記憶の行方
リビングで舞花母さんが、当時のことを俺たちに話してくれている。
それは母の実家で起こった事件だった。
その当時は、母も自分を産んでくれた親とようやく仲直りし、関係は良好なものに戻ったらしい。
孫が生まれたことで母の父親も、それまでの頑なな態度から、どこにでもいる孫好きなじい様に変貌したとのことだった。
春休みに当時十歳だった陽一は、菜々子と母の実家へと子供だけで泊まりで遊びに行った。
舞花、静華の実家は一ノ宮といい、戦後の財閥解体を受けるまでは、地元を支配するひとつの王国として周辺地域に君臨していた。
広大な山や森を含めた土地を多数所有しており、その麓に壮大な屋敷が建てられ、今でも封建的なコミュニティが形成された地域の中核を担っている。
陽菜乃は元々体が弱く都会での生活が難しかった為、空気の良い一ノ宮の屋敷で暮らしていた。
そのような環境だったため、なかなか同年代の友達が出来難く、陽一、菜々子が遊びに来てくれることを心待ちしていたそうだ。
そして事件は起こった。
子供だけでのちょっとした冒険探が、気がつけば道に迷い、森の奥へ更に奥へと行ってしまい、運の悪いことに季節外れの豪雨も降ったことで、一ノ宮の全勢力を投入した捜索も子供を発見するのに三日を要する結果となった。
ようやく発見された時、陽一と菜々子は肺炎を拗らせる手前の非常に危険な状態だったため、急遽ヘリで一ノ宮一族が経営する病院へ緊急入院することとなった。
そして陽菜乃は......。
その後一年を掛けた絨毯捜索でも、結局その姿を発見されることはなく、神隠しにあった不幸な少女として皆の前から姿を消した。
そして陽一と菜々子は......。
一命をとりとめた2人から何故か陽菜乃に関する記憶が、きれいさっぱりと消えていた。
陽菜乃の名前を出しても虚ろな視線を向けるだけで、何も反応しない二人に、これ以上の問い掛けは二人の精神を崩壊させてしまう危険があると考えた医師は、残された親族にそのことを告げ、陽菜乃に関する問い掛けを禁じた。
体が本調子に戻った二人も以前の活発な性格から一転して、あまり感情を表に出さない大人しい静かな子供に変わってしまっていた。
陽菜乃の母である静華は、やるせない思いの中、それでも陽菜乃がどこかで必ず生きていると確たる信念の下、陽一と菜々子に接した。
陽一がそばに居ると、陽菜乃が一緒にいるような不思議な想いを、強く感じながら......。
俺と陽一、そして菜々子は、その話をただ静かに涙を流しながら聞いていた。
俺たち3人は全てを思い出した。
俺はあの不思議な水晶と言霊の力により、陽一と一体化し魂は融合した。
しかし呪術が中途半端だったのか、そのような性質だったのか、あの光を受け陽菜乃に関する記憶は消え、陽菜乃としての記憶も闇のなかに封じられた。
本当なら俺は陽菜乃本来の記憶のみを持って、再びこの場所に戻って来るはずだったのかも知れない。
でも俺の記憶は、今朝まで陽一として生きてきた十八年間のもの。
俺は泣き晴らした顔を陽一に向けた。
同じタイミングで目が合う。
「「あの......?」」
「「あっ..そっちからどうぞっ......!?」」
見事にハモっている。
「「......えっと」」
そんな俺たちの取り留めのないやり取りから、今までの緊迫した雰囲気が消え失せたのか、不思議なものを見るような目で見ていた菜々子が叫ぶ。
「ちょっと2人してなんの冗談みたいなことしてるのよ!」
うん......確かにその通りなんだけど。
「「いやいや、これはあのその......あれっ!?」」
狼狽え方もなんのことはなくステレオだ。
「ちょっと!」
菜々子が堪らずそう言った時、リビングの扉をすごい勢いで開け放つと、静華叔母さんが血相を変えて入って来た。
「「しぃちゃん!!」」
俺と陽一は同時に名を呼ぶ。
しかし静華叔母さんの目は、リビングの中、正面に座る俺だけを、ヒタッと見据え言葉もなく立ち尽くしていた。