女の子って大変です
「ねぇねぇ、この髪型も陽菜乃にすごく似合うと思うな、お姉ちゃんは♪」
菜々子は、雑誌に載っている流行りの髪型を指差し、そしてお姉ちゃんは!と殊更に強調する。
「ふむむっ、ナチュラル系ゆるふわウェーブスタイル、これだったら長過ぎず、短過ぎずだよ!」
俺は、しぃちゃんに、あまり髪を短くして欲しくないと頼まれたことを菜々子に言う。
菜々子が指差した写真には一見無造作に見えるけど、胸のちょっと上ぐらいまで可愛くゆるやかにカールした髪の毛が、くせ毛風にアレンジされたセミロングの女の子が写っていた。
「あっこれも可愛い! 大人かわいいってやつだね。陽菜乃、小顔だからきっと似合よ。ひし形シルエットがフェミニンぽくっていいよね」
いまひとつ菜々子が何を言ってるのか理解できなかったが、その写真に写ったモデルの女の子は、顔周りを包み込むようにカットし、トップをボリューム感持たせる感じでかきあげて、サイドは軽くカールさせ頬に寄せている。
『あっ、この髪型すごく好みかも』
「おっ! なんかすごく気に入ったって顔したね、うんうん絶対似合うと思う♪」
ファションのことは私に任せなさいオーラを、これでもかとにじみ出している菜々子が言うのだから間違いないのだろう。
「でも宮ノ坂って校則厳しくないの? 髪型とか大丈夫?」
もうすぐ一年先輩となる妹の菜々子に、本当なら大学生になるはずだった俺が、女子高に入学するために校則を一つひとつ確認している。
それもシュールな話しだが、菜々子の髪型見てたら大丈夫かなって思いながら一応聞いてみた。
「あっ、そこら辺は大丈夫だよ、うちの学校、校則は比較的ゆるいから、まあ生徒の自主性に任せるってやつ? もちろん飲酒やギャンブルは論外、スマホも授業中や試験時は電源切らないとだけど休憩時間中は使用してもいいし、ピアスも禁止されてないけど......そうは言っても鼻や舌やら、大事なとかに装着しちゃダメだよ!」
いや、入れんだろう普通、って大事なところってどこだよ! そこかよ!
「ふふっ、何なに見たいの? お姉ちゃんの秘密のあ・そ・こ・を♪」
――いや、俺ただ単に校則確認したいだけで、お前さっきからすぐにそっち系の話しに持っていきたがるけど、今は企業倫理で稀少となったはずの、一昔前のおやじが入ってるって気付いてますか?
今時の会社でそんな発言したら下手したら懲戒処分か、訴えられて300万は持っていかれるよ?
それにもしお前がいつの日か大企業のエライさんにでも万が一にでもなった日には、そんな態度でどうするのよ......。
俺は、元妹の将来までも心配しながら上目遣いに菜々子を見る。
「お姉ちゃん、さっきからセクハラ過ぎ、鼻息荒いし陽菜乃、お姉ちゃんに幻滅しちゃったかも」
ことさら、お姉ちゃんにアクセントをおき、蔑むような目で見る。
あっ落ち込んだ、フリかも知れんが落ち込んだ。
今日は、しぃちゃんが昼から人気の美容院を予約してくれたので、椎木の家に来て菜々子に色々アドバイスをしてもらっている。
しぃちゃんも一緒に行きたがったが、今日も学校関係の仕事で朝早くから出掛けないといけないらしく、俺をここに送るとすぐに出ていった。
新学期も近いし、俺のこともあるし色々大変なんだろう。
『頑張れ、ママ』
俺は、心の中で去って行く母にエールを送った。
菜々子は、先ほどまで宮ノ坂の制服、お洒落なブレザータイプの着こなし方をレクチャーしてくれていた。
といっても、この時も散々とセクハラ紛いの行動をされたのだけど......。
「よし! 次はメイクにいってみよう!」
やっぱり落ち込んでたの、ふりだったのね......というかメイクって化粧のことだよな、俺に必要なの?
