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4話  加筆

さくらの過去の話です。生い立ちも入ってます。

長くなっちゃいました。

何で今頃になってあの男が…。

一枚の紙を握りしめた。


「ねえ、終わったの?」


催促するような山田の声にハッと現実に引き戻されたさくらは、慌ててコピーの束を整えると山田に手渡した。

ずしりと重そうな紙の束を前に、首を傾げる山田は数秒だけフリーズした。

何故に固まる?山田。

怪訝な顔をしたさくらに爆弾は落とされた。


「重そうね…。ねえ、早乙女さんさーこれを営業部に持って行ってね」

「はい?」


ナニ? 頼んでいるんじゃなくって、もう決定事項なんですね。

しかも、重そうだからそういうのは自分じゃなくって、いかにも肉がついてて少しぐらい重い物持っても大丈夫そうな私に持って行けと。


ブチ!


キレましたよ。


「山田さん。これは営業部の川崎さんが名指しであなたに頼んだんでしょ? これはあなたが持って行くべきだわ」

「え? でもこんなに重い物は私のこの細い腕では無理よ。其の点早乙女さんなら、そんなに逞しい腕をしてるんだもの。大丈夫でしょ?」


怒りに任せてコピーした紙束を山田の手の上に乗せると、さくらは急いで自分のデスクへと戻って行った。ただでさえ自分が立ち上げた企画の締め切りが近いのだ。早く企画案を実現出来るようにしないと…。

恐らくだが、山田と坂本さんがタッグを組んだのも、自分のこの企画が通ったことからだろう。今まで事あるごとに他人の企画を次々と自分の名前に書き換えては、上司に出して来た坂本さん。だけど今回、初めて自分の計画を潰された彼女が復讐するなら、さくらに企画案を書かせないようにするため、忙しくさせればいい。そういうことか…。

その後、坂本から何か嫌味垂らしく言われてたが、そんなの無視だ。


「すみません。私は自分の仕事がありますから。そのような事は応援としてこちらに来た山田さんに全て任せれば良いんじゃないですか? 彼女閑そうですし」


ちらりと山田の方を見れば、運悪く彼女はネイルの手入れをしている最中。

あらやだ。

そこへ部長が帰って来て、さくらと坂本さんの間に流れる重たい空気を読むとすぐに「そんな雑用はこれからは全て山田さんに任せるように」と言いだした。


休憩時間に席を立った時、廊下から聞こえて来た言葉はさくらの自尊心さえも傷つけた。


「えーじゃあナニ? あの紙の束を山田さんは必死で営業部に持って来てくれたの?」

「そうなのよ。彼女ったら自分が川崎さんに頼まれたんだからって言ってね…」

「やめてよ。坂本さん。それは社会人として当たり前のことじゃないですか」


ふん。何言ってんのよ。人に全て押し付ける押しつけコンビが。


「そんな重い物だったら、あの象みたいな子に任せればいいじゃないか」

「「象?」」

「何だっけ? 名前だけやたら可愛い早乙女さんっていたよね。彼女に持たせれば良いじゃん。あれだけ贅肉があるし。少しくらい重い物を持たせないとヤバイっしょ」

「「やっだー。川崎さんったら」」


随分嬉しそうに言いたい事言ってくれてるじゃん。

この時、私は決めたよ。絶対に痩せてやるって。

昔みたいに痩せてやる!



その日から明日明日と言い訳にしていたダイエットだったけど、気を引き締めてやり始めた。


昔のあの頃と同じくらいにまで痩せてやる。





そう、あの城島 玲に出会う前の私を取り戻さなきゃ。

あんな男…。

どうして信用したんだろう…。


昔から音感だけは人より優れていたさくらは、自分の音楽の才能を伸ばしてくれた父方の祖母ソニアを敬愛している。

全ては祖母ソニアが連れて行ってくれたクラッシックコンサートから始まる。

たくさんの音がまぐ遭う中、一人のヴァイオリニストがつま弾く音に体中が泡立った。

普通は其のヴァイオリニストを追いかけるだろう。だけど、私は変わっていた。私が追いかけたのは、指揮者のルッソ=バルトー33歳独身。

祖母ソニアはプロのオペラ歌手でよく彼女の名前を使って劇場に足を運んだりしたけど…。子供だけで入れるのにも限界がある。そこで幼いながらもさくらが考えたのは、彼のルッソ=バルトーの事務所に行くことだった。

