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story3 名探偵vs名探偵 5

 

 ディンドンの森、マリアンヌの小屋で、エリスンは憮然と泡立て器を動かしていた。

 左手にはボウル。中身は、小麦粉、卵、砂糖、ベーキングパウダー。

「……なんであたしがこんなことを」

 いってもしようがないとはわかっていながらも、いわずにはおれず、ぶつぶつと繰り返す。その隣で、まさにいまドーナツを揚げ終えたキャサリンが、慰めるように肩に手を置いた。

「炊事をしないと、ジョニーの命がないなんて……ひどい脅しですよね。手元にちょうどいい毒でもあれば、混入できるんですけど……」

 本気のようだ。それはどうかと思ったが、致死量でないならいいかもしれない。

「さあさ、お嬢さんがた、今日のおやつの準備は万全かえ?」

 ドレスの裾を引きずりながら、マリアンヌがキッチンを覗いてくる。二人は、ええもちろんと笑顔で返した。こき使われようとも、拘束されて閉じこめられるよりはましというものだ。

「……あの、マリアンヌさん? ジョニーの姿がないようですけど、本当に、安全は保証していただけるんですよね?」

 それこそ、もう何度もしている問いだった。マリアンヌは肩をすくめる。

「儂だって、ジョニーのことは愛しいやつじゃと思っちょうけぇ、危害は加えんぞな」

「だったらなんで操ったりしたんですか」

 エリスンから新しいアプローチ。マリアンヌは、うーむと考えながら毛先をいじる。仕草が若い。

「シャレじゃの、シャレ。心配せんでも、儂の特製目覚まし薬を飲むか……あとはまあ、ものすごいショックでも受けりゃあ、すぐに元通りじゃよってに。今回は、儂のかわいい孫が更生するっちゅうから協力しとるんじゃ。悪事はせんわいな」

「……?」

「なにいってるんでしょう、このお婆さん。歳のせい?」

 小首をかしげるエリスンに、キャサリンが遠慮のない言葉を囁いてくる。聞き間違いでなければ、孫が更生する、といったはずだが。

 そこへ、慌ただしく、問題の孫が小屋へ駆け込んできた。今日のファッションは、真っ赤なマントに、羽付きのテンガロンハット。もはやコンセプトも何もない。

「シーット! 大変だ、グランマ! ホワイトモンスターズが──……っとと」

 人質二人の存在に気づき、慌てて口をつむぐ。しかし、それを見逃す彼女らではない。

 キャサリンの目がきらりと光り、間のテーブルを飛び越えて派手孫の前に着地。そのまま菜箸を水平に構え、両目にロックオンした。

「ジョニーが、どうしたんですか……?」

「う、ウェイト、ビューティーなピンクレディー」

「キャサリンさん、いっそそのままぶすっとやったらどうです、ぶすっと」

 エリスンが悪を促したが、キャサリンはいま気づいたというように、「きゃ、わたしったら」とかいいながら菜箸を下ろした。エリスンはこっそり舌打ちする。

「──で、ジョニーさんとマイケルさんが、何か?」

 マイペースで型に生地を流し込みながら、一応尋ねておく。彼はわざとらしく咳払いをして、取り繕うようにゆっくりと食卓椅子に腰かけた。

「例の名探偵にあっさりとしてやられたよ……さすが、マイフォーエバーライバル。ここを嗅ぎつけるのも、時間の問題でござ候」

「シャルロットが?」

「まあ!」

「ほう」

 女性陣がそろって声をあげる。エリスンは驚きすぎて、生地を天板にそのまま流してしまった。しかしそれに気づく余裕もない。

「……そんな、まさか……! 一体どんな偶然が重なったらそんなことに──!」

「さすがシャルロットさんです! きっと、すぐに助けに来てくれますね!」

 エリスンは魑魅魍魎でも見てしまったかのように打ち震えているが、キャサリンは単純に喜んでいるようだ。マリアンヌが眉を上下させながら、おもしろそうに笑んだ。

「やりおるのう、あの探偵。こりゃ、一筋縄ではいかないやもしれんじゃの」

「……そうでなくては、ミーのライバルとしては役不足であるよ……。プレイスを移そうにも、街はどこかの令嬢の誘拐事件で警察がうようよ真っ最中──ここで待ち伏せをして、ジャスト決着をつけるしかないであろうこと請け合いですね」

