昼休みのひととき
入学二日目、昼休み前に一年三組の学級委員を決めようと水嶋教諭は教壇に立ち『委員長一名』『副委員長二名』と黒板に書き留める。
「委員長は、私の補助的なことを手伝ってもらいます。副委員は保健委員、図書委員を兼ねますね。体育祭や学園祭の時は別途委員を選出します。それでは立候補する人いますか」
教室の中を順番に見渡していく。
俺はスキル『The空気』を発動、じぃと下を向いて存在を隠匿する。もちろんここにいる一年三組の生徒ほぼ全員が発動させている。
「うーん、誰もいないのかな......庵さんどうやってみる?」
いおりんのことだから真正面から先生の視線を堂々と受け止めていた数少ない一人だったのだろう。でも見た目委員長はフェイクで実際は奇術大好き少女、委員長なんて大役をきっと受けないよね。
いおりんは少し考える素振りをした後
「別にしてもいいですよ」
予想に反して肯定した。
「ただし、副を一ノ宮さんと神林さんがしてくれたらですけど」
さすがに先生には、すっす言わないのね。
って! 何故そこで俺と神林さんを巻き込むの!
神林さんはこちらに向き、きっぱりと頷く。
にっこりと微笑む彼女を見て、片翼の俺にはそれで意思は伝わった。
「一ノ宮と神林、副委員受けます」
自分に自信を持つことが大切だ。少しは皆に認めてもられるよう努力しようと受けることを決める。
「三人がしてくれたら助かるかな。それでは宜しくお願いしますね」
水嶋先生はあっさりと決まり、逆に拍子抜けしたのか
「それじゃ、就任の挨拶よろしく。庵さんはその後引き続いて進行をお願いするわね」
副委員からまずは挨拶することとなり、俺は教壇に立ちクラスを見渡す。
「一ノ宮です。不慣れでドジなところ多々ありますが、これから一年間精一杯がんばります!」
なんとか噛まずに言い切ることが出来た。俺みたいなタイプは、こういうのって変に長く喋らず早めに切るのがいいんだよね。
皆が、陽菜乃ちゃんについていくよ! 頑張れ! 励ましてくれる。
有馬さんが、アノ日は一緒に保健室で添え寝するのが保健委員の務めよ!なんて真顔で言うものだから皆は笑うし、俺は顔が紅潮しちゃったじゃないですか。
神林さんが挨拶を終えると俺たち二人に『貴女を癒し隊』なんてちょっと懐かしい感じのフレーズの称号が皆から贈られた。
どうやら俺たちを見ていると子猫や子犬がじゃれあっているかのような安らぎ感を得られることからのネーミングらしい......貴女を威圧し隊でなくてよかったです。
いおりんも挨拶して、三組で何か出来ることを決めることとなり、新委員長のいおりん主体のもと話し合いは進んでいく。
パソコンで出来るHPやブログを作ったり、花を活けようなどの話しも出たが、実際に誰がするかで途中で頓挫してしまい中々決定しない。
そんな時に有馬さんがメダカ飼いましょうかとおずおずと提案した。何故ここでメダカ?と思ったが意外と皆の受けは良く、話はトントン拍子で決まり水槽や下に敷く砂利、水草など誰が持ってくるかなどの細かい打ち合わせもさくさく進み、丁度チャイムが鳴る前に全て決めることが出来た。
「いおりん、お疲れ!」
俺は新委員長に笑みを浮かべて労う。
「のっちもすよ、三人でぼちぼち気長にやったいきましょか......あっ、よければ今から一緒にお昼食べまっす?」
そうここは運命の刻。
このお昼の初日は大事な大事なメインイベント、特に女の子初心者の俺にとっては是が非でも誰かと一緒に食べたいと切に思っていた。
いおりんの一言でホッと胸を撫で下ろす。
「陽菜乃ちゃん! 私も一緒していい?」
神林さんまで!その一言を受け俺は首が折れる程の勢いで頷く。
「あっ! あたし達も陽菜乃ちゃんと一緒に食べたいな」
赤坂さんと有馬さんまで......。
俺はうるうるした瞳を皆に向けた。
「いや本当になんすかね、この守ってお願い攻撃は魂八個は持っていかれるっすよ!」
それには皆が激しく首を縦に振っていた。
