第三話 “レヴァイアサン”猛然
ちょっと間が空きました。
ハルゼーとボーガンが隊内電話で避退するか否かについて、言い争っている頃、既に第二任務群の軽巡洋艦、駆逐艦は隊列を整えた上、“レヴァイアサン”まで1000メートル程の距離まで接近していた。中央を軽巡洋艦3隻が進み、左右を駆逐艦の隊列が進んでいく形だ。軽巡洋艦3隻の後ろには、第二任務群最強の戦艦「アイオワ」がその巨体を走らせていた。
「“レヴァイアサン”め、我が合衆国海軍とジャップの一大決戦を邪魔する気か!」
第一四巡洋艦戦隊旗艦「ヴィンセンス」の戦闘情報センター(CIC)の司令官席で、戦隊司令官を務める、ワイルダー・D・ベイカー少将は忌々しげな声を上げた。
近くには「ヴィンセンス」艦長アーサー・D・ブラウン大佐も居る。
「レーダーに反応は有るか!?」
ブラウンがレーダーの要員に大声で報告を促す。
先程から見張員の報告は有るのに、レーダー要員からの報告が無いのを訝しく思っていたベイカーも、今からなされるであろう報告に意識を向ける。
「レーダーに反応ありません!」
「くそ、やはりそうか...!」
ベイカーは苛立ちに思わず下唇を噛み締めた。ブラウンも何とも納得いかないといった表情をしている。見たところ、“レヴァイアサン”は生身の生物で間違い無いようだ。そのため、レーダー波を反射しにくいのだろう、とベイカーは考えた。
「艦長、艦橋に行こう。レーダーが使えない以上、ここに居ても仕方が無い」
「そのようですね、目視で戦いましょう」
ブラウンもベイカーに賛意を示し、艦長席を立った。
「正しく“レヴァイアサン”だな...」
ベイカーは呟いた。ブラウンもベイカーの右横で忌々しげな顔をしている。日本海軍との決戦を邪魔しやがって、とでも考えているのだろう。
艦橋の窓からは、正面に“レヴァイアサン”が見えている。青く、そして陽光を受けて鈍く光る体をくねらせながら突っ込んで来る。
ベイカーは、双眼鏡で“レヴァイアサン”を観察した。
見たところ速度は150キロ程度のようだ。艦艇よりは高速だが、航空機に比べればかなりの低速だ。飛行艇や水上機でも捕捉出来る。
正面から見ているため、よく分からないが、全長は300メートルはありそうだ。合衆国海軍の主力である「アイオワ」級戦艦や、「エセックス」級航空母艦を全長で上回る。
頭部には大小合わせて4本の角があるようだ。白っぽい色をしていて、それは象牙を想起させる。
口からは鋭い牙が覗いており、“レヴァイアサン”が凶暴な生物であることを示していた。
「“レヴァイアサン”、本艦に向かって来ます!」
見張員の一人が大声で報告する。
「撃て!奴を近寄らせるな!」
ブラウンが命令を下し、これまでも砲撃を続けていた前部6門の47口径15.2センチ砲がより一層猛々しく咆哮する。
主砲発射の反動に、全長185.95メートル、全幅20.27メートル、基準排水量1万1800トンの艦体が打ち震える。
砲撃を続けているのは主砲だけではない。前方に指向可能な3基の38口径12.7センチ連装両用砲も、毎分12発から15発という高速で両用砲弾を叩き出している。
砲煙の向こうに、“レヴァイアサン”の禍々しい姿が見える。
その長大な身をくねらせながら突っ込んで来る。
砲撃は効果が無いのか、未だその身に、大きな傷は見当たらない。体の所々に若干血が滲んでいるようだが致命傷には程遠い。
砲弾は全く命中しない。15.2センチ砲弾も、12.7センチ砲弾も“レヴァイアサン”付近の空域を空しく通過し、明後日の方向に飛翔して行く。
15.2センチ砲弾は遥か遠方の海面に水柱を吹き上げ、12.7センチ砲弾は空中の何も無い箇所で炸裂する。
「マジック・ヒューズも効かぬか...」
ベイカーは砲撃の狂騒を聞きながら苦々しく呟いた。
先程、“レヴァイアサン”はレーダーに映らないと分かった時、もしかしたら、とは思っていたが、やはりVT信管は効かなかった。砲弾自身が電波を発しながら飛翔し、敵機の至近距離で炸裂するという高性能な砲弾は、“レヴァイアサン”にレーダーが効かないゆえに、全く効果が無かったのだ。
なおも「ヴィンセンス」「マイアミ」「ビロクシ」は撃つ。