 室内だというのにわざわざ三角サングラスをかけ直し、揚げ上がったドーナツに手を伸ばす。

「デーリシャス!」

 余裕なのか、追いつめられているのかわからない。

「……あなた、そこまでシャルロットを目の敵にして……シャルロットに勝って、どうするつもりなの? 悪いけど、こんな回りくどいことしなくても、あれに勝つのなんて簡単よ? しかも勝ったってなんの自慢にもならないわよ?」

 本気で心配そうにエリスンが問う。仮にも上司のことを語っているとは思えない。この場にシャルロットがいたら泣いていそうだ。

「ふふ、おもしろいクエスチョンだ。教えて差し上げよう、レディ。ミーは、名探偵シャルロット=フォームスンに勝利することによって──」

 こんこん、とノックが聞こえた。

 両手を広げ、演説しようとしていたところをくじかれ、不満そうに首だけドアに向ける。

「……こんなときにフー?」

「シャルロットさんだわ!」

「違うと思うなぁ……」

 テンションの差はありながらも、ドアに注目する。こんな森の奥の小さな小屋に、一体誰が訪ねてくるというのだろう。

 もう一度、ノック音。マリアンヌが腰を上げ、ドアに向かった。

「どちらさまかの?」

 向こう側から、うわずったような細い声が聞こえてきた。

「若返り化粧品の者ですー、無料サンプルをお届けに参りましたー」

「頼んだ覚えはないがの」

「配らないと上にどやされるんでー、もらってくださいませんかー」

 あからさまに怪しかったが、若返り、無料、の二つのキーワードに心を動かされたのか、マリアンヌが少しだけドアを押し開ける。

 裾の広がったブラウンのドレス、黒く深い帽子が見えた。

「じゃあ、もらおうかのう」

 女性の姿に気を許し、招き入れる。

「ご説明させてくださいねー」

 ブラウンドレスの貴婦人は、異様にゆっくり、楚々として歩みを進め、小屋の中に入ってきた。足先すら見えない、広がった長い裾。まるで結婚式のドレスのようだ。

「……ほら、シャルロットじゃないわ」

「残念ですね……」

 エリスンとキャサリンが、顔を見合わせ囁き合う。もっとも、エリスンは最初からシャルロットが来ると思っていないので、その声に残念そうな色はない。

 貴婦人は、小屋に入ってからやっと、帽子を脱いだ。ついでにカツラを取った。そして、どこからかパイプを取りだし、火をつけた。

 ぷはーと吹かす、その顔。誰もが目を丸くして、注目している。

 あたりまえのようなテンションで、貴婦人──に扮したシャルロットは、悠然と片手を上げた。

「やあ、諸君、ごきげんよう」

「────!」

 その場にいる全員が、絶句した。

「はっはっはっ、驚いてもらったようでなにより。エリスン君もキャサリンさんも、マリアンヌさんも、元気そうで良かった。ちょっと遅くなってしまって、すまなかったね。──さ、この私に挑戦したいというのは、どこの誰だね? 受けて立とう、出て来たまえ」

 敵地に一人で乗り込んできたとは思えない余裕ぶりで、シャルロット節をかます。エリスンはうっかり感動した。この空気が読めないという能力が、こんなところで映えるとは。まるで大物のようだ。

「……ふ、ふふふ、ふはははははは! インタレスティン! 久しぶりでござろう、名探偵シャルロット=フォームスン!」

 気を取り直し、赤いマントをひるがえすと、ケンカを売った張本人がシャルロットの前に立ちふさがった。

「ユーに手紙を送り続け、ユーの愛するラバーを次々とさらい、さらにホワイトモンスターを差し向けたのは、シュアリィ、このミーであるよ! 驚いたか! 驚いているな! はっはん!」