俺たちは二列目一番前席のラッキースターの二つ名、大川さんが仲の良い友達の所に出掛けていったので、四つの席を神林さん側に寄せることにした。
その際ポツリと黙ってお弁当を取り出している黒野さんに気が付く、積極的とは真逆にいる都ちゃんのことだから誰かに声掛けることなんて出来ないのだろう。
「よ、よかったら黒野さんも一緒に食べない? 席も近いことだし」
人に声掛けるのって勇気がいる、でも俺も副委員長になったんだから小さなことからステップアップしていこう。
都ちゃんは、最初きょとんとした表情をしていたが、俺が言ったことを理解するとポッと頬を染めて「ありが...とう」と呟いた。
六人で席を囲み、各人お弁当を取り出す。
赤坂さんと有馬さん以外、初めての顔合わせのためメンバーの間になんとも形容し難い空気がそこはかとなく流れる。
俺は、しぃちゃんが忙しい身なのに朝早く起きて作ってくれたお弁当を取り出す。学食やパンでいいと言ったのに、作りたいの、いや何がなんでも作るんだから!と無理して作ってくれた愛情一杯のお弁当だ。
皆もお弁当持参だったので、下手したら一人で学食行くことになっていたらと思うともう一度感謝しておく。
陽一の時は学食onlyだった俺は、お弁当のフタをドキドキしながら開けた。
――あまりの豪華さに目が眩む。有頭海老のフライにはお手製と思われるタルタルソース、甘辛く味付けされてるであろうアスパラを巻いた高級牛肉、程よく焦げ目が付いた卵焼き......etc。
極め付きはドライカレーにトッピングされた......
「うおおっ、なんすか! この豪華なおかず、そして極め付きのLove Love ひなのトッピング! 神業っす!」
俺のお弁当を覗き込み、いおりんが叫ぶ。
その声に他の席にいた子達も見に来て揃って歓声を上げる。
「すごいね陽菜乃ちゃんのお母さんが作ったの?」
神林さんの問いに、俺は頬を赤く染め
「マ、ママ忙しいのに無理して作ってくれたの」
いおりんのニヤニヤ笑いが極限まで歪むのが見てとれた。
「ふーん、ママっね......のっちはママっ娘でやんしたか」
それを聞いて赤坂さんが納得顔で頷く。
「あんなに素敵なママじゃ仕方ないよね」
ちょお!? 母の正体を明かすつもりなの......。
「おっ? はっちは、のっちママ知ってるんすか」
――彩帆だから、はっちとは中々斬新だ。赤坂さんも過去一度たりともそんな呼び方されたことはないはず、まさかここのメンバー全員その呼び名でいくつもりなんだろうか。
俺が現実逃避気味にそんな事を考えていると
「えっ!? 何言ってるの、陽菜乃ちゃんのママは入学式に挨拶していた一ノ宮理事長じゃない」
彩帆ちゃんが当然のように明言した。
エエエッ!?と皆が驚きの声をあげる。
「なんすか! あの超絶美人で才女全開の理事長の娘さん? ......ありえねーす!」
あり得ないよね、こんな不甲斐ない娘がいるとは思えないもん。
いつの間にかうつ向いて涙が自然と零れていた。
シーンとしてしまった教室に俺のすすり泣く声だけが物憂げに流れる。
そんな俺の頭をとても優しく愛しそうに撫でてくれる人がいた。
顔を上げると都ちゃんが慈しみを浮かべた微笑みで、柔らかな動作で撫でてくれている。
「大丈夫...自信持って」
「そうっすよ! ありえねーす言ったのは別にのっちが羨ましいだけで、なんでそこで泣くか......自分を悪者にする気すっか?」
「そうそう自慢のママに、大事な自慢の娘でしょ? じゃなかったらこんな豪華な愛情一杯のお弁当作れないよ」
赤坂さんもなんで泣くの?と不思議そうに聞く。
「陽菜乃ちゃんもっと自分に自信をつけないとね」
なんなら一緒に演劇部受ける?自信いっぱいついちゃうよと神林さんもお茶目に微笑む。
――いえ、演劇部とかないです。園芸部ならなんとなく入ってもいいかなとは思っていますです。
「皆ごめんね、急に泣いたりして、都ちゃんもありがとう」
