劇部入部審査を執り行います! 皆さま方、舞台上に注目をお願い致します!」
全ての生徒、先生たちが舞台上を注目する。
いつの間にか現れた二人の人物にスポットライトが浴びせられ、目映い光りが豪華絢爛な衣装を身に付けた二人をクローズアップする。
こうして幕は切って落とされた。