「…………」

 シャルロットは無言でパイプを吹かした。

 間。

 あー、きっと覚えてないんだなー、とエリスンは察したが、それを教えてやるつもりもなかった。せいぜいショックを受ければいい、という気持ちで、ことの成り行きを見守る。

「……ユー?」

 ちょっと不安になって、促してみる。

 シャルロットは、静かに眉を上げ、パイプの火を消した。

「君は何か誤解をしていないかね。私にとっては、君が誰であろうが、そんなことはどうでも良いのだ。君が私の大切な者を危険にさらした、その事実だけで、私は今ここにいるのだよ。くだらない話で、親睦を深める気などない」

「──! ちょ、ちょっと、聞きました? シャルロットさんがかっこいいですよ! どうしてしまったんでしょう?」

 いたく心を打たれた様子で、キャサリンがきゃいきゃいとはしゃぐ。エリスンは答えられない。もしかして偽物なのでは、と本気で思っていた。

 と、シャルロットのスカートの中から、ふよふよと白いものが浮き出てきた。ジョニーだ。

 ジョニーは、テーブルの上で、何やらポーズを取り、

「ヒュイー……ヒュイヒュイ、ヒュイー──ヒュイ」

 対抗したのだろう、かっこよさそうなテンションで何かをいった。

「ジョニー……! ありがとう!」

 キャサリンがはらはらと涙をこぼす。

「……えー、コホン。ライバルのハートに火をつけることに、このミー、かつては怪盗三面相として、幻の宝石ビビンビーンの事件でユーと争った、この本名リオンであるミーは、成功したようであるな!」

 できるだけ自然な流れで説明台詞。

「ああ、名乗っちゃった」

「自分で名乗るとは、我が孫ながらかっこわるいのう」

「あら、意外とふつうのお名前なんですねえ」

 女性陣が感想を述べる。金髪美青年──リオンは、少しだけ恥ずかしそうに赤面したが、ごまかすように何度も咳払いを繰り返した。

「ふむ、なるほど、怪盗三面相──あのポリシーのない若者か。どういう理由で私に挑戦してきたのか、理由ぐらいは聞こう」

 ドレス姿だというのに、シャルロットは妙に格好良かった。この、いつどんなときでも変わらない余裕──それをエリスンは空気が読めないと形容するわけだが──が、この場面では完全にプラスに作用していた。

 気圧されたような気分になりながらも、リオンは懐から一冊の本を取り出す。それを、びしりと突きつけた。

 タイトルは、『名探偵の心意気〜真理編〜』。

「ミーは、あの日、ユーにいわれたことをずっとシンキンしていたのであるよ……そして、これを手に取り、決断したでござりますろう! ミーはもう怪盗三面相ではない──、名探偵派手男として、生まれ変わったのだ──!」

 しん、とした。

 ツッコミ担当のエリスンも、どこからつっこんで良いのかわからなかった。

「……名探偵、派手男……」

 とりあえず、そのインパクトの強すぎる名前をつぶやく。探偵というより怪人のセンスだ。

「私の著書を手に取ったことだけは、褒めてもいいな」

 まんざらでもない様子で、シャルロットはそんな感想だ。『名探偵の心意気〜真理編〜』、シャルロット=フォームスン著。限定三冊の自費出版。

「リオンは、怪盗はもうやめて、探偵としてまっとうに生きていくと約束してくれたんじゃ。これは、そのための第一歩なんじゃて」

 マリアンヌの言葉に、キャサリンは眉をひそめた。エリスンも、思い切り顔を歪めている。根本的な矛盾が生じていることに、気づいていないとでもいうのだろうか。

「ミーはこのブックを熟読しました……とてもためになりましたね。特に、ここ、これ! 『名探偵になるためには、華麗に事件を解決しなければならない。しかし、事件がない場合はどうすれば良いのか。そのときは、自ら、事件を起こせば良いのだ』──! もう、もうなんていうか、目からウロコ!」

