6話
目の前の悪友ー真田真琴はスケベ親父みたく目でにんまり笑ってる。
怖〜よ!
「大丈夫よさくら」
「真琴、それって何かヤバい大人が幼気な子供に犯罪行為をしているみたいに聞こえるんだけど」
「あ…やっぱり?」
こ、こいつ…本当にそんな感じで頭の中でシュミレーションしてたんだ…。
「真琴…あんたってば、やっぱ危ないヤツ」
そうさくらが言えば、呆れるほど綺麗な笑みで『ありがと』と片言のフランス語で返された。
「でもね、恋に臆病なさくらに魔法使いの私が直々に魔法をかけてあげようじゃないの。だから、大人しく魔法にかかりなさい。はい、後ろを向いて」
ビビビバビデブなんて言うのか?
魔法って、真琴…私はそんな夢を見るよな可愛い年齢じゃないのに。
そう思って真琴の方を振り向けば、さくらのつんと上に向いた鼻の頭に人差し指を置いた。
「え?」
「さあ、楽しい魔法の時間の始まり」
少し言葉は違うが、これってルッソが初めてのお披露目で緊張していたさくらにかけてくれてた魔法の言葉だ。
それからさくらは真琴から『さくら改造計画プロジェクト』なる物のスタッフを次々と紹介された。
その人数、5名。
憶えらんねーよ。自慢じゃないが私は仕事以外で会った人の名前を憶えるのは苦手だ。仕事の場合はお給料が関わって来るから、全身全霊で頭に叩き込むけどさ。
それを一度真琴に話したら、「さくら、あんたってばどこか抜けてるって思ってたけど、本当に天然だったんだね」なんて呆れられた。
「…ってことだから、お〜い戻って来〜い!」
両方のほっぺたをふにぃ〜と摘まれ、ハッとした。
「あんたねー、また精神だけどこかにワープしてたでしょ?」
「あ…」
「人の名前を憶えるのが苦手なさくらだからな〜。でも今回は嫌でも憶えられるよ」
アリスのチャシャネコみたくニィ〜っと笑った真琴に、恐怖を感じた。
自慢じゃないが、確かに私は真琴が言うように人の名前を憶えるは苦手だ。そのくせ、学生の時の得意科目は古代史、美術史、近代史とか結構人の名前を憶えなきゃなんない科目が得意だった。
それって結構自分でも矛盾してるってわかってる。
「じゃあ、紹介するわね。右からケン、ショウ、タケル、ミナト、レイ。言っておくけど、この人達はみんな女だから」
「へ?」
何処をどう見たって、男にしか見えないんだけど?
「あ、あのー真琴さん? それって皆さんがオナベってことなのかしら?」
さくらの言葉に肩を震わせる美男達5人。そんなにウケること言ったかな?
「あーそれも違う。彼女達は歴とした役者なの。ただ、男役の人達ばかり。だからね彼らを呼ぶ時は役の名前で呼んで欲しいの」
そう真琴に言われて改めて目の前にずらりと並んだ彼女達…いや彼らを見たけど、確かにそう言われれば、男にしては顔がキレイすぎるし、のど仏もない。身長は私よりも遥かに高い。
それに、名前だってバービーかリカちゃん人形の彼氏かよって感じの名前ばっかり。
「わかった」
「素直でよろしい。んじゃあ、この5人にしっかり体調管理させてもらいなさいよ。あ…ローテーションで1人は必ずあんたの家に泊まる事になってるから」
「え…いいよ「そうしないとあんたはご飯作るのメンドーとか言って、栄養ゼリーで済ませて、ろくに食べないでしょ」
さすがは親友、よくわかってらっしゃる。
う…って言葉に詰まれば、この日はケンさんが私の家に残ってくれた。
「では一緒にお食事を作りましょう」
「はい…」
ケンさんの流し目でそう言われれば、もう聞くしか無いでしょ。
この夜は、食事になれていないお腹がびっくりしないようにと薬膳粥。
食事の後は30分ほどのストレッチをして汗を流した。
ストレッチって言えばそうなんだけど、ケンさんが言うにはこれはラジオ体操のスローバージョンなんだとか。だからか…結構憶えやすい動きだって思ってたんだよね〜って返せば、ケンさんから「本当にさくらさんは可愛いですね」なんて言われてしまった。
思わず、顔が赤面よ。ケンさんってば、男前なんだもん。
さくらは心の中で「私ってば、もしかして百合だったのかしら」と悩み始めていた。
「さくらさん。さっきから心の声がタダモレですよ」
男前のケンさんにクスクスと笑われてしまった。
さすがに風呂には一緒に入らなかったけど、(当たり前だ!)風呂上がりのストレッチも教えてもらって、ケンさんの動きをお手本に固い身体を必死に伸ばしていた。
次の日はショウさん、そしてタケルさん、ミナトさんにレイさんと日替わりで私のダイエットのバックアップをしてくれた。
もう大丈夫ですって何度も彼らが家に泊まるのを阻止しようとしたけど、その度に「ここで私が引いたら、さくらさんは元の生活スタイルに戻りますよ。それは真田さんとの契約に反しますから無理です。諦めて下さい」
