皇女の依頼
皇女の護衛という、本来であれば海やエジェリーどころか冒険者には一生縁のないクエストを受注した2人は内容を見る。
【依頼主】マリー・クリスティーヌ・プロヴァンス・ラ・メール第3皇女。
【依頼内容】マリー・クリスティーヌ・プロヴァンス・ラ・メール第3皇女の護衛。
【期限】クエスト達成、もしくは皇女が依頼を取り下げるまで。
【報酬】最低黒貨2枚以上。
【備考】必要経費は皇女よりある程度支給可。
ロック鳥を倒してレベルが上がり、冒険者ランクがCへと上がったエジェリーのギルドカードへまとまった額が振込まれる。
同じく、海のギルドカードにも同じ金額がチャージされたのを確認した。
ギルドカードには、簡単に言えば地球にあるクレジットカードと同じ機能がついる、と思ってもらえればいいだろう。
低ランクならばあまり気にすることもないのだが、ランクが上がれば自然と危険度に比例して依頼報酬も多くなり、持ち運ぶのにも危険が伴う。
そうなれば、上位ランクの冒険者を集団で襲う不届き者達が増えてしまう。
そこでギルドカードにそういった機能が付随するようになったのだ。
ちなみに海はランクDだが、数日でこのレベルに上がったと聴けば、ただ者ではないという感想を持たれるだろう。
今回のギルドマスターの不本意な詮索の詫びで銀貨20枚と王女の必要経費が金貨5枚と多かったのは余談。
それぞれ確認し終え、ギルドカードをしまったところでギルドマスターが居なくなった応接室に戻り、海とエジェリーが皇女から直接、依頼内容の確認と、今後の役割や目的を訊く。
「さて、今後の方針について聴かせていただきたいのですが?」
「あの……無理のない口調で構いませんよ?」
どこか引き気味のマリーが海に対して言う。
「……なら、普通通りに。 これで言いですか、皇女様?」
腕を組んで右手を顎の下にやり、一度目を瞑ってうなづいてから海は崇拝や畏敬の念の欠片もなかった敬語から、エジェリーに対して使っている言葉遣いへと素直に変えた。
「……なんというか、普段と口調があまり変わらないのだな? 少し、幼い印象を受けるが」
が、それを聴いたマリーとセリア、バティストの3人は多少、敬語を緩めた程度が素だという海に対してセリアがツッコミを入れた。
「そうですか? そもそも出会って数時間の間柄で馴れ馴れしい言葉遣いはどうかとも思いますし、慣れてくださいとしか言えないですよ……。 それに年下とはいえ皇女様で依頼主ですし、騎士の御二方は年上ですから……目上の方々に敬語を使えないのは礼儀的にどうかと思いまして。 明確な立場だと弁えた方がお互いのためでしょう?」
不本意だと言いたいのを我慢し、それでもどこか棘のある海のその物言いに、どの口が、とは誰も言えなかった。
そもそも海が言ったとおり、本来ならば全くの無関係。
それを善意で助けた相手に縋り付いているようなものだったのを対価という分かりやすい関係にして受けるという配慮。
これは王族の面子を保つ上でも感謝をしなくてはならないだろう。
恩には相応の恩賞を与えなくては上に立つものとしての立場がない。
悪意のある者達に隙を見せれば、それは付け込む格好の隙となる。
それは、この場にいる誰もが思い至った。
しかし、ここで依頼主の3人は首を傾げる。
本当に、カイ・クロイという人間は平民なのかしら?
というのも平民にしては黒井海という人間はどうにも理知的に過ぎるのである。
乳飲み子の頃から預けられたとはいえ、マリーは平民の子。
それ故に第2皇女と並んで王族の中でも平民にも寛容であるからこそ、平民を見下すことはしないし、能力がある者も居る事を理解しているのだ。
それを鑑みても、クロイ・カイという平民を名乗る者は学院でも上位に食い込んでも可笑しくはないほどの頭が切れる。
これは間違いようもない事実。
この世界では、おおよそありえないという奇妙な感覚を覚えられても仕方がないのだ。
同じく騎士達も海を一般的な貴族が家庭教師から習う程度の教養ある者のような気がしてならない、という印象を抱いている。
しかも『魔法使い』であり、『僧侶』の技能を使うことができる逸材……否、天才。
過去に在ったとされる古代人の所業である別種職業の技能行使。
古代人か、それとも古代人の御技を再現した稀代の者なのか。
それはギルドマスターとの言い合いによって隠したがっていることから、触れれば藪蛇になり、マイナスに傾きかけていながらもなんとか繋がっている関係に決定的な亀裂を生むだろうことは予想できる。
なので触れないようにしておくことは長年の付き合いである騎士達とは無言ながら、既に暗黙の了解となっていた。
「そうですね……確かに目上には礼を持たなければなりません」
海の言葉を肯定しながら内心では目の前の人物に向けて考察し、思考を加速させていく。
マリー・クリスティーヌ・プロヴァンス・ラ・メールには、この2人の騎士以外に家臣と呼べる者が居なかった。
別に半分だけ血の繋がった姉二人と仲が悪い訳ではない。
父にしても威厳を保ちながらアレコレと世話を焼いてくれるし、義理母は少しばかり厳しいが、それも許容の内だろう。
問題は先程も挙げた通り、皇女でありながら平民の血も流れているという点。
セリアとバティストの2人は純粋にマリーに忠誠を誓った騎士達であり、絶対の信頼を寄せる忠実なる守護騎士。
そこで何故、海達との関係を保ち続けなくてはならないのか?
