装備を揃えよう~初級編~
うららかな春の日差しが降りそそぐ中、春休み中のこともあり、平日よりは込み入っている高井戸ベルパークに、俺たちを乗せた車が到着した。
「いやああ、だ、誰か助けてえええ」
俺のか細く叫ぶ声が、人混みで賑わいをみせる商業施設の駐車場に虚しく響く。
車を降りるなり、俺の右腕はしぃちゃんに左手は菜々子に、むんずと捕まれ引きずるように連れて行かれる。
「誰かああ! 助けてくださーい! 拉致られていますうううう」
俺の必死の叫びに反応して、ぎょっとしたように何人かは振り返る。
そしてこちらの面子を見るなり、大半の人は唖然とした表情を浮かべることになった。
しかしややすると何とも優しい生温かな微笑みを浮かべ、中にはスマホを取り出し写真やら、はては動画を撮る人までいる。
まあ、これが黒スーツにサングラスを装着した、いかつい体格の男二人にでも連行されてるなら、かなり違った反応がそれなりにあると思う。
しかし実際には楽しそうなクールビューティー系美女二人に引き摺られてはいるが、どう見ても身内にしか見えない俺が、いくら声を大にして叫ぼうがじゃれあってるとしか思われないだろう。
俺は、いったい何処に連れて行かれるんだ!
向こうからやって来た女子校生と思わしき二人が足を止め
「えっーなにあの三人......ありえないぐらい綺麗なんだけど」
「うはっ! 本当だ」
「仲の良い親子って感じだよね、しかも全員美人ってどうよ」
「ちょっ......親子じゃないんじゃない、私は年の離れた美人三姉妹と思うな」
しぃちゃんは、それが聞こえたのかニンマリ笑うと二人に嬉しそうに手を振る。
「キャー! お姉さん達すごくイケテます! 頑張って下さい」
こいつらに頑張ってて、なにをがんばれと......。
「真ん中の子も小さくって、すごくきれかわいい! 私もあんな妹が欲しいな」
おいおいおい、あなたと俺そんなに背丈変わらんだろう。
ちょっとの間キャッキャッ楽しそうに騒ぐと二人は、こちらを気にしながらも去って行った。
しぃちゃんは、つかんでいた腕を俺から外す。
「気が付かれなかったわね......さすがだわ」
ここで何故か菜々子に目を向け褒める。
気が付かれない? 見た目が良いだけの、実際は妹萌えの変態だっという正体がか?
......なんか体の隅々から染みだしてそうだもん
あっ、なんか菜々子が俺をうろんな目でみている。
そして、菜々子は仕方ないなあ、もうみたいなジェスチャーをしながら、こちらも俺から腕を外す。
「なんかどこかの誰かは失礼なこと想像しているようだけど......やっぱりメイクでイメージ180度変えてるからかな」
「そうね、雑誌と今じゃ全然イメージ違う! どっちももちろん綺麗だけどね」
二人はイエーイなどといいながらハイタッチする。
なんだろう......このハイテンションは、だいたい雑誌ってなんだ。
俺の知らない間に世界大食い選手権にでも出場、そこで優勝でもして世界デビューでもしたのだろうか......もしくは! アレか、そうかアレなのか!!
「ゴボア!?」
菜々子に後頭部をバシッと叩かれた、かなり本気が入っている。
「もちろんアレとも違うし、大食い選手権なんてものにも出てません!」
「!!」
な、なんだ何故ここまで俺の考えてることわかるんだよ。
驚愕でポカーンと間抜け面している俺を見て、しぃちゃんは苦笑いを浮かべる。
「もう、女の子がそんか顔しなさんな......もしかしてと思うけど陽菜乃さっきから声に出して言ってるって気がついてない?」
「――真実ですか?」
「うん、マジ」
そ、そうか無意識のうちに俺声に出して言っていたんだ。
あれだ、翼だ、そう翼があれば何処までも高く飛んでいけるのに......俺は大空へ自由に羽ばたく。
ああっ それは、なんて気持ちが良いのだろう。
俺があまりに遠くを見る目で現実逃避しているのに二人は呆れ果てたのか
「なんか気勢がそがれたよね」
「まあ、なんだ......昼からの楽しみにして、先にちゃっちゃと用事済ましちゃいますか」
なにを楽しみにしてるんですか......。
なんてツッコミを入れる気力もなく、何故か十メートル以上離れながらもつかず離れずにいるニコニコ顔の舞花母さんと、こちらは苦虫を噛み潰したような顔の陽一と合流し、俺たちは携帯電話会社のテナントに向かった。
※※※
しぃちゃんと菜々子が、女の子(?)三人でお揃いのスマホにしようと言い出したものだから、機種は比較的早く決まったものの装着するカバーの模様選びで、思いのほか時間が掛かりテナントを出る頃には昼の時間となっていた。
ちなみに残念なことに、せっかく買ったスマホも手続きやなんやらで後から取りに行くこととなったため現在手元にはない。
空腹をおぼえた俺たちは、近くの洋食屋に入り、店員さんに案内され奥の六人掛けの席に落ち着く。
ここは食事が運ばれてくるまでが勝負だ!
陽一くん行くのよ!
俺はアイコンタクトを送る。
陽一は、ふむっと頷くと、至って自然な声を出しながら俺の方を向く。
「いわれてみれば、こいつにパソコン必要じゃないかな」
しぃちゃんはそれを受け
「パソコン? 家にはタブレットなら二台あるから一台は陽菜乃にあげるつもりだけど」
ぬっタブレットときたか......。
黙って聞いていた菜々子がここで口を挟む
「あっ もしかして陽菜乃って......陽一もか、ピコピコするつもりなの!?」
「「!!!」」
こ、こいつ今の世代のくせにゲームのこと、あろうことかピコピコ呼ばわりしやがったよ!
「あ......ピコピコかっ そういえば陽一好きだったよね」
しぃちゃんも露骨に不満顔、てか貴女もピコピコですか。
舞花母さんは、我関せずとひたすらスマホをいじっている。
ちなみにこの人だけ機種変もなにもしていない。
肯定派二人に否定派二人......単純に数だけみれば互角だよな?
「 圧 倒 的 不 利 」
なんかドーンと文字が右から左へと視覚できるレベルでもって流れていった気がする。
「陽菜乃欲しいの?」
「う、うん......」
力なくうなずく俺
「まあ買って上げなくもないわよ」
「「!!」」
「ママ! ありがとう!」
今なら恥ずかしげもなくママと呼ぼう。
その言葉にふむっと満足げにうなずき「2つ条件があるけどね」としぃちゃんは指を二本たてる。
「!?」
「ひとつ目は、女の子なんだから一時間......やっぱり三十分ぐらいかな一日にプレイする時間は」
「!!!」
一日三十分とな? ......ログインして街走り抜けてそのままログアウトしなさいってことですか。その道では廃プレイヤーのこの俺に何言っちゃてくれてるのですかね。
俺があまりにガックリきているのが憐れに思えたのか。
「ふたつ目......ご飯食べた後ママに私はママの娘、女の子ですって感じで付き合ってね......それ次第ではゲームできる時間も増えるかもよ」
「フフフッ この提案どうかしら」
そして楽しげに艶やかな微笑みを浮かべた。