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5話 加筆

『ゆーびきりげーんまん、うーそついたーら、はーりせんぼーん、のーます♪』


10歳の少女と指切りゲンマンしている巨匠ルッソは笑いながら、少女に神妙な顔で耳打ちして来た。


『ティンク。本当にハリを千本も飲むのかい?』


ルッソの真面目な問いに、少女は笑いながらも首を横に振る。


『ちがうよ。アラジンの魔法のランプと一緒なの。キンチョーしない呪文だってママが言ってたよ』


本当は違うが。

ルッソもそれを知ってたのだろう、彼がクスッと笑うとじゃあ、僕がいつも使っている緊張しないおまじないをティンクだけに教えてあげるから、耳を貸してって言われた。


『? ルッソ、悪いけどティンクの耳は外せないから無理〜』


真剣な表情でそう言えばルッソは笑ってた。


『魔法使いが魔法をかけるよ。さあ、楽しい音楽の時間(魔法)が始まりますよ』




1984年8月ザルツブルク、オーストリア。

 嵐のような拍手の中に現れた一人の少女。まだ幼さが残る少女ははにかみながらも、ドレスの裾を少し持つと腰を落とし、お辞儀をしてる。こんな少女が本当に弾けるのか?とざわつくコンサートホールに鳥のさえずりのように明るく歌うピッコロの音を合図に演奏が始まる。バイオリンを構えた少女は5分前にそこにいた少女とは全く違う雰囲気を醸し出していた。演奏の最中、観客達の中には興奮してハンカチを握りしめる者や、こぼれ落ちる涙をそのままにしている者、悔しそうに下を見ている者も。それぞれの思いがこのミュージックホールを包み込んだ。



まるで色あせたコマ送りの映像のように流れてく。






あ…夢か…。

もう忘れたと思ったはずだったのに…、何で夢にまで出て来るのよ。

あれから、坂本&山田コンビの嫌がらせと言う名の行為はずっと続いている。奴らも狡猾だから、課長や部長の前だといつもはさくらに押し付けて来る雑用もさっとこなしている。だが、一度課長達が席を外せば、待ってましたと言わんばかりにさくらに仕事を持って来るのだ。それも昼前の直前とか。

お陰で、ここ2ヶ月ほど早朝出勤で自分の担当の仕事をしなければならなくなった。

お腹が空くけど、ペットボトルの水や、栄養ドリンクを飲んで誤摩化したりしてる。毎日帰宅する頃には、もう…食事なんて作ってらんない。

だから、お風呂に入ってバタンキュー。

そんな毎日が続いていたから、昨夜真琴が泊まりに来るって言って来た時は、本当に嬉しくって、ずっと色々と仕事の愚痴を聞いてもらってったっけ…。


暗い部屋を見渡せば、この夢を見させた元凶を思い出したさくらは眉を思い切り顰めた。そこには自分の隣で、涼しそうな顔で眠っている真琴を見てため息を吐いた。真琴の腕の中には、さくらのお気に入りの皇帝ペンギン『ルンバ君』がいる。

犯人はお前かよ。

週末だからといっていつも人のマンションに来ては、酒や食べ物を持ち込みで泊まり込むという傍迷惑な親友の真田 真琴。

さくらと同じく寂しい独身だ。


昨日確かに寝る前は片付いていたはずなのに…。

ああ…そうだった。いつもみたく真琴が泊まりに行くからねコールをして我が家にやって来たんだった。

テーブルの上に転がっていた缶ビールの空き瓶を次々に回収すると1つに纏めた。

ゴミも全て床からつまみ上げると、一枚のコンサート予告パンプに目がとまる。


《世界の巨匠 ルッソー=バルトー来日記念公演》


真琴はいわゆるオジ専。よく言えばロマンスグレーの人に癒されたいのだと言っている。

もちろん、彼女の彼と言うのも、さくら達よりもひと周り年上だ。

真琴とは高校からの付き合いだが、早くに父親に先立たれたことも遭ってか、真琴は自他ともに認めるファザコン。真琴は本当にさくらにとって一番辛かったことを知っているからこそ、さくらを守るためなら…といつも格好良く桜を護ってくれる。

