story3 名探偵vs名探偵 1
やっと更新ですが、掟破りに続きモノ。
※いままでの五話分を読んでいないと、ちょっとわかりにくいかも知れません。
「ラブレターが届いてるわよ」
いつものフォームスン探偵社。いつもどおり仕事もなく、でもいつもどおり特に気にせず、いつものエリスンヌでティータイムをしていたシャルロットに、エリスンがつい、と封筒を差し出した。
その白い封筒には、確かにハートマークが描かれていた。これでもかとラブレター仕様だ。
シャルロットは、ふふんと鼻を鳴らした。悠然と、見せびらかすようにラブレターを受け取る。
封筒の端をつまんで、ビリビリと開封。右手の切れ端と、左手の封筒とを見て、しばし思案。
「ラブレターが……」
「ヤブレターって? ラブレターがヤブレターって? いう? いうつもりなの?」
「ハハハいやまさか」
何かの使命感にかられていたシャルロットだったが、カラ笑いでごまかすと、封筒のなかから白い便せんを引き出した。
『いまから十分以内に同じ内容の手紙を一億六千万人に送らなければ、愛するラバーを失うことになるで候』
「──! こ、これは!」
「呪いの手紙だわ!」
二人は戦慄した。すぐにアイコンタクトを交わし、いつになく俊敏に行動を開始する。シャルロットはデスクから万年筆を二本取り出した。エリスンは三階へ駆け上がり、ありとあらゆるレターセットを手に戻ってきた。
「エリスン君……!」
「わかってるわ、シャルロット!」
そして二人は頑張った。
──十分後、気づいた。
「……これって、不可能なんじゃないかしら」
「奇遇だね、エリスン君。私も同じことを思っていたところだ」
テーブルの上には、九枚の完成された便せん。シャルロット、三枚。エリスン、六枚。シャルロットの方は、妙に字が綺麗だ。
シャルロットは、気分を落ち着かせようと、パイプに火をつけた。できるだけゆっくり吸い込み、ふーと吐き出す。
もう一度封筒を手に取り、覗いてみる。もう一枚、便せんが入っていた。
『ハッハン、一億六千万も書けなかったでございましょ。ザマミロブタのケツー。つまりユーは、すでに愛するラバーを失っているということであるよ』
さすがに、イラっとした。
「……明らかにケンカ売られてるわよ。どうするの、シャルロット」
他にも何か入っていないか確認するが、その二枚だけのようだ。シャルロットは、文面にもう一度目を通し、肩をすくめた。
「とはいえ、実害があったわけでもないしな。程度の低いイタズラだろう。気にすることはない」
そのまま、ゴミ箱へ捨てようとする。
「た、た、大変です──!」
まさにそのとき、おなじみのピンクワンピースが、呼び鈴も鳴らさずに探偵社に飛び込んできた。
泣きそうな声で叫び、よほど急いで来たのだろう、ぜえぜえと息をするのがやっとで、続きが言葉にならない。
「どうかなさったんですか?」
背中をさすってやりながらエリスンが問うと、キャサリンは急にしゃくり上げ始めた。そのまま床にぺたりと座り、両手で顔を覆うと、わっと泣き出す。
「キャサリンさん、とにかく、落ち着いてください。……今日は、ジョニーさんの姿が見えないようですが?」
できるだけやんわりと、シャルロットが問う。キャサリンは、涙を拭いながら、切れ切れに告げた。
「ジ、ジョニーと、いつものように、デートをしていたんですが……、さっき……目の、目の前で……」
「目の目の前……ふむ、誰の目の目の前かな?」
「違うわよシャルロット、キャサリンさんの目の、目の目の前……あら?」
二人は二人なりに心配しているのだが、着眼点が完全に的をはずしている。
しかし、キャサリンにはそのことについてもの申すほどの余裕はないようだった。懸命に落ち着こうと息を吸い込み、震える唇で、はっきりと告げた。
「さらわれてしまったんです──!」
二人の頭のなかで、ぱりーんと皿が割れた。
そのまましばらく沈黙し、顔を見合わせる。
「さら……われた?」
それは確かに大事件だ。
大事件だが、誰が好きこのんであの生物をさらうというのだろう。もしやマリアンヌ?
