表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

story3 名探偵vs名探偵 3

 

 ──まったく、君はいつまでたっても半人前だね、エリスン君。

   名探偵たるもの、常識に囚われているようではいけない。もちろん、助手も同様だ。

   あり得ないものを消去していって、最後に残ったものこそが、真実なのだよ。

   そう、つまり、私は人間ではないのだ。

   考えてみたことはないかね?

   人間は、かくも阿呆になれるものなのか。

   人間は、かくも空気を読まずに生きていけるものなのか。

   答えは、否!

   私は人間ではない──シャルロット星から来た、シャルロット人なのだ!

   おおっと、「人」とかつけたら人間になってしまうな……ふうむ、どうしたものか。

   ではこうしよう、未知の生物「シャルロットーン」。

   うむ、いい響きだ。

   む? ははは、もちろん冗談さ。

   何が冗談かって?

   おやおや、そんなこともわからないのかね。

   私が阿呆だとか空気が読めないだとか……壮大な冗談をいってしまったよ! 

   はっはっは──



「────!」

 エリスンは目を開けた。

 しかし、そこは暗闇だった。わけがわからないままに、ゆっくりと瞬く。だんだん闇に慣れてきた視界に、ぼんやりと鉄の柵が浮かび上がってきた。閉じこめられているらしい。

 ひやりとした感触が、下から伝わってきている。寒い。動こうとして、自由が奪われていることに気づく。

「大丈夫ですか? ひどい汗……」

 聞き慣れた声に隣を見ると、キャサリンが思案顔でこちらをのぞき込んできていた。ポケットからハンカチを取りだし、エリスンの額を拭う。

「え、ええ……なんだか、ひどく不快な夢を……」

「無理もないです、おかしな薬で眠らされて、こんなところに放り込まれて……」

 キャサリンの言葉に、エリスンはうぅんと眉根を寄せた。それとは関係ない夢だったような。何かを激しくつっこもうとして目が覚めたような。

「ありがとうございます、もう大丈夫……って、あれー……なんか自由ですね」

 自分だけ両手両足が縛られている。

「あ、すみません、わたしも気づいたのがさっきだったものですから……」

 キャサリンは慌てて、ピンクの革靴のかかと部分をパチリと開けた。

 中から、小さなナイフを取り出す。

「さ、どうぞ」

 エリスンの縄を、こともなげに切った。

「…………、…………どうも」

 考えるな、考えたら負けだ。

「ここは、一体どこなんでしょう……シャルロットさんも連れてこられたのでしょうか」

 ナイフを元の場所に収納し、辺りを注意深く見回しながら、キャサリンが独り言のようにつぶやいた。エリスンも、改めて周囲に目をやる。

 石造りの小さな部屋が鉄格子で仕切られており、キャサリンと二人、その一角に閉じこめられていた。試してみなくても、鉄格子の開閉部には大きな南京錠がぶら下がっており、自分たちでは出られないことは明白だ。その向こう側に階段があり、上から光が漏れてきている。