結果。頭から湯気を出しそうなくらいに怒ったソニアと父親にさくらは叱られた。


「ソニア。待ってくれないか? その可愛い妖精さんを僕に紹介してはくれないだろうか?」


優しいルッソの言葉に、幼い私は嬉しくなって彼に抱きついた。

まあ、それが始まり。




フランス人の祖母のソニアとルッソは上手くさくらの名を発音出来ないから、いつもさくらを呼ぶ時は愛称で呼ぶ。イタズラ好きと言うことから『ティンク』って呼ばれてた。それはさくらのミドルネームがツィンクベルだからだ。


両親が仕事で忙しい時には、さくらは祖母の屋敷に預けられていた。そんな時さくらはいつも屋敷の近くにある鬱蒼とした森の奥には、さくらが勝手に命名した「フェリーランドツリー」がある。

これは樹齢何百年って言う立派な藤の樹。


「フェリランドツリー♪ティンクだよ。遊びに来たの」


さくらの声に反応するかのようにフェリランドツリーは紫色の花房を風に靡かせる。


大きな樹の影から、今にもホビットやエルフに、ゴブリンや妖精達がヒョッコリと顔を出てきそうな雰囲気だ。


さくらは楽しそうに想像の友達と遊びだす。


そうなると一時間は帰って来ないのはざらだ。


大人には見えないけど子供には見える、妖精やエルフ達。そんな彼らに聞いて欲しくてさくらは習ったばかりのヴァイオリンをつま弾く。

初めはそりゃあみんなが耳を塞ぎたくなるような音しか出せなかったけど。徐々に素敵な音が出せるようになった。それが嬉しくってすぐにヴァイオリンにのめり込んだ。


《ティンク。今日は良いことがありそうよ》


深い緑色の長い髪を風に靡かせる少女は深紅の双眸をキラキラと輝かせた。


『オリビア!』


不思議な髪の色をした少女はエルフ族の王女。

小さな頃から大人には見えない物が見えていたさくらは、その言動のために学校でも孤立していた。

彼女にとって祖母ソニアの屋敷で過ごす時だけが、癒し。

この日もたくさんの妖精達に囲まれたさくらは、溢れるような笑顔でヴァイオリンを構える。


大人にはたくさんの木の葉がさくらの周りを回っているようにしか見えない。

そんな彼らからの歓迎が嬉しくって、いつも庭でヴァイオリンの練習をしてた。

綺麗な音だと彼らはご機嫌。拙いなりに弾きたい曲があるから。

いつもならここで終わるんだけど、この日は彼らが言っていたように特別な日らしい。

『ソニア!!』


『ティンク!!』


車椅子のソニアに抱きつくとさくらはソニアの頬にキスの挨拶をした。

ソニアはさくらの髪にからんでた藤の花びらを見てくすっと笑った。


『あら? またお友達と遊んで来たの?』


ソニアの言うお友達とはティンク(さくら)の想像上の友達のことだ。


『そうなの。今日はねエルフのお姫様がいたのよ。すっごく強いお姫様なの~。ティンクといつも喧嘩しちゃうんだ』

『まあ、それは大変。でも素敵ね!今度このソニアにもそのエルフのお姫様を紹介してね』

『もちろんよ!』

『ティンク! 中に入りましょう。おばあちゃまにも聞かせてくれないかしら? あなたのお友達のエルフのお嬢様のこと』


他の友達はさくらのことを変だと言ってバカにしたけど。ソニアだけは違った。

ティンクだから色々な妖精達が来てくれるのねと喜んでくれた。そんなソニアが久しぶりにさくらのヴァイオリンを聞きたいと言ってくれた。






じゃあ…。


そう言うとソニアはバイオリンを指差す。


『今日はどんな曲を聴かせてくれるのかしら?』

『んーわかんない。だけどね、この間ママと一緒に行った所で聞いた音楽だよ、この曲はね〜、ちょっとおしゃまなエルフのお姫様みたいな曲なの』

『あら。それってティンクのことでしょ』


首を傾げながら言うさくらは、想像豊かな9歳の子供だ。

その子供が小さなバイオリンを持ち、構えた瞬間に顔つきが豹変する。

力強く心を揺さぶる音楽を奏で始める。


そんな娘の演奏を間近で見ていたママは、目を丸くしている。


