君を想わぬ時はない
孝は、茫然自失の体で俺をまじまじと見詰めている
。
口を大きく開けて、ぽかーんとした表情。
何だろう、未だかつて人前、しかも大勢の人が往き来する駅の構内でこんな間抜け面を晒したことがあっただろうか、いつもクールでニヒルなイケメンの孝が......俺は状況も判らないまま思わず、プププッと笑ってしまった。
「なになに、うちのお姫様があまりにも可愛い過ぎて、現実に還ってこれなくなった? 孝、いい加減に戻ってこおーい!」
菜々子の呼び掛けに、ようやく孝は正気に戻る。
「ああっ? ごめん、ごめん、初めまして......だよな? 俺は上原 孝、陽一とは小学校からのくされ縁」
もちろん知っている、いやよく知っている。だから孝のその物言いにも少し違和感を覚えた。
「あっ、こちらこそ初めまして、菜々子......お姉ちゃんの従姉妹の陽菜乃と云います」
俺は、無難に挨拶を返す、でもなんで孝がここに居るの。
「うーん最初、陽一に頼んだんだけどさ、あいつ俺には絶対に外せない用事があるっスとか言って部屋から出てこないのよ、なにがあるっスだよ、あいつは酢の国産まれのタコ星人か!」
まあキャンペーン期間中だしね、ただの従姉妹の女の子より優先度高いでしょうよ、俺なんて何日もまともにIN出来てないちゅうのに......大体あいつ、小さかった時は陽菜乃は俺が守る! とか大見得きってなかったっけ?
あいつのことだから今頃、オーナー達と新街の難解クエストでも行ってるんだろうけど......うひょ、俺また出遅れてるよ。
でもまあ陽一、俺の代わりにホーリープリンセス使ってくれてるから、かなりLvは上がってるかな。
いやいやいや、そんなことより気にせずスッス、スッス言って今じゃ、皆から姫様(憧憬込み)からタコ弐号(残念な子)って扱いになってしまってないだろうな、なっちゃてる可能性高いよな。
「はいはい! そこ、すぐ遠くに逝かない!」
「もう陽菜乃すぐぽぉーとして別の世界に行き過ぎだよ!」
パンパンと手を叩き、俺を現実世界に引き戻す。
「陽一とそっくりだな」
ボソッと孝が呟く。
俺は、頬が赤くなるのを抑えることが出来ず、うつ向き
「えっと孝......さん、今日はどういった用件で?」
危うく孝を呼び捨てしてしまうところだった。
菜々子はニヤリと笑う。
「今日は、ぽっちじゃまともにリアルクエストに出発できないであろう、お姫様のために素敵な騎士を用意しました♪」
一人盛り上がりパチパチパチっと手を叩く。
えっ!? どういうことよ!
「実は私もしぃちゃんも、田舎からぽっと出て来た陽菜乃を、一人きりで都会の人混みに放り込むのが心配でさー、迷子にでもなって不安なところを、親切なふりした悪いおっちゃんにでも、ほいほい付いて行って売り飛ばされないかと思うと」
そこでヨヨヨッと泣くふりをする。
というか、俺何歳なの? それじゃ今時の小学生の女の子より自己防衛力弱くなくない?
「そこで、ここにいる孝ナイトの出番! 彼はなんと! 並みいる奴らを一刀両断に切り刻む、あのなんたら聖拳を一子相伝した継承者なんだよ!」
奴らってなに? なんたら聖拳ってなんですか? その前になんと! とか言ってなくない?
しかも細かいところを指摘したら色々間違ってそうだし......まあ孝が空手の有段者なのは知っているけどね。
イケメンで空手の有段者、そしてタカシという名......俺、髪の毛触角みたくツンツンにしたら、なんかヤバいフラッグ引いちゃうかも......。
※※※
菜々子は、向かいのホームから大きく手を振り、ちょうど入ってきた電車に乗ると逆側の扉にダッシュし、窓から名残惜しげに再度大きく手を振ってくる。
俺も大きく手を振ったが、電車は動き出し菜々子の姿もすぐに見えなくなってしまった。
菜々子の姿が見えなくなると、俺は急に不安な気持ちとなりホームに一緒に並んでいる孝を横から見上げてしまう。
陽一だった時も、中学二年頃からずっと見上げなければならなかったのだが、今は最後に会った時よりもっと見上げる必要があった。
俺これじゃ身長、男だった時より更に10cmは低くなってるよな。
俺は自分が考えてるより、じぃと孝を見入っていたようだ。
視線を感じたのか
「うん? どうした」
少し照れながら、ぶっきらぼうに返してくる。
返答に困っていると、ちょうど電車がホームに入って来てくれて俺はそそくさと乗り込む。
俺の本当の正体は陽一、厳密には違うけど記憶は陽一そのものだと、ばれないように取り繕っていたためか、車中も駅に着いて店に向かう間もなんだか始終ぎこちなく、たいして会話も弾まないうちに目指す美容院に到着してしまった。
ここで孝が一緒に連れだって店のなかに入ってくれるとは思わなかった。
「あら、いらっしゃ......ってありえんしょ」
美容院の人は俺を見ると途中で言葉を飲み込む。
しかしそこは対人専門のプロフェッショナル、すぐに俺に謝り予約の有無を確認してきた。
俺がしぃちゃんの名前を出すと、その女の人は突然俺をハグしだしたものだから驚いてしまった。
「貴女が陽菜乃ちゃんなのね......静華から話しは聞いていたわ」