矢継ぎ早に3隻合計18門の15.2センチ砲、同数の12.7センチ両用砲が咆哮する。大量の砲弾が“レヴァイアサン”に向けて飛んでいくが、一向に命中しない。無駄に砲弾をばら撒いている。
そうこうしているうちに、“レヴァイアサン”は凄まじい勢いで接近している。距離はもう100メートルも無い。
「己...!」
ベイカーが呻いた次の瞬間、“レヴァイアサン”が「ヴィンセンス」の頭上に影を落とした。
「“レヴァイアサン”、本艦直上!」
見張員が絶叫し、ベイカーは緊張に身を強張らせた。
「衝撃に備えよ!」
ブラウンが叫んだ。
射界から目標を失った前部主砲、両用砲が沈黙し、しばし艦橋内が静寂が支配する。艦橋内の全員が固唾を飲んで“レヴァイアサン”が向こうに居るであろう天井を見上げた。
「“レヴァイアサン”、本艦直上を通過!」
後部見張員が大音声で報告した。ブラウンやベイカーの予想に反し、“レヴァイアサン”は「ヴィンセンス」に何の攻撃もせず、頭上を通過したのだ。
「何もしなかった...?」
ブラウンが訝しげな声を上げたのをベイカーが聞くのと同時に、後部見張員から新たな報告が上がった。
「『マイアミ』火災発生の模様!“レヴァイアサン”、火を吐いています!」
最初に“レヴァイアサン”の攻撃を受けたのは「ヴィンセンス」後部見張員の報告の通り、隊列の2番艦に位置する「マイアミ」だった。
「ヴィンセンス」の頭上を抜けた“レヴァイアサン”は「マイアミ」に向かって一気に急降下し、艦前部に向かって口から火炎を吐きかけたのだ。
艦橋から「マイアミ」艦長ジョン・G・クローフォード大佐が見ている目の前で、艦前部が炎に包まれる。
「奴は火を吐くのか!?」
クローフォードが驚愕し、次々と報告が上がる。
「艦前部に火災発生!」
「第1砲塔砲台長より艦橋!砲塔内、温度上昇!」
「第2砲塔砲台長より艦橋!砲塔内部、温度上昇しています!」
「畜生...!」
クローフォードが呻き、後部見張員から新たな報告が上がった。
「“レヴァイアサン”後方より攻撃してくる模様!」
“レヴァイアサン”は前方から「マイアミ」に火炎を吐きかけた後、上空を通過し後部から「マイアミ」に迫り、体当たりするかのごとく急降下を仕掛けた。かなりの至近距離から15.2センチ砲弾が放たれる。1発が“レヴァイアサン”の体を掠ったのか、鱗が割れ、微かに赤い血が流れた。
凄まじい咆哮を上げ、“レヴァイアサン”は報復する。
さらに高度を下げ、次の瞬間、“レヴァイアサン”はその大木のような前脚で第3砲塔をもぎ取った。もぎ取られた第3砲塔は子供に握り締められた紙製の箱のように潰れ、砲身は外れて海面に落下する。砲塔内の要員は恐怖に喚き、ある者は絶望的な絶叫を放ちながら甲板に落下した。
“レヴァイアサン”はもぎ取った第3砲塔を海面に放ると、右の前脚で第4砲塔を押し潰し、その固い皮膚で覆われた腹部で艦尾の航空兵装を薙ぎ払った。ヴォートOS2U〈キングフィッシャー〉がカタパルト上から外れ、海面に落下し、飛沫を上げた。
体の前半分を「マイアミ」艦上に乗せたまま、“レヴァイアサン”は第3砲塔のあったバーベット内を覗き込み、思い切り炎を吹き込んだ。
“レヴァイアサン”が艦体を踏台に飛び上がるのと同時に、「マイアミ」は第3砲塔跡から巨大な火柱を吹き上げた。
“レヴァイアサン”の放った火炎によって、残っていた15.2センチ砲弾とその装薬が誘爆を起こしたのだ。「マイアミ」の艦体は第3砲塔直下から真二つに折れ、後部は一瞬にして水面下に沈み、前部もゆっくりと沈み始めた。
「ダメージ・コントロール・チーム・チーフより艦橋!浸水遮防出来ません!」
「マイアミ」 艦長クローフォードは、凄まじい形相で、燃え上がる艦前部を睨み付けている。
その目は、艦を失う事になった事に対する怒りで爛々と輝いている。
その怒りは、“レヴァイアサン”に向けられているのか、艦を守れなかった自分に向けられているのか、自分自身でも分からなかった。
「総員退艦」
クローフォードは怒りの籠った声で、「マイアミ」艦上で出す、最後の命令を下した。
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