それは単純に大まかに分けて王族派、純血派、改革派などという派閥問題。
実際の王国内での事……という訳ではなく、王国運営の学院内の話である。
今でこそ『ラ・メール』の学院は春休みなので羽を伸ばしてはいるものの、長期休暇が終わって学院の生活に戻れば純血の貴族の子息、淑女達に疎まれ、王族派の成り上がりの貴族達が愛想笑いを浮かべ、革新派の執拗な勧誘が誘蛾灯に群がる蛾のように躙り寄ってくるのだ。
セリアとバティストが護衛についているからといっても四六時中随伴できる訳ではない。
授業中には当然入れないし、学生、教員ではない部外者の敷地内立ち入り禁止を王族の護衛として強引に捩じ込んだために制約を受ける。
だからこそ、自らに危険を冒してまで助成した同い年の信頼できる者達がいれば、母を探すという第1目標の次くらいには念頭に置いておきたい事項だったのだ。
更に、できることならば学院内と言わず、一生を通して末永く今後のために味方にしたいのだ。
王位継承位は低いけれど、だからといって内政や王国の中で翻弄されたままではいずれとんでもない状況に追い立てられることも考えておかなくていけないもの……。
特に自衛と護衛ができ、頭まで回るというのならば、是非とも味方に引き入れておきたいというのが本音。
素性が不明瞭でも、それは信用から信頼へ変わった後に決着を付ければ良いだけだ。
臆病というくらい慎重な性格ならば、余程の事がない限りは奴隷に落とされたり、一生を牢と労働場を行き来するリスクを負う犯罪者という可能性も低いだろう。
仮に犯罪者でも自分に繋がる証拠などは確実に全て消して、適当な恨みを持っている誰かに擦り付けるくらいは表情を変えずにやりそうなタイプに見える。
もし本当に犯罪者なら考えたくもないが、その方面でも頼れるということであり、逃げようとしてもその事を楯に逃さなければいいだけで、既に隠したがっている職業の二重行使という手札をマリーは握っていた。
頼れる味方は1人でも多い方が、今後のためにも無駄にならないでしょう。
話が逸れたので話を戻して今一度言うが、飽くまでも第1目標は母の捜索であり、1日だけでも会って話をしてみたいだけという軽率極まりない話ではあるが、本当の母に会いたいという話を父にすれば、それとなくはぐらかされてしまう。
しかも会いに行こうとすると、決まって何かしらの用事が入って断念させられる。
最初の内は偶然だと思っていたが、どうにも父が妨害をしているらしいことを知ったために学院の休みを利用して強硬手段に打って出たのだ。
「ところで――――」
飽くまでマリーは平静に、しかし急な話題の転換をする。
打って変わって和やかにお互いの些細な部分から情報の交換をマリーは切り出した。
「私は16で、もう少しで17歳になりますが、エジェリーさんとカイさんは、歳は幾つなのかしら? いつから冒険者を? 因みにセリアは19で、バティストは20よね?」
「はい、その通りです」
「…………」
マリーの問いにセリアは肯定し、バティストも頷いて肯定する。
この辺の受け答えは既に阿吽の呼吸と言っても良いくらい機敏だった。
「あ、私はもうすぐ16になります。 冒険者は1年とちょっとです」
「王女様と同じで、もう少しで17ですよ。 冒険者としては――――」
「「えっ?」」
海が年齢を名乗ったところで、マリーとセリアが戸惑いの声を上げた。
じゅ、17?
14、5歳ではなく?
エジェリーと全く同じと言えるリアクションを取る王女ら3人に、海は不機嫌から更に1段階低い不機嫌へと変わった。
即ち、礼儀云々を自身で語りながら、必要以上に関わり合う必要がないのではないだろうか?と思うくらいに。
「……何か?」
ジロリと海は対面に座る王女とその両脇に不動に立ったままの騎士達に視線と言葉を投げる。
【補助技能:威圧】
……ん?
これは確か武士の技能だったか?
使用条