扉の向こう側
部屋の前から俺を呼ぶ声が聞こえる。
「陽一、何か叫んでいたけど悪い夢でも見たの?」
ちょっとおっとりした問い掛けをしてきたのは舞花母さん、名前負けせずとても若々しく今でも俺の妹の菜々子とは姉妹と間違えられることもある......と言っておこう。
旧財閥の令嬢だったのに、父さんと駆け落ちして一緒になったというドラマみたいな逸話の持ち主。
見た目はおっとりしているけど極めて芯はしっかりした人だ。
「陽一......どうした?」
投げ遣りな問い掛けをしてきたのは、この春から高校二年生になる妹の菜々子。
孝が言うには男を拒絶する冷徹な美貌と風格のある佇まいに、声を掛けることを躊躇う雰囲気の持ち主らしい。
イケメンの孝が言うほどなのだから、レベルは相当なものなのだろう。
スラリとしたモデルを彷彿させる容姿で美人過ぎるところもあって男子より女子、とくに後輩の女の子に好かれるタイプだ。
俺がどちらかといえば母さんに似たのに対し菜々子は父さん似、そしてとても男前な性格、といっても大雑把とかじゃなく行動が颯爽としていて凛としているってやつ?
サバサバした性格で兄に向かってため口呼び捨て当たり前、まあ別に気にしてはいないけど......俺とはどうせ正反対な生き方してるしね。
――ここに至って呑気に家族を紹介してる場面じゃないことに今さらながら考えが及ぶ。
俺が二人......しかも現在の俺の状況がさっぱり解らない。
今ここにいる俺は、髪はもの凄く長くなってるみたいだし、おまけに全裸だ。そして顔はといえばこの部屋には鏡がないから詳しくは判らないけど鼻血は垂れ流してるは、涙で目も充血してるはず。
イメージするならば......夜道で出会ってしまったならば誰もが悲鳴を上げて逃げ惑う、オカルトぽいものなのか!?
こんな姿見られたら、通報されちゃうよな。
何処か隠れるところ......。
「陽一! 入るよ!」
隠れるところを探して右往左往してる間に、無情にも扉は開け放たれ菜々子、母さんの順に部屋に入ってきてしまう。
「!!」
勢いよく入ってきた菜々子と正面から視線が絡み合い、二人して動きを止めまじまじと見つめ合ってしまった。
菜々子の顔が驚愕に歪む。
菜々子がこんな表情するの初めて見たかも知れない。
子供の頃からあんまり感情を表に出さない、いつも泰然としてる大人びた子だったから、図らずもびっくりしてしまった。
そんなことを考えていたら、急に菜々子の顔から感情が一切消え恐ろしいまでの殺気を放出、そして一喝した。
「よ、陽一!!!」
ビクッと俺は感電したかのように跳ね上がる。
いやいや、我が妹ながらマジぱないんすがっ!
「ゴ、ゴメンなさい......」
俺はガタガタ震えながら思わず頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
そういえば春とはいえまだまだ寒い日で、そして俺は何も着ていない真っ裸だったのを今更ながら思い出した。