 リオンは力説した。ああなるほど、とキャサリンは納得し、エリスンはふっと目頭を押さえた。つまり、この阿呆な探偵の被害者なのだ、彼も。

「愚かな」

 ふふん、とシャルロットは笑った。

「いくら名探偵になるためであろうとも、自ら事件を起こせば、それはただの犯罪者だ」

「────!」

 リオンはあまりの衝撃に、くらりとよろめいた。頭を抱え、自分がやってきたことを、思い出す。

「ほんとだ……!」

 納得してしまったらしい。

「……まったく、そんなことで、恋路を邪魔して欲しくないでちゅわ」

 突如、この場にはいないはずの声が割り込んできた。

「この声って──」

「誰かいるんですか?」

「ここでちゅ」

 ばさりとシャルロットのスカートを跳ね上げ、いかにも育ちの良さそうな少女が顔を出す。

「お久しぶりでちゅ、と、初めまちて。ケイティ=グリダンでちゅ──さ、そろそろ、お縄につきなちゃい、犯罪者ちゃん」

 にっこりと、ケイティは笑った。シャルロットとジョニー以外の、その場の全員が、事態が飲み込めずに目を丸くしている。

 スカートから出て来た、偉そうな少女。そして、その言動。

 いち早く、エリスンがはっとした。

 リオンがいっていたはずだ──どこかの令嬢の誘拐事件があった、と。

「まさか──」

 ケイティは、すうっと息を吸い込み、

「きゃ────! たちゅけて────!」

 小さな身体からは想像もできないほどの大音量で、叫んだ。

「突入ー!」

『らじゃー!』

 その声に応えるように、警官隊が押し寄せてくる。いつの間にか、小屋の外で待機していたようだ。何が起こったのかよくわからないでいるうちに、リオンはあっさりと捕獲され、縄で縛り上げられた。ケイティとエリスン、キャサリン──それに、被害者ということなのだろう、マリアンヌとジョニーが、複数の男たちに取り囲まれ、保護される形になる。

 警官隊の後ろから、二人の男が歩み出た。

「ご協力感謝します、名探偵どの!」

「さすがであります!」

 ウノム刑事と下っぱだ。なあに、とシャルロットは爽やかに笑う。

「──さて、派手男君。天下のグリダン家の令嬢をさらったんだ──それなりの罰は、覚悟しているだろうね?」

 やっと、リオンは、悟った。

 つまり、

「はめられた──!」

 しかし血の叫びもむなしく、連行されていった。

 名探偵、圧勝。

「……助けに来てくれるとは思わなかったわ」

 心からエリスンがいうと、シャルロットはいかにも心外そうに、眉を跳ね上げた。

「君の危機とあれば、どこにでもかけつける所存なのだがね」

 エリスンは絶句した。

 たっぷり十数秒の後、声をしぼりだす。

「…………よけい不安」



 





 舞台はフォームスン探偵社。

 大活躍のシャルロット=フォームスンは、満足そうに夕食を口に運ぶ。向かい側で助手が席を立ち、空ビンを手に台所へと消える。部屋の端では、すでに夕食を食べ終えたキャサリンとジョニーが、いちゃいちゃとティータイムを満喫している。

 と、こちらに気づくシャルロット。ナプキンで口を軽く拭い、ゆっくりと笑む。

「──やあ、みなさん、こんばんは。今回の活躍はいかがだったかな? 私は、エリスン君の作る夕食を食べる喜びを再認識しているところだよ。この、調味料を少しずつ間違えた感覚がまたいい。もちろん、褒めているのだ。本人にいうと、怒ってしまうのだがね。──む? 怪盗三面相……もとい、名探偵派手男はどうしたかって? 今度こそ捕まって、しばらくは出てこられないだろうな。出て来たとしても、グリダン家の圧力につぶされてしまうことだろう。なあに、私は自書のやり方を実践したまでだとも。ない事件は作ればいい。それに……一人でやる必要のないことは、しない主義でね。警察の方々に感謝しなくてはなるまい。──おっと、エリスン君が呼んでいるな。赤か白かだって? まったく、この料理なら赤に決まっているだろう。

 さあ、今回はこのあたりで失礼しよう。また、いつの日か、お会いできることを祈って──」

 席を立つシャルロット──暗転

 

 

  



最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


本当の意味での連載というのは初めてだったのですが、無事完結することができました。

アップするごとに、ちょこーっとずつアクセスがあったことに、とてもとても励まされました。

読んでくださった方々、心から感謝いたします。


調子に乗って続編とか書いてしまいましたが、書いて良かった。楽しかったです。

本当に、ありがとうございました!

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