俺が都ちゃんと言ったことが少し照れくさかったのか席に戻りながら「元気...良かった」と呟く。
「さあー 気を取り直して元気に、ご飯食べるすよ」
俺たちは、おぅーいぇー!と返事して食事を再開した。
皆とお弁当を食べながら他愛ない会話で盛り上がっていると、この雰囲気にすぐに馴染み、女の子になれたことが良かったような気がしてきた。
「ねぇ良かったら今日の帰り、皆で寄り道していかない?」
「いいすね! 女子会するすよ」
「いいね! 赤坂さん......委員長の許可出たし、行きますかー」
俺のその物言いに少し不満そうな顔をする赤坂さん、俺は菜々子に教示してもらった対女の子トークを間違えたんだろうか不安になってしまう。
「陽菜乃ちゃんって、ちょいかたいとこあるよね」
えっ、硬い?硬派ってこと......いやどう考えても対極にいる。
それとも固い?石頭ぽぃてことかな。
「私のことは、赤坂じゃなくいろはって呼んでね」
「い、いろは......ちゃん」
あー私もと有馬さん、神林さんも加わり俺たちは名前で呼び合うことになった。
笑いが絶えない五人、都ちゃんも声出して笑ったり、積極的に自分から話したりはしないが随分と楽しそうだ。
俺もさっきまで泣いていたのが、馬鹿らしくなるぐらいよく笑った。
「そうだ陽菜乃ちゃん、うちのママが一度、電話頂戴って云ってたから電話してくれる? あっ、そうだ! 私にも番号とラインアド教えて!」
彩帆ちゃんはスマホを取り出し、番号とラインアドの交換を行った。
もちろん、ここに居る六名全員と交換する。それを見ていた周りの子達も集まって来て、一気に交換会となった。
一段落した時、あか抜けて制服も小洒落な感じにまとめた三成さんが
「今年のこのクラス、途方もなくハイレベルな娘が揃ってるよね」
まあ私はその中には入ってませんけど、自虐的に呟くと俺たち六人を更に見渡し
「これなら、もしかしたらあの二人にも太刀打ち出来るかもよ......なんてね」
てへっと笑う。
しかしみんなは何言っちゃてんですかねーと乾いた笑いを浮かべるだけとなった。
「いーちゃん、自己紹介で伝説の二人って言ってたよね、世間知らずで申し訳ないんだけど詳しく教えてくれる?」
苺伽こと、いーちゃんに汎用スキル上目遣いを微発動して聞いてみる。このスキル有馬さんのような大人びて美人なお姉さん系にはことのほか有用だ。その破壊的効果は菜々子でさんざん実戦投入済み。
いーちゃんはハウウッとひとつ身悶える。
「ぜぃぜぃ、はぁはぁ......貴女はあたしをそんなにも姫女子化したいと仰るのか!」
いえ、一言もおっしゃていません、というか既に手遅れてる気がするのですが。
「ひ、一人はもちろん演劇部の白河様」
白河様と名前を出したところで、意識が遥か彼方に飛びたった気配がした。似てる、俺と精神構造が驚くほど似ている?
「ふ、二人目は......」
丁度ここで予鈴が鳴ってしまい、話は帰る時にでもしましょうと中途半端に終わってしまった。
※※※
暖かな春の優しい風に桜の花びらが舞う中、六人連れだって校舎から出た俺たちは、中庭にある噴水の周りでキャーとかキャッキャッ叫んでいる集団を見掛ける。
その中心にいるのは、噴水の方を向いているため正面から見ることが出来ないのが残念だが、頭の形が整っているからこそ映える綺麗なショートボブを噴水が巻き上げる水に、キラキラ光らせた真っ白なジャージを着た。
なんと形容すべきだろう。後ろ姿なのにそのたたずまいを見るだけで尋常でない気配を発している一人の生徒が自然体で立っているのが見えた。
ジャージなのに英国の王族が正装時に着るような式服に見えてしまうのは気のせいなのだろうか。
その横には、そんな悠々と佇む人物になんの構いもなく、気さくに話し掛ける一人の髪の長い生徒が連れだっていた。
何の気なしにその髪の長い生徒がこちらに振り返える。
「陽菜乃!!!」
心から嬉しそうに俺の名を呼ぶと脇目も振らず、とてつもない速さでこちらに駆け寄って来た。