『こ、これは…この間のルッソ=バルトーが指揮していたカルメンだわ…』


2か月前の娘の誕生日にとソニアと両親とで彼女にルッソ=のコンサートチケットを購入したのだ。

他のファン達と一緒に、アイドルさながらルッソと握手して写真を撮った。

その時の曲だ。


このカルメン幻想曲はバイオリニストの技量が試されると言われる、いわゆる難曲の一つだ。

子供には難しい第三ポジションの指使いに、二つの弦を使ってのテクも入る。

しかも演奏時間は10分以上続く。


途中たどたどしい部分もあるが、さくらは楽譜も見る事なく、自分が思うように体を揺らしながらも楽しく弾いている。


『ティンクの音はキラキラと光っているわ。この子が本当に楽しんで弾いてるのがよく分かるもの』


『ええ。本当にソニアの言う通りですわ』



子供ながらに何かを感じたさくらだったが、祖母を喜ばせたくて弾いたカルメン。

はじめは目を見張ったようにティンク《さくら》を見ていた祖母も、曲にのって手拍子までしてくれた。

色んな所でつっかえたり、音譜を飛ばしたりしてはいたが、最後まで弾くとティンク(さくら)は満面の笑みで深くお辞儀をした。

パチパチパチ

パチパチパチ

パチパチパチパチ…

え?

3つの拍手が私に賛辞をくれた。2つはわかる。ソニアと母の藤子だ。

なんで?そう思って周りを見渡すと、まだ拍手を続けている白髪の男性がそこに経っていた。


『ルッソ=バルトー…どうして?』


憧れの君がそこに立っていた。

ありきたりだが、さくらの口からでて来たのは『ありがとう』とか『こんにちわ』でもなく、口をぽかんと開けて立ち尽くしたまま器用にも発した言葉がそれだ。


妖精(ティンク)の演奏が聴けるってソニアに聴いたものだからね』


こんなに可愛い妖精(ティンク)を隠していたとはね…と軽くウィンクをしてくるルッソに、さくらの腰が抜けたのは言うまでもない。

そのくらいルッソ=バルトーは私にとって雲の上の人なのだ。

その後、ルッソからカルメンをもっと上手く弾きたくないか?と聞かれ、2つ返事で頷いた。


何て言ったって世界の巨匠『ルッソ』だ。

その彼から直々に学べるなんて、こんな光栄なことなどない。

それの日から私は毎日のようにルッソから練習を見てもらった。


『ルッソ〜。どうしてかな〜。思った通りの音がでない!!』


泣きそうな顔で彼に訴えて来るさくらに、彼は自分の胸に手を置いて微笑む。

『音楽は心で弾くんだよ。上手くなろうって思うから、焦る。誰に聴かせたいのか、誰のために弾きたいのかがわかるようになれば、ティンクはもっと伸びる。さあ、頭の中でその人を思い浮かべてごらん。それが出来たらもう一度弾いてみよう』


それでも私のヴァイオリンの腕は山あり谷あり。

そりゃあ、子供ですから〜。

気分もあるしね。

そんな私にも彼の言葉は本当にマジックのよう。

思った通りの音が出せなくて泣きだした私にかけてくれた言葉は、今でも忘れない。


『音は心の響きです。ティンクが楽しいと思えばヴァイオリンも心からその音を奏でる。上手くなければいけないとは誰も言ってないよ。さあ、心から楽しむためには音楽に合わせてスキップして踊りましょう』


『へ? スキップ?』


『そう。楽しく弾くには、演奏者が楽しく感じないとね』


たまにルッソは深い事も言ってた。

クラッシックとは全く関係のないような踊りまでルッソにさせられたけど、それはそれでとても楽しかった。


徐にルッソが立ち上がるとピアノを弾きだした。


『ルッソはピアノも弾けるのね』

『まあね。元々僕はピアニストだったからね』

初めて聴くルッソのピアノはさくらの心を酔わせる。

ベートーベンの月光。


『ティンク…この曲は知ってるよね?』

『うん。月光。ベートーベンだよね』

『そうだよ。彼はね耳が聞こえなかった時に曲をかいたんだよ』

『え? 』


ルッソの言葉に目を丸くした。

耳が聞こえないのに、どうしてこんな綺麗なキラキラした曲をかけるんだろうか?