如何にも出来る女の雰囲気を醸し出す彼女は、しぃちゃんとは同じ大学で知り合ってからの友だちとのことで、俺の事情にも詳しかった。
ただその内容は難しい病気治療のため田舎でずっと入院していたことになっていたけど。
「突然ごめんなさいね、つい嬉しかったもので......電話してきた静華のあんな華やいだ声聞いたの久し振りだったから......病気はもう完治したのよね?」
それを聞くと俺は本当のことを隠している罪悪感に、何も言えなくなり、下を向いて小さくハイと呟いた。
「あっ、そんなに固くならないで、今日はこれはまた素敵な彼氏も一緒に来てくれているわね......あの子が陽一くん?」
俺はバタパタ手を振り
「よ、陽一と違います! 彼氏でもないのです! き、今日は護衛でついて来てもらってますです」
なんだよ護衛って、顔から火の出そうな勢いで捲し立てる俺に、フフッと嬉しそうに笑う。
「それじゃ今日は、あそこの彼が恋の病に囚われるような、可愛く美しい素敵なお姫さまに変身しちゃいましょうか!」
そこでハタッと気がついたのか
「あっ、申し遅れてしまいましたね......私はこのサロン『Diapason』のチーフスタイリストを任されている赤坂 夏江、今後、陽菜乃ちゃんの担当させてもらうわね」
チーフなんて肩書きあるけど旦那はここのオーナーなんだ、チロリと舌を出して歳を感じさせない可愛さで自己紹介をした。
※※※
化けた、見事に変わった。
菜々子と話し合った髪形から更に独自なアレンジが加わったため鏡に映りだされた女の子は、俺が今まで一度たりとも遭遇したこともないようなハイポテンシャルのどこのお嬢様だよ! おい! 思わずツッコミが入るほどの出来映えとなっていた。
孝も可哀想にポカンと間抜け面を晒している。
サロン内の雰囲気も一気に盛り上がり、他のスタイリストの人も興奮を隠せず
「チーフ! やっちゃいましたね! こりゃ今までの中でも会心の出来すよ! HPにUpするきゃないしょ!!」
「うーん、そこは静華とも相談しなきゃだけど、陽菜乃ちゃん、とりあえず写真撮ってもよい?」
俺は思考回路が麻痺してしまっていたため、はぃと気の抜けた返事をし、いわれるままにデジカメに向かってポーズをきめる。
一通り撮って満足したのか、夏江さんが俺にスマホを貸してと言うので何も考えずに渡す。
「それじゃ、せっかくだから彼氏とのツーショットも撮っちゃいましょか!」
えっ? き、聞いてませんけど! 急にそんなこと言われて孝も迷惑だろ!?
――のそりと孝が俺に近付いてくる。
あれ? 普段の孝からは想像出来ないぐらいの意気込みを感じる?
「なんか二人とも初々しくっていいわね!」
いつの間にかサロン内は、皆が興味津々といった様子で俺たちの一挙一動に注目している。
紅潮した顔の二人
「なんか、固い、固すぎ! 彼、陽菜乃ちゃんの肩に手を置く!」
びくっとしながら、孝の手がおずおずと後ろから俺の肩に触れる。
「うひょーおおお!?」
俺は、これ以上ないぐらいにびっくりして、思わず後ろにいる孝を見上げていた。
そのタイミングを逃がすことなく、スマホとデジカメのシャッターが同時に押される音が小さくサロン内に響き渡った。
「おおっ! きたかもこれ! 奇跡の一枚に近いぐらいの会心の出来よ!」
「オレも撮っちゃいましたよ! キタコレ!」
ハイタッチして、我がことのように喜ぶお洒落なスタイリスト二人、本当にノリ良いよね。
俺たちがサロンの外に出るまで、忙しいだろうに手を振って見送ってくれた。
休憩をとるためファーストフード店に入った俺たちは、ここでもなんじゃこいつら! リア充美男美女カップル爆発しろ的な視線を浴びてしまう。
いつの間にか、街は夕焼けに染まり、道行く人々も早足で家路に向かう。
そろそろ帰ろうかという話になり、俺たちは駅を目指してゆっくりと歩く。
何だろう......大した話もしてないのに、孝が側にいるだけで俺は満ち足りた気持ちになってくる。
電車が駅に到着して人混みの中、ホームから改札に向かうため階段を降りてる時も孝の横顔を見上げて、とりとめのない会話に夢中になっている......気がつけばいつものように自然と話しが弾んでいた。
「キャアアアー!?」
俺は悲鳴を上げつつ、階段を踏み外してしまう。
あっ、と思った時には、孝がしなやかで流れるような身のこなしで俺を抱き止め、転がり落ちるのを防いでくれていた。
「あ、ありがとう」
顔が上気し、鼓動が早くなる。
孝は、ふっと優しく微笑む。
「姫を守るのが、騎士の務めですから」
お、お、お前、素でそんな気障なセリフ言うか、よけいに心臓がバクバク爆音たてるじゃないですか。
俺は、動揺を隠せずに、ぎこちない動きでヨタヨタ階段を降りる。
「アッ!?」
再び俺が転落するんじゃないかと心配したのか、孝は手を差し出すと俺の右の肘を軽く掴み支えてくれた。
改札口を出てから、マンション近くまで送ると言われ、俺たちはまた並んで歩き出す。
――何故か孝の細くしなやかな左手指と俺の右手の指何本かが、軽く絡み合うよう繋がっている。
これって俗に言うところの、恋人つなぎってやつだよな......。
ど、ど、どうしてこうなった!?