「地下牢……かしら。誘拐されたのだとして、普通に考えれば、シャルロットに手紙を送ってきたやつの仕業よね……」

 エリスンの言葉に、キャサリンははっと目を見開いた。

「じゃあ、ジョニーもここに?」

「たぶん──」

「ジョニーはここにはおらんえ」

 第三者の声に、二人は緊張した。

 慌てて、手足が自由になったことを悟られまいと、体勢を取り繕う。見ると、ランタンを手にした老婆が、ゆっくりと降りてくるところだった。

 老婆は二人の様子を確認し、面白そうに目を細めた。

「おやおや、勇敢なお嬢さんがた。縄など関係なしじゃったかの。逃げないというのなら、そこから出してもいいのじゃが、どうじゃ?」

 足下に、縄の切れ端が転がっていた。エリスンは唇をきゅっと噛み、それでも気丈に老婆を見上げる。

「あなたね、シャルロットに手紙を送って、ジョニーさんやマリアンヌさんを……」

 人差し指を突きつけようとして、止まった。

 口を開けたまま、動けなくなる。

「……あれ?」

「どうしたんですか? ぎっくり腰?」

 いかにも心配そうに、キャサリンが見当違いなことをいってきたが、エリスンはそれに構うどころではなかった。

 目の前で、ランタンを手に、にやついている老婆。

 見事な白髪を何本もの三つ編みに結い上げ、銀ラメ入りの紫ワンピースを着こなす、その姿。

 一度見たら、忘れられるはずもない──

「──マリアンヌさん?」

「ひゃっひゃっ。久しぶりじゃのう」

 老婆は、肩を揺らして、おかしそうに笑う。マリアンヌ──かつて、ジョニーに文字を教え、いまは誘拐されているはずの、元気いっぱい動物大好きお婆ちゃんだ。

「マリアンヌさん? この奇抜なお婆さんがですか? 誘拐されたんじゃあ……」

「そっちのピンクのお嬢さんは、初めましてじゃの。ジョニーのコレかね、コレ」

 マリアンヌはにやつきながら、小指を立てる。古い。

「それです」 

 キャサリンは真面目に肯定した。

「マリアンヌさん……これは、どういうことですの? 逃げませんから、ここから出してください。事情を聞かせてもらいます」

「事情もなにも、孫の頼みとあっては断れんじゃろうて。危害は加えんけ、おとなしくしちょり」

 あっさり南京錠をはずす。エリスンとキャサリンは、マリアンヌに促されるままに、身をかがめて牢から出た。

「……孫?」

「だれなんです?」

 二人がそろって問うが、それには答えず、ひょいひょいを階段を上っていく。顔を見合わせながらも、とりあえず後に続いた。

 四角く切り取られたような出入り口から顔を出すと、そこはマリアンヌの小屋の中だった。なんのことはない、ラグの下に、地下への入り口が隠されていたようだ。

「不肖の孫じゃ。探偵のお嬢さんは、会ったことがあるじゃろ?」

 テーブルチェアに腰かけていたのは、金髪の、一目でそうとわかる美男子だった。すらりと背が高く、引き締まった体つき。何やら打ち震えるようにして、テーブルに両手をついている。

 彼は、マリアンヌに気づくと、怒ったように振り返った。

「グランマ! ミーのオムライスがオールレディなくなっているのであるが、それについてはどう──」

 怒りにまかせてどなったものの、二人の存在に気づく。彼は、眉を上げ、大げさに両手を広げた。ッピュー、と口笛を一つ。

「──おやおや、これはこれはレディたち、アイグラッチューシーユー」

 立ち上がり、すっとお辞儀をする。

 エリスンは、いまとなっては、なぜあの手紙の主が誰だかわからなかったのか、不思議でならなかった。

 唖然としながら、震える指で金髪男を指す。

「あ、あなた……!」

「いかにも、ミーの名は──」

「ジョニーはどこですかっ?」

 名乗ろうとした金髪男の胸ぐらをつかみ、キャサリンが力の限り揺さぶった。

 金髪男はがっくんがっくんとなりながらも、どうにかテーブルの向こう側を指さす。キッチンの方向だ。

「ジョニーっ?」

 ポイと男を投げ捨て、キャサリンはそちらへ走り寄る。金髪男は床に熱烈なキッスをし、そのまま動かなくなった。

「……大丈夫ですか?」

 一応聞いてみた。動く気配はない。放っておいて、エリスンもキッチンへ回り込む。

「──!」

 鋭い悲鳴を上げ、キャサリンがよろめいた。その背中を支えながら、エリスンも彼女の指す方向に目をやる。

 床に散らばった食料をあさる、二つの白い球体。ふわふわもこもこのそれは、気配に気づいたのか、そろって振り返った。

「ヒュイ?」

「ヒュイ?」

「なんてこと──!」

 二匹は、三角のサングラスをかけていた。かわいらしさ大幅ダウン。

「何がそんなにショックなんです? 確かに、ファッション的にはどうかと思いますが──」

「あなたたち、わたしのジョニーに、一体何をしたんですっ?」

 エリスンの問いには答えず、キャサリンはマリアンヌを睨んだ。マリアンヌはひゃっひゃっと笑う。

「ちょっと操らせてもらってるだけじゃえ。ジョニーとマイケルには、協力してもらおうと思ってのう。儂に怒らんと、文句は孫にいっとくれ」

「……一目で操られてるってわかったんですか?」

 エリスンにはそっちの方が疑問だったが、キャサリンはいわれるままに金髪男に文句をいい始めていた。ヒトデナシ、とかいいながら、力の限り踏んづけている。こうなってしまうと、どちらに同情すればいいのか微妙なラインだ。

「とにかく、これで、うかつには逃げ出せなくなったってことだわ……シャルロット、助けに来てくれ……………………るわけがない……」

 くれるかしら、といいたかったのだが、独り言さえも現実的に自重。

 エリスンはうなだれた。もう、一人でも逃げちゃおうかな、とか思いながら。

     


 シャルロットは、道の真ん中で、腕を組んで突っ立っていた。

 とりあえず、馬車に乗って街まで戻ってきた。戻ってきたものの、これからどうするべきか。

 本当は、何をするかはもう決めていた。

 あとは、行動あるのみだ。

「あのう……道の真ん中に立ってられると、邪魔なんですけんどもねぇ」

 善良そうな市民に声をかけられ、はっはっはっいや失礼、とその場を退く。

 ちょっと考えて、おなかがすいたので、カフェに入ることにした。

 注文しようとして、今朝食べたばかりなのに、エリスンヌが恋しくなった。あの、複雑な味。

「……こうもはっきりとケンカを売られた以上、買うしかあるまい」

 誰にも聞こえないぐらいの声で、ぼそりとつぶやいた。

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