キャサリンは顔を上げ、シャルロットの手をがっしりと掴んだ。
「ジョニーを連れ去った人物が、シャルロット君によろしく、と……」
二人ははっとした。まだシャルロットの右手に握られていた、ハートマークが眩しい封筒に視線を移した。
『すでに愛するラバーを失っているということであるよ』──あの文面が、否応なく、脳裏に蘇る。
「いやいやいや」
「ないないない」
そろって否定する。なぜジョニー。
「お願いです、ジョニーを、ジョニーを助けてください……!」
とはいえ、探偵サイドも、なじみ客であるバカップルも、何かの事件に巻き込まれてしまったことは確かなようであった。
「まず、状況を整理しましょう。キャサリンさん、犯人の姿を見たんですよね? 特徴など、覚えているところで、教えていただけませんか」
助けに行こうにも、どこに行けばいいかもわからないので、とりあえずティータイムで落ち着くことにした。さすがに今日はキャサリンの手みやげ菓子もなかったが、とはいえ、菓子を食べながら談笑するような状況でもない。
「特徴、ですか……自信がありませんが……」
落ち込んだ様子の隠せないキャサリンだったが、それでも前向きに動こうと決意をしたようだ。オロオロするのはやめて、懸命に記憶を探る。
「ええと……そうですね、背はシャルロットさんぐらいか……もう少し、高かったかもしれません。ほっそりしていたと思います。声の様子からは、男性の方だと」
「ふむふむ」
エリスンは先ほどの便せんの裏側に、すらすらとペンを走らせる。特徴を書き出すのではなく、似顔絵を描こうとしているらしい。
「……エリスン君、その漫画タッチな絵はどうかな」
「文句があるならシャルロットも描きなさいよ」
エリスンは、便せんと万年筆をシャルロットの前に置いた。
「いいだろう」
負けず嫌いなシャルロットも参戦する。
「……覆面はしていませんでした。金髪で……一般的には美男子の域に入るのではないかと」
「美男子、美男子ね」
「覆面もしないとは、いまどき前向きな青年だな」
熱心にペンを動かす。二人とも、キャサリンが一般的な美意識を持ち合わせていることに実は驚いたりしたのだが、そういうことはつっこまないようにしている。
「あとは……そうですね、ああ、そう、きらきらしたエメラルドグリーンのマントをしていました。服も全体的に派手だったような。覚えていることはこれぐらいです」
その情報が最後にくることが不思議極まりなかったが、ともかく、二人は似顔絵を完成させた。
「できたわ!」
「うむ、描けたな」
エリスンの手による似顔絵はやたら目がきらきらしたハンサムボーイにできあがっていた。巷で流行している恋愛小説の挿絵のようだ。異様に足が長く(胴体の倍はある)、尻がきゅっと小さい。
シャルロットの方はというと、なぜか喧嘩番長のようなごっつぁん青年が、紙面が足りないとばかりに躍動感溢れる様子で描かれていた。下駄を履き、何かの草をくわえている。しゃくれ顎。
「まあ、おふたりとも、絵がお上手ですねー」
のほほんとした感想。「似てる」とは言わない。
「あと何か、思い当たることはありませんか」
「ちょっと待ってシャルロット、『シャルロット君によろしく』っていったんだったら、あなたの知り合いなんじゃないの?」
エリスンの指摘に、ふむ、とシャルロットは腕を組んだ。自ら描きあげた喧嘩番長に視線を落とし、
「こんなしゃくれた顎の知り合いはいないが」
さらりといいきった。
「なんで判断基準を自分の絵におくのよ、こっちよ、こっち」
エリスンが、もーしょーがないなー、といった様子で自分の絵をびらりと見せる。
「そんな人外さながらに足の長い知り合いもいないな」
「そうなの? じゃあ、逆恨みってことかしら……」
助手が正論で探偵を引っぱっていくように見せかけて、実は二人ともだめだというこの状況。
「困りましたね……」
そしてそれに客もつっこまないというこの状況。
いつもなら、ジョニーがヒュイヒュイとつっこんでくれそうなものなのだが、そういうわけにもいかない。
「ああ、そういえば──」
ぽん、と手を打って、キャサリンは手提げバッグから封筒を取りだした。
「──これ、その犯人さんからのお手紙です。うっかりしていました」
「おお、それは素晴らしい」
「見せて見せて」
うっかりにもほどがある。
受け取ってみると、それはハートマークの描かれた白い封筒だった。明らかに、探偵社に届けられたものと同じだ。
びりびりと開封し、便せんを取り出す。
『愛するラバーを返して欲しくば、ディンドンの森まで来るが良いであろう』
「ディンドンの森……」
町はずれにある森だ。ちょっと遠い。
シャルロットはパイプに火を灯し、ぷはーと息を吐き出した。
「やることは決まったな。すぐにディンドンの森へ行こう」
もちろん馬車で、と付け加えた。
*
馬車に揺られること十数分。
ディンドンの森に到着したシャルロットとエリスン──それに、どうしてもついてくるといって聞かなかったキャサリンの三人は、森の入り口にあるアーチを見上げていた。
どう見てもアーチだ。
ウェルカム、と書いてある。
「……こんなアーチ、前からあったかしら」
ぽつり、とエリスンがつぶやく。そもそも、あまり人の訪れない森だ。隣町へ抜けるために通り抜けることはあれど、この森そのものを目的としてやってくる者などほとんどいないだろう。少なくとも、ウェルカムされるほどではない。
「これ、比較的新しそうですよ。犯人の罠ではないでしょうか? わたしたちを待ち伏せしているとか、そういった類の」
探偵でも助手でもないキャサリンが、いちばんそれっぽいことをいった。
負けていられないと、これ見よがしにシャルロットが咳払いを一つ。
「それはどうかな、キャサリンさん。比較的新しいのであれば、なくてはならないものがある──そう、このアーチには、『ペンキ塗りたて』の張り紙がないのだ! ということは、これは少なくともペンキが乾くだけの間ここにあったということだ。はっはっは」
「す、すみません、わたしったら素人考えで差し出がましいことを」
オロオロしだすキャサリンの肩に、エリスンがそっと手を乗せた。
「キャサリンさん、差し出がましいのはむしろシャルロットよ。もういっそ存在が差し出がましいわ」
「あ、そうですよね、よかった」
無意識に人を傷つけるタイプ。
「出る杭は打たれるとはよくいったものだ! はっはっは!」
しかし探偵は無敵だ。ぷっはーとパイプを吹かし、恐れることなくアーチをくぐった。
「ともかく進まないことには、ジョニーさんが取り戻せない。行こうではないか」
リーダーらしく先導されてしまったので、二人もおとなしく後に続いた。