story3 名探偵vs名探偵 3
──まったく、君はいつまでたっても半人前だね、エリスン君。
名探偵たるもの、常識に囚われているようではいけない。もちろん、助手も同様だ。
あり得ないものを消去していって、最後に残ったものこそが、真実なのだよ。
そう、つまり、私は人間ではないのだ。
考えてみたことはないかね?
人間は、かくも阿呆になれるものなのか。
人間は、かくも空気を読まずに生きていけるものなのか。
答えは、否!
私は人間ではない──シャルロット星から来た、シャルロット人なのだ!
おおっと、「人」とかつけたら人間になってしまうな……ふうむ、どうしたものか。
ではこうしよう、未知の生物「シャルロットーン」。
うむ、いい響きだ。
む? ははは、もちろん冗談さ。
何が冗談かって?
おやおや、そんなこともわからないのかね。
私が阿呆だとか空気が読めないだとか……壮大な冗談をいってしまったよ!
はっはっは──
「────!」
エリスンは目を開けた。
しかし、そこは暗闇だった。わけがわからないままに、ゆっくりと瞬く。だんだん闇に慣れてきた視界に、ぼんやりと鉄の柵が浮かび上がってきた。閉じこめられているらしい。
ひやりとした感触が、下から伝わってきている。寒い。動こうとして、自由が奪われていることに気づく。
「大丈夫ですか? ひどい汗……」
聞き慣れた声に隣を見ると、キャサリンが思案顔でこちらをのぞき込んできていた。ポケットからハンカチを取りだし、エリスンの額を拭う。
「え、ええ……なんだか、ひどく不快な夢を……」
「無理もないです、おかしな薬で眠らされて、こんなところに放り込まれて……」
キャサリンの言葉に、エリスンはうぅんと眉根を寄せた。それとは関係ない夢だったような。何かを激しくつっこもうとして目が覚めたような。
「ありがとうございます、もう大丈夫……って、あれー……なんか自由ですね」
自分だけ両手両足が縛られている。
「あ、すみません、わたしも気づいたのがさっきだったものですから……」
キャサリンは慌てて、ピンクの革靴のかかと部分をパチリと開けた。
中から、小さなナイフを取り出す。
「さ、どうぞ」
エリスンの縄を、こともなげに切った。
「…………、…………どうも」
考えるな、考えたら負けだ。
「ここは、一体どこなんでしょう……シャルロットさんも連れてこられたのでしょうか」
ナイフを元の場所に収納し、辺りを注意深く見回しながら、キャサリンが独り言のようにつぶやいた。エリスンも、改めて周囲に目をやる。
石造りの小さな部屋が鉄格子で仕切られており、キャサリンと二人、その一角に閉じこめられていた。試してみなくても、鉄格子の開閉部には大きな南京錠がぶら下がっており、自分たちでは出られないことは明白だ。その向こう側に階段があり、上から光が漏れてきている。
「地下牢……かしら。誘拐されたのだとして、普通に考えれば、シャルロットに手紙を送ってきたやつの仕業よね……」
エリスンの言葉に、キャサリンははっと目を見開いた。
「じゃあ、ジョニーもここに?」
「たぶん──」
「ジョニーはここにはおらんえ」
第三者の声に、二人は緊張した。
慌てて、手足が自由になったことを悟られまいと、体勢を取り繕う。見ると、ランタンを手にした老婆が、ゆっくりと降りてくるところだった。
老婆は二人の様子を確認し、面白そうに目を細めた。
「おやおや、勇敢なお嬢さんがた。縄など関係なしじゃったかの。逃げないというのなら、そこから出してもいいのじゃが、どうじゃ?」
足下に、縄の切れ端が転がっていた。エリスンは唇をきゅっと噛み、それでも気丈に老婆を見上げる。
「あなたね、シャルロットに手紙を送って、ジョニーさんやマリアンヌさんを……」
人差し指を突きつけようとして、止まった。
口を開けたまま、動けなくなる。
「……あれ?」
「どうしたんですか? ぎっくり腰?」
いかにも心配そうに、キャサリンが見当違いなことをいってきたが、エリスンはそれに構うどころではなかった。
目の前で、ランタンを手に、にやついている老婆。
見事な白髪を何本もの三つ編みに結い上げ、銀ラメ入りの紫ワンピースを着こなす、その姿。
一度見たら、忘れられるはずもない──
「──マリアンヌさん?」
「ひゃっひゃっ。久しぶりじゃのう」
老婆は、肩を揺らして、おかしそうに笑う。マリアンヌ──かつて、ジョニーに文字を教え、いまは誘拐されているはずの、元気いっぱい動物大好きお婆ちゃんだ。
「マリアンヌさん? この奇抜なお婆さんがですか? 誘拐されたんじゃあ……」