そう勇ましいことを口にする真琴は、実は真田道場の師範。もちろん黒帯。とにかくさくら大好き人間。真田商事のお嬢様だけど重役秘書としてバリバリ働いている。


ったく。あんたがこんなパンプなんか持って来るから、あんな夢を見ちゃったんだよ。


殆ど八つ当たりとも言えるが、未だにすやすやと寝息を立てている真琴の額にでコピンをいれると予告パンプを床から拾い上げるとゴミ箱へと入れて行った。


パンプがゴミ箱の中へと落とされる瞬間、パチリと目を覚ました真琴は自分の周りを見渡し、さくらに「私のルッソ様は?」と詰め寄った。

そう、彼女はルッソのファン。

ルッソ…日本に来るなんて聞いてないよ。

心の中で愚痴を山ほど言いながらも、真琴にバスタオルを手渡してとにかくシャワーを浴びて来いと浴室へと追いやった。



「で?」

「で?って何なのよ」


頬杖をつきながら食事をしてる真琴は爆弾を落とした。


「だって、あんた魘されてたわよ」

「ええっ?!」

「『どうして?』『返して!』って」

「……」

「さくら…あんたまさか…まだあの男(...)から何か言われているんじゃないでしょうね?」


目を瞑って首を横に振れば、真琴はただじっとさくらを見つめている。あるトラウマでさくらはあの男(...)に関することを目にすると動悸息切れ目眩がする。すでにさくらの顔色は青い。

そんなさくらにロイヤルミルクティを入れたマグを手渡すと、彼女がゆっくりとそれを飲み終わるまで待ってくれた。

いつもは甘い甘いロイヤルミルクティだけど、さくらが哀しい時にはいつも優しく包んでくれる。


「あ、あのね…今の会社でね…」


さくらはぽつりぽつりと昨日たまたま目にした書類のことを真琴に打ち明けた。

真琴はさくらが全てを話終わるまでずっと待ってくれた。


「あーもう頭に来た! えっとナニ? その第二企画部に応援移動中の…山田に小姑坂本ね」

「真琴…知ってるの?」

フフフ…。

さくらの言葉に笑い出した。


「知ってるも何も、あの二人ってね、結構うちの会社でも有名なのよ」

「え?」

何で?

「合コンよ。ゴ ウ コ ン。あたしの先輩も言ってたんだけどさ〜、人の話題に自分の話題を被せる、チョー失礼なヤツだって言ってた」

あ…あるかもそんな感じだもん。

「それに女と男の前だと態度がコロッて違うのよ。先々週の合コンなんかね…」

真琴の暴露話を聞いてると段々さくらの顔にも笑顔が浮かんで来た。

「…だから…ちょっと〜聞いてるの?さくら?」

「聞いてるよ。ありがとう」

ポロポロと後から後から涙が溢れ出て来る。

そんなさくらの頭を優しく撫でてくれる役は昔は祖母のソニアだった。だが、逃げるようにヨーロッパから日本へと帰国したさくらには、これ以上家族に心配かけたくないと何があっても必死で絶えて来た。

ソニアが亡くなった今ではさくらが心の内を開けるのは、父でも母でもなく、真琴だけだ。



「ねえ、さくら…あんた一体今まで何を食べてたの?」

「え?」

「自分の身体、鏡て見たことある?」


真琴の言葉にうぐっときた。太って以来、極力鏡は見ないようにして来た。

洋服を買う時も、今まで自分が着ていた洋服のサイズの感覚で買えば良いやって、そんな感じだった。

いきなり鏡で自分の鏡で見たことあるかと聞かれて、さくらはゲッ!!もしかしてまた太ったのか?と驚いた。


「違う。痩せた。ううん。っていうかやつれてる」

「うそ!」

真琴に押されるように体重計の前に立つと、さくらはごくりと唾を飲み込んだ。

体重計の数字に目を疑った。

五十五kg?

二十kg落ちてる?

嬉しくって飛び上がりそうになったけど、ぐらりと身体が揺れた。


「危なっ!」

「ごめん…」


慌ててさくらの身体を支える真琴に「体重だけを落とすのがダイエットじゃないんだよ…」そう諭すようにやさしくさくらの頭を撫でる真琴は、さくらにコレから一週間、食べた食事を書いてよと言うとニッコリ微笑んだ。


「え…面倒くさそー。真琴〜あんたも知ってるでしょ? 私が面倒くさいことが大嫌いだってこと」

「さくらちゃ〜ん」

言葉は優しいのに、目がギラギラしてるよ!この人!!