『それって変だよ』

『どうしてそう思うんだい ティンク?』

『だって…お耳が聞こえないなら曲なんて書けないもん』


ルッソの弾く月光はとても優しくさくらの心に染み入る。やっぱりルッソは魔法使いだ。こんなきれいな音を出せるなんて。羨ましいな。


『彼はね、耳ではなく心で音を聞いたんだよ』

『心で?』


首を傾げるさくらの頭を撫でるルッソの眼差しはとても優しい。


『ティンクはさっき耳の聞こえなかったベートーベンが曲を書くのは変だと言ったけど、この曲はどう思う?』

『綺麗…』


『じゃあ、これは?』


ヨーロッパではクリスマスに必ず歌われる交響曲を弾き始めた。


『あ、これって第九だよね?クラッシックで初めて歌と合体したした曲なんだよね?』

『そうだよ。これも彼には聞こえなかったんだよ。それでもティンクは変だと思うかい?』


激しく頭を振るさくらにルッソは優しく微笑んだ。


『ティンク。音は心の響きです。ティンクが楽しいと思えばヴァイオリンも心からその音を奏でる。上手くなければいけないとは誰も言ってないよ』

『そう?でも学校の先生は…』


さくらの言葉にルッソは小さく肩をすくめる。


『彼らは仕事だからね。ティンクに作曲家の気持ちを教えてるんだよ。』



たまにルッソは難しい事を言って来る。

作曲家の気持ちって…。

もう何百年も前に死んだ人に聞けるわけないのに。


『悲しい曲はね、その時に起こった戦争や病気で愛する人を失った悲しみを書いているんだよ』


重々しく心を締め付けるピアノの音が響く。

さくらも泣きそうになって来る。


『じゃあ、もしこれを楽しく弾いちゃったらどうなるんだろうね?』


音を半音あげてリズミカルに弾くと、何だかちぐはぐな曲に聞こえて来る。


『あれ? これって変だよ。なんだか気持ち悪い』


しきりに首を傾げるさくらにルッソは笑い出した。


『そうだね。これが作曲者の意志なんだよ。楽しい曲、悲しい曲。その音符の1つ1つに意味があるんだ』


やっぱりルッソは難しい事を言う。

ぷうっと膨れるさくらを抱き寄せて笑い出すルッソは、さくらにわかりやすく教えてくれた。


それは…。


『この楽譜はね…作曲者からのラブレターだよ。ティンクのお友達のエルフたちも言ってただろう? それを心で受け止めて君のヴァイオリンを使ってエルフ達に聴かせてあげよう』


『ラブレター? 素敵! エルフのお姫様に聴かせられるのね!! やる!!』


それがエルフどころか大きなホールで弾くことになるとは、この時のさくらはそれが一体どんな意味を持っているのか知らなかった。

ソニアが軽い心臓発作で倒れ、さくらはどうしてもソニアに聴かせたいと心から願うようになる。そんなさくらの願いをルッソは意外な形で叶えてくれた。

ルッソのコンサートに特別ゲストとしてさくらを招いた。ルッソがこう言うことをするのは珍しいらしく、さくらの周りも浮き足立った。

大きなコンサートホールでたくさんの拍手に迎えられるとさくらはルッソから『彼女は、ティンクなんだよ』と茶目っ気たっぷりに紹介される。

静寂なコンサートホールの中。妖艶なヴァイオリンの旋律が小さな妖精の指から発せられると観客達はあっという間に小さなヴァイオリニストの音楽の世界に引き込まれていった。

客席にいるソニアがティンクの演奏を聴きながら、何度も目元を拭っているのが見える。

次の日には『真夏の夜の夢ー小さな妖精が織りなす妖艶なカルメン』など雑誌や新聞に取り上げられることになった。

『さくら』よりも『ティンク』と言う名前の方で有名になった。


ティンクが幸せだったのはこの頃までだ。




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