「そっちのピンクのお嬢さんは、初めましてじゃの。ジョニーのコレかね、コレ」
マリアンヌはにやつきながら、小指を立てる。古い。
「それです」
キャサリンは真面目に肯定した。
「マリアンヌさん……これは、どういうことですの? 逃げませんから、ここから出してください。事情を聞かせてもらいます」
「事情もなにも、孫の頼みとあっては断れんじゃろうて。危害は加えんけ、おとなしくしちょり」
あっさり南京錠をはずす。エリスンとキャサリンは、マリアンヌに促されるままに、身をかがめて牢から出た。
「……孫?」
「だれなんです?」
二人がそろって問うが、それには答えず、ひょいひょいを階段を上っていく。顔を見合わせながらも、とりあえず後に続いた。
四角く切り取られたような出入り口から顔を出すと、そこはマリアンヌの小屋の中だった。なんのことはない、ラグの下に、地下への入り口が隠されていたようだ。
「不肖の孫じゃ。探偵のお嬢さんは、会ったことがあるじゃろ?」
テーブルチェアに腰かけていたのは、金髪の、一目でそうとわかる美男子だった。すらりと背が高く、引き締まった体つき。何やら打ち震えるようにして、テーブルに両手をついている。
彼は、マリアンヌに気づくと、怒ったように振り返った。
「グランマ! ミーのオムライスがオールレディなくなっているのであるが、それについてはどう──」
怒りにまかせてどなったものの、二人の存在に気づく。彼は、眉を上げ、大げさに両手を広げた。ッピュー、と口笛を一つ。
「──おやおや、これはこれはレディたち、アイグラッチューシーユー」
立ち上がり、すっとお辞儀をする。
エリスンは、いまとなっては、なぜあの手紙の主が誰だかわからなかったのか、不思議でならなかった。
唖然としながら、震える指で金髪男を指す。
「あ、あなた……!」
「いかにも、ミーの名は──」
「ジョニーはどこですかっ?」
名乗ろうとした金髪男の胸ぐらをつかみ、キャサリンが力の限り揺さぶった。
金髪男はがっくんがっくんとなりながらも、どうにかテーブルの向こう側を指さす。キッチンの方向だ。
「ジョニーっ?」
ポイと男を投げ捨て、キャサリンはそちらへ走り寄る。金髪男は床に熱烈なキッスをし、そのまま動かなくなった。
「……大丈夫ですか?」
一応聞いてみた。動く気配はない。放っておいて、エリスンもキッチンへ回り込む。
「──!」
鋭い悲鳴を上げ、キャサリンがよろめいた。その背中を支えながら、エリスンも彼女の指す方向に目をやる。
床に散らばった食料をあさる、二つの白い球体。ふわふわもこもこのそれは、気配に気づいたのか、そろって振り返った。
「ヒュイ?」
「ヒュイ?」
「なんてこと──!」
二匹は、三角のサングラスをかけていた。かわいらしさ大幅ダウン。
「何がそんなにショックなんです? 確かに、ファッション的にはどうかと思いますが──」
「あなたたち、わたしのジョニーに、一体何をしたんですっ?」
エリスンの問いには答えず、キャサリンはマリアンヌを睨んだ。マリアンヌはひゃっひゃっと笑う。
「ちょっと操らせてもらってるだけじゃえ。ジョニーとマイケルには、協力してもらおうと思ってのう。儂に怒らんと、文句は孫にいっとくれ」
「……一目で操られてるってわかったんですか?」
エリスンにはそっちの方が疑問だったが、キャサリンはいわれるままに金髪男に文句をいい始めていた。ヒトデナシ、とかいいながら、力の限り踏んづけている。こうなってしまうと、どちらに同情すればいいのか微妙なラインだ。
「とにかく、これで、うかつには逃げ出せなくなったってことだわ……シャルロット、助けに来てくれ……………………るわけがない……」
くれるかしら、といいたかったのだが、独り言さえも現実的に自重。
エリスンはうなだれた。もう、一人でも逃げちゃおうかな、とか思いながら。
シャルロットは、道の真ん中で、腕を組んで突っ立っていた。
とりあえず、馬車に乗って街まで戻ってきた。戻ってきたものの、これからどうするべきか。
本当は、何をするかはもう決めていた。
あとは、行動あるのみだ。
「あのう……道の真ん中に立ってられると、邪魔なんですけんどもねぇ」
善良そうな市民に声をかけられ、はっはっはっいや失礼、とその場を退く。
ちょっと考えて、おなかがすいたので、カフェに入ることにした。
注文しようとして、今朝食べたばかりなのに、エリスンヌが恋しくなった。あの、複雑な味。
「……こうもはっきりとケンカを売られた以上、買うしかあるまい」
誰にも聞こえないぐらいの声で、ぼそりとつぶやいた。