気持ちがふわりと浮遊しているのか、文字通り地に足がついているのかあやふやだ。
孝が先ほどから何か話し掛けてきているが、一向に頭に入ってきやしない。
「そういえば、陽一、俺ともう口聞かない! ってあの晩言わなかったけ?」
そんな些細なこと覚えていたんだ。
「――あれは、お前が俺をすぐ女の子扱いするからだろ!」
「だって陽一からかうと面白いし、可愛いから」
白い歯をキラリと光らせながらニヤリと笑う。
「お、お前がそんなことばっかり言うから、俺たち誤解されるんじゃないか!」
「うん? そんなことあったけ」
「ーーお前さ......俺が何回女の子の仲介したか覚えてるん? 三回だぞっ三回、それをけんもほろろに容赦なく興味ないと断言してくれるから、俺があれからどれだけあの美人の上級生に意地悪されたか」
孝に己の罪深さを懺悔させるまたとないチャンスと、指を三本立てようとして、俺はすっかり忘れていた右指に絡み付く存在を意識する。
――あれ、俺なんで孝と手なんて繋いでるんだっけ......。
「あああっ!?」
「やっぱり、思った通り陽一だったんだ」
孝は、全ての謎がこれで解けた! 俺には全て最初からお見通しだったんだよ、ふふんっとこぼれんばかりの笑みを浮かべる。
「だ、騙したな!」
真っ赤になりながら言い寄る。
「うん? 騙すとは人聞きの悪いことを、普通に会話してただけじゃないか」
う、確かにそりゃそうだけど......。
「あははっ、陽一はやっぱり、こうじゃないと」
涙を流しながら、孝は最高のテンションの時にしかしない、俺の背中をバンバンと派手にツッコミ叩きをした。
「キャアアッ!?」
男だった時は、音の割にはスキンシップの一環でしかなかった、このツッコミ叩きも体重も随分軽くなり、はなはだ華奢になった今の俺にはかなりの衝撃だったみたいだ。
悲鳴を上げて見事につんのめる。
「エエエッ!?......あっ す、す、すまん」
孝はこちらが戸惑うほど狼狽し、茫然と俺の背中を叩いた自分の手を眺めていた。
※※※
孝には、俺に起きた不思議な現象を全て隠さず話して聞かせた。
いつもの孝に戻ったのか
「ああっ!? それでか昨日、陽一に会ったんだけど、これじゃないだろう感、半端なかった......むさいし、男臭いし、いきなり背も高くなってるは、足も臭そうだったし」
いや、お前それは言い過ぎだろう。
「なんか萌え要素皆無! 俺の陽一よ、どこに行ってしまったんだ! って昨日は一晩寝れないぐらい落ち込んだ」
いや、元々から貴方の所有ぶつじゃないのですけどね。
孝は、満面の笑みを浮かべ
「お帰り! 陽一くん......今は陽菜乃ちゃんか、これからも末永く宜しく!」
俺の右手をこれ以上ないぐらいに両手で握りしめ朗らかに大笑いする。
いつの間にかマンションの前に着いていたみたいだ。
俺は今まで忘れていた、スマホが新しくなり登録されていなかった孝の電話番号とラインアドを交換してもらうために、いそいそとスマホを取り出した。
マンションの部屋に戻るとしぃちゃんは、まだ帰ってきていなかった。
俺は自分の部屋に行き、着替えもせずにベットに怠惰に身を投げ出し、スマホを取り出す。
サロン『Diapason』で撮ってもらった絶妙なアングルの照れた笑いを浮かべる男女二人......孝と俺のツーショット。
やっぱり送った方がいいよね。
添付するまではいけるのだが、そこから先になかなか進まない、文面も何回書き直したんだろう......。
送信アイコンに指を近付けるが、タッチするまでには到らない。
なぜか送りたいような、送りたくないような相反した気持ちに心が揺れる。
送ることで、今までとは違うなにかが動き出す、そんな予感に知らず俺の心臓がトクンと小さく音をたてた。
息を一つ大きく吸い込むと意を決し、ゆっくりと指を画面に近付けた。
これにて第一部完です!
次話から、学校編となります。
引き続き読んで頂ければ幸いです。