「あーなんか、面倒くさって顔してる! 今時の女子高生にとっては常識というか必需だよ!」
もう!世話が焼けるんだからとぼやきながらも嬉しそうだ。
「もちろん、学校行く時とかはそんなに気合い入れなくっていいけど、出掛ける際や素敵な彼氏が出来てデートする時に必要でしょ?」
まあ彼氏はおいといても、お姉ちゃんとデートする時は必要だからと楽しげに、くふふっと笑う。
彼氏? デート? なに言ってるのですか、俺に男と付き合えっていってるのですか。
あっ、でも今は生物学的には女なんだから、女の子と付き合うってのもあれか......。
俺がジレンマに顔を赤くして身悶えている姿に、またもや興奮を抑えることが出来なくなったのか、セクハラ攻撃を仕掛けようとしてきた。
俺も負けてはいられない、先攻で『上目じぃーと見る』スキルを使用する。
――すごすごと肩を落としてドレッサーの前に俺を連れていき、三面鏡を広げると並んで座った。
うん、このスキルは汎用だが非常に有用だ。
「とりあえずは基本からいくね、慣れたら自分なりにアレンジしたら良いよ!」
自己流? 当分もしくは一生そんな日は来ないのではないでしょうかね。
最初は、液状じゃなくパウダのファンデーションがお薦めと言いながら、まずこの化粧水を手に取って顔全体に馴染ませるのと丁寧に説明してくれる。
次にスポンジを取り出すと俺に塗り残しが無いよう顔全体に満遍なくねと指示し、出来を確認する。
――陽菜乃、肌ツルツルでぷにぷにと、またもや興奮してきたので汎用スキルを使用して大人しくさせた。
アイメイクは、いきなりは難しいかな、してあげるね。
俺と正面向きになり、筆かっ? 筆を取りだし
「このブラウンのアイシャドウで基本を押さえて、陽菜乃二重で目パッチリだからアクセントで上まぶたに、ポイントでピンク色を軽く上乗せすると......なんどいや! キュート過ぎやがな!!」
綿棒みたいなもので、俺の目尻あたりに何かを塗り、軽く指で馴染ませ確認し、その出来映えに悶絶しながら関西人が聞いたら眉をひそめそうな関西弁を捲し立てる。
「はぁはぁ、お姉ちゃんもうくたくただよ」
毎回、毎回そんなハイテンションじゃそれゃまあ仕方ないよね。
最後に仕上げにグリス......でも陽菜乃は今のままでも十分、艶々してるし、ああー食べたいなっ、舐め尽くしたいよ、とデンジャラスなことを呟き、やっぱ無色のリップクリームだねここは......。
ササッと絶妙な指加減を披露して唇に塗ると、俺を鏡の正面に向き直し
「ジャジャジャーン♪ 完成だよ!」
声高らかに宣言した。
もうびっくり。化粧、化けるって文字入ってるから何かしらの変化があるとは予想していたが、鏡の中に写った女の子は、考えていた以上の数倍も清楚で可愛い過ぎた。
『な、なんというハイスペック! これがHGVerってやつか!』
いや、それとは違うのだよ、それとは......。
「なんかすぐ遠い世界に逝っちゃうんだけど、陽菜乃のお礼は、うーんそうだねチューでいいよ、もちろん熱々のディープなやつね♪」
また、さらりとこいつは言いやがる。この際だから一度本当に舌まで入れてちゃう?......ダメだ、負ける絶対に勝てない、どう足掻いても勝てそうにもない、致し方がない汎用スキル上級Verを使用してみるか。
「お姉ちゃん♪ おいたはダメよっ」
続けて、メッと言いながら、両手を後ろに回してキラキラ目を輝かせて上目遣いに見上げる。
絶大な効果があったのか敢えなく撃沈して崩れゆく菜々子。
いったい今日何度目のシチュエーション?
※※※
俺たちは家を出ると、晴れた暖かな春の日差しがとても気持ちよい街並みを、そろそろ桜が咲いてきたよねー満開になったら、いよいよ入学式だね! などと喋りながら駅に向かって歩いていた。
美容院は、最寄りの駅から三駅目にあり、別の用事があって出掛ける菜々子が駅まで一緒に付いてきてくれている。
女の子の身だしなみや行動パターン、集団での守るべき約束事やら、女の子だけの時、男の子がいる時のNG態度、言葉など......。
聞けば聞くほどに不安が募ってくる。
今の俺の正直な気持ちといえば、女の子になったとはいえ女物の服や下着を身に付け、あまつさえ化粧までしている。
考えると、どうしようもなく羞恥心に身もだえそうになる。
今日は、一番のお気に入りの緑のドットのワンピースに緑色のカーディガンを着ているが、やっぱりスカートってふわふわで、ズボンと違い履いている感覚が乏しい。
おまけに靴は菜々子一押しの嵩の低いエンジニアブーツを着用しているため、太ももから細い足首の上付近まで素肌が人目に触れてしまっている。
駅に近づくと、すれ違う人、特に男の人が俺をじろじろ見てる気がする。菜々子も見られてるようだけど、こちらは、まったく気にしている様子はない。
正面から来た高校生ぐらいの男の子達も、俺と菜々子を見て歩みを止めて、ありえねー!みたいな感じで、ぽかーんと口開けてみてるし......。
基本ネトゲ三昧で家に籠りのインナーな俺は、あまり外に出歩くことがなかった。
男だった時は『こいつ男? 女?』って目で見られることはあったが、当然ながら目線なんて気にしない。
女の子になってしまった今、好奇な目線やあからさまな視線を受けると、よけいに外に出なければよかったと後悔してきた。
『菜々子に家まで送ってもらって、ママに髪切って貰おうかな......』
知らずのうちに俺は、菜々子の手をぎゅっと握りしめていたようだ。
俺のどうしようもない不安な気持ちを察したのか
「ここは陽菜乃にとっては試練だよ! 大好きなゲームでも簡単なクエストから順番にクリアしていくでしょ、それと一緒だよ」
ゲームなんてあまりしないだろうに、俺の気持ちを和らげるためか
「題して! 初級クエスト神をぶったぎるもの! あっ、かみは神様仏様のかみね!」
その言い方が可笑しく俺は、声を上げて笑ってしまった。
気持ちもほぐれて、別に大したことをしにいくわけじゃないってことに気がつく。
いつの間にか俺たちは駅に着いていた、先ほどより人の視線が気にならなくなっている。
「陽菜乃は、自分が考えているよりも、半端なく綺麗で可愛いから、これからは見られるってことにも慣れなきゃ駄目だよ」
一段と力強く俺の手を握りしめて囁いた。
菜々子は改札口でキョロキョロ辺りを見回し
「孝! こっちこっち!」
忙しげに手を振る。
えっ!? なんでここで孝が出てくるの!
俺は、驚愕で言葉を失う。
そこには、俺(陽一)の小学校からの離れようとしても離れられることなんて出来るわけがない、親友の孝が今まで見たこともない放心しきった表情でこちらを......というか俺を見ていた。