「お返事は?」

面倒なのは嫌です。そりゃあ、仕事なら多少面倒でもやるけどぉ。

だってお仕事だしね。それでお給料もらってんだし。だけどプライベートでって言うのは面倒だよ。

「さくらちゃん? お へ ん じ は?」

ヤバイ怒らせたかも…と思って一応やるとは答えたけど…さ〜。期待しないでよね。



それからの一週間は本当にこの週も怒涛の週だった。

月曜から金曜まで、坂本&山田コンビに雑用を押し付けられること数十回。殆どが資料を取りに行かされる役だったりするから、一番嫌だった。

倉庫の中はこの会社でも唯一エアコンが効かない場所。

ってことは?

そう、自然のエアコンがついてます。

しかも、季節に沿った従順なヤツ。なので、この倉庫には一応業務用の扇風機が置かれることになった。

生温い風が心地良く…感じることなど…決してない。断じてあるわけない。

一週間マトモに昼食なんて食べれた日なんてなかった。


「早乙女さん、あなただけ閑そうね。ならこの書類を作成してね」


などと言って勝手に人のデスクの上に置いてく。

おい!誰が閑なんじゃ!


「坂本さん、私は閑じゃないです」


さくらの反撃にも目で笑う二人は正に鬼に金棒って感じだ。

周りを見渡せば、さっと視線をそらす。ああ〜そうだよね。自分達に被害が来ないようにって、さくらを人身御供か生け贄にして、この第二企画部の平和を保ちたいんだもんね。


「坂本さ〜ん。閑じゃなくって、ひ ま んですよ」

「まあ、山田さんったら、面白いわね〜」


あんたら…人の目の前で嬉しそうにぺちゃくちゃと…。もうさくらの怒りのバロメーターが振り切れる一歩手前。

今ここで振り切って、怒りのままに二人に罵詈雑言を浴びせれば、今さくらが手がけているホテルのイベントを今度こそこの二人にかっ攫われてしまう。


そんな一週間で神経を大根おろしのようにガリガリ削られて、食事などマトモに出来なかった。

約束の一週間となり、真琴がとまりにやって来た。

おじゃましまーすの前に、手を出されて何すんだろう?手相を見るのかと手を出したら、パシッと叩かれた。


「さくら、あんた憶えているでしょうね。あんたの食生活を見るために食事の記録を書けって言ったよね? まさかやっていない何て言わないよね?」


手を拡げ、怪しい動きをさせながらさくらに近づく真琴に、本気で恐怖を感じた。

(え?何か私やったっけ?)

なかなか真琴に件の(ぶつ)を渡さないさくらに、真琴はニッコリ微笑みながらも手のひらをヒラヒラさせて、早く見せなさいとばかりに催促する。

(やっぱり…忘れてなかったんだ)

肩で大きくため息を吐くと諦めたかのようにさくらは鞄のポケットに入れておいた紙を取り出すと真琴に渡した。


内容を読んでいる真琴の目が徐々に見開いて来る。

思わず椅子から立ち上がったさくらが後ずさりすると、そんな彼女の行動なんてみえてるわよと言わんばかりにさくらの腕をむんずと掴んだ。真琴がこっちを向いた時、思わず「ひっ!」と声を上げてしまったのは条件反射だろう。

「さ〜く〜ら〜」

あーもうこれは真琴のお説教モードにスイッチが入ってしまったようだ。

「はい…」

ここは諦めて大人しく聞いておいた方が身のためだ…心の中で小さくため息をついたさくらは、大人しく椅子に座るとここから小1時間ほど真琴の説教が続いた。


「何で一週間の食事の内容が、こんなに情けないのよ! 特に今週の月曜日の欄なんて何なの?! 朝、コーヒー 昼、ゼリー 夜 ゼリーって、あんたは老人なわけ? その辺の病院の老人食の方がもっとバラエティ豊かだし栄養も豊富だわよ。ったく…まあよくそれで1週間も…って言うか、ここ数ヶ月も身体が保てたわね。普通だったら、栄養失調で倒れてるわよ」


「はい…」


「もしかして、さくら…例のあの嫌味な2人組に休む間もなく用事を押し付けられているわけ?」


「……」

無言は肯定。


「だと思ったわ」


え?だと思ったって…? 小首を傾げるさくらに真琴はスマホを取り出すと、「入って頂戴」と誰かに言っていた。

あのね…ここは私のマンションなんですけどね…。

さくらがそう言う前に、どやどやと黒服を着た人達が1LDKの狭いさくらの部屋に次々と上がり込んで来た。


「え?え?ええ?!」


驚くさくらに真琴は三日月をひっくり返したような目で不気味に笑い出すと一言「さくら、あんたを飛び切りの美人に変身させるから、覚悟しなさい」そう言いきった。


「え?ええええ????」






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