一ノ宮 静華
――微かな記憶が甦ってくる。
暖かな大きな手が優しく頭を撫でていた。
陽菜乃は気持ち良さそうに目を細めて手の主を見上げる。
「パパくすぐったいよ」
甘えた声で頭の上の手をつかみ、小さな手で握ろうとする。
そんな娘に微笑みを浮かべ、椎木 清流は陽菜乃の手を優しく握り返す。
「陽菜乃、今から言うことをよく聞くんだよ」
そして陽菜乃の手の平に、透き通るような綺麗な水晶球をそっとおく。
「きれいー!」
陽菜乃は、無邪気に胸をときめかせる。
「もし......陽菜乃が誰かのことを本気で好きになったり、心の底から一緒に居たいと、そう願うことがあるならば、この水晶を握りしめ言霊を唱えるんだよ」
「すいしょう? ことだま? となえる?」
出流は、もう一度優しく陽菜乃の頭を撫でる。
「難しいことじゃないんだ......誰かを強く想う気持ちが陽菜乃の力と成る......これは御守りさ」
そして出流は陽菜乃に何度もその言霊を教えた。
「今はその意味を理解しなくていい。言葉は力となり、魂を形づくる......言霊がなければ想う気持ちが形となり創られる。それはいつか陽菜乃と大切な人を救うだろう」
――これは父さんとの思い出の記憶だ。
大好きだった清流父さん......。
清流は陽一たちの父、椎木 柳二の実兄にあたる。
一ノ宮は舞花と静華の姉妹、椎木は清流と柳二の兄弟。
姉と弟、妹と兄、二組の睦まじい恋人たち。
そもそも椎木家は、一ノ宮に代々仕える陰陽師の一族だった。
柳二は陰陽師の素質がなかったとはいえ、次男だったのが幸いし、また陰陽以外何をさせてもそつなくこなす秀才として陰陽師の修練とは関係なく自由に育てられた。
対して長男の清流は、歴代の陰陽師の中でもずば抜けた才能を発揮し、特に水晶球を扱った呪式は当代一との評価を得ていた。
現在なお古来からの封建的な物事が慣習となっている世界で、主従の恋愛は困難を極め、4人の関係は決して歓迎されたものではなかったのだが......。
静華叔母さんはリビングで俺に駆け寄ると、化粧が落ちるのもお構い無しに泣きじゃくり、俺を抱き締めたまましばし大粒の涙を零す。
「少し......二人だけにして」
俺たちはリビングから舞花母さんの部屋に移り、とりとめもなく飽きることを知らずに話しあった。
俺が陽菜乃の記憶があまりなく、ほとんど陽一としての記憶しかないこと、今の状態だとしぃちゃんをお母さんと実感できないといったことも正直に打ち明ける。
このしぃちゃんという呼び方は、俺と菜々子に叔母さんじゃなくそう呼んで欲しいと言われたことが発端だったのだが、今思えば叔母という言われかた自体が嫌だったのではなく、陽菜乃の気配のする俺に叔母と言われたくなかったのが理由だったのかもしれない。
どれぐらいそうしていたのだろう。
寂しげな表情を浮かべると
「――彼は陰陽師身の上を知らず」
ためていた息を吐き出しながら呟いた。
「自分のことには無頓着な人だったから......あんな些細な事故で、まさかね」
俺は何も言えず黙ってしぃちゃんを見詰めた。
「でも陽菜乃......貴女のことだけは、とても心配していた......きっと娘の未来が見えていたのね」
「あなたが居なくなった時、私もう何も考えられない状態だったの」
「捜索も全然成果がなく本当に精も根も尽き果てていたわ」
眠れない日が続いた満月の夜。
「眠れずにぼんやりしてた私の前に彼が現れて、陽菜乃は陽一の中で生きている。いつか必ず帰ってくるからと告げたわ」
「それは夢でも幻でもない本当のことなの、それが証拠に彼は私の手の平に水晶を置いていったわ」
服の中からペンダントを取り出し、先端に取り付けられた巾着袋の中から綺麗な水晶球を、それは愛しそうに取り出した。
その水晶には確かに父の面影と、どこまでも優しく力強い想いが数えきれないほど凝縮している。
俺は今日、何度目か判らぬまま静かに涙をこぼした。
しぃちゃんは立ち上がると俺の背中に手を回し、水晶球が放つ優しさに匹敵する愛情一杯の力で抱き締める。
「陽菜乃......お帰りなさい」
俺もしぃちゃんをいだき寄せた。
「ただいま......母さん」