そう畳み込まれてしまった。
こんな日が毎日続くとあら不思議。
身体って正直なのね。今までどんな下剤を飲んでも腹を下すことなんてなかったさくらの頑固な便秘もすっかり解消されて行った。
規則正しい食生活とストレッチで身体の中の老廃物が排出されたんだろう。
毎朝、快便だ。
変な同居生活も3ヶ月続くと、身体も軽くなって来た。
最初の週に体重計に乗ろうとしたさくらは、ケンに止められた。
ケンが言うには、体重計に乗って体重を管理するのならいいが、凝る人にはそれで拒食症に走りやすくなるから、ここに自分達が来た時点で体重計に乗るのは、1ヶ月に1度だけだと制限された。
確かにケンさんに言われて、ダイエットに励んでた頃は毎日朝と夕の2回しっかり乗ってた。そして毎回落胆して、自暴自棄になってやけ食いするって言うパターンだったわ…。
経過報告もあって、この日は久々に真琴に会う日だ。
「あら、さくら。顔色がすっかり良くなってるじゃないの。それに瞼に乗っかってたお肉もスッキリして来てるし」
「真琴…それって、言いように寄っては以前の私の顔がオタフクだったって言ってるようなもんだよね」
「そうよ。だって本当だもん。でも3ヶ月も経てば流石に体型も変わって来てるわね」
「うん。もう毎朝快便よ」
そう真琴に告げると当たり前だと笑われちゃった。
「そりゃ〜あんたみたいに夜中まで起きてます。睡眠時間は6時間もいりません。食事は栄養ゼリーとドリンクで繋いでます。夜中に目が覚めたら焼き肉食べます。アイスもケーキもペロリでーす。なんてのを続けてたら、太るの当たり前でしょ。その上、運動キライだしね。そんなんだったら出るもんも出ないわよ。それってね、身体が省エネ化してんのよ。身体の中に入った栄養分を残らず貯蓄しちゃえってね。まあ所謂飢餓状態だわねそれって。それを直すためには、あんたのダラケタ食生活を正すことが必要だったのよ。面倒くさがりのさくらに1人でやれなんて言えば、3日も続けば良い方でしょ。だから今回真田商事がスポンサーをしている劇団の女優を使ったのよ。まあ、最低でも後1ヶ月は彼らの監視が着くから。覚悟しなさいよ」
物凄い言われようだ。
ここで反撃でもすれば、真琴のことだ。絶対、監視期間延ばすに決まってる。
不満はあるけど…。
(だって、マンションで日替わりで男を連れ込んでるって有閑マダム達に噂されてんですけど…)
ここは後1ヶ月の我慢だと自分に言い聞かせるさくらの笑顔は引き攣かせるとがっくりと項垂れた。
痩せ始めてから、男性社員達からも何となく声をかけられるようになったけど、それさえも普通に返事出来るようになった。
これって監視生活のお陰かも。
なんせ、ケンさん達から毎日のように砂を吐くような甘い言葉で囁かれれば、いくら真琴から『お子ちゃまのさくら』って言われる私でもでも免疫は着きます。
外見が変わると内面も変わって来たみたいで、自分に自信がついて来た。
今まではどんな嫌がらせを受けても、自分だけが我慢すれば円滑にことが済むんだからって思ってた。だから坂本さんからの嫌がらせに拍車がかかって来たんだろう。
この日もいつもみたく、やって来たよ。
あの2人がね。
「これ、纏めてくれる?」
どさって置いてく書類は、朝礼の時に部長から坂本さんに依頼した仕事内容だ。
「無理です。自分でやって下さい」
「なっ!!あんたは無駄口を叩いてないで、私の言う通りにやれば良いのよ。自分の企画が通ったからって何息巻いてんのよ。あんたも企画を思いついたんなら、私の名前で通して…」
あら、まあ…本音が出ちゃいましたね。しかも大声だし。周りの男性社員達も目を剥いてますよ。
だって彼らには「部下思いの優しい先輩」だって思われているみたいだしね。
これは部長が坂本さんに依頼した物ですよね、
周りから「ひっでぇ」とか言われてますよ。
その内に部長が帰って来て、あらあら「坂本さん。ちょっと良いかな」なんて呼び出しを食らっているし。
この日から坂本さんは二度とさくらに雑用を押し付けなくなった。
気分が良い日は、つい弾きたくなる。
この日から無人の資料室からヴァイオリンの音が聞こえるようになり、お化け騒動になったと言うのは別の話。
ラジオ体操って、ゆっくりやるとキツイって初めて知りました。
あれって、小学生の頃はイヤイヤやらされてたけど、結構ヨガっぽいし、夜寝る前にやると次の日には身体がすっきりします。
さすがに、30分も時間はかけないけどね。せいぜい15分ほどです。
本当にゆっくり目でやるので、筋肉が〜!!って感じですね。
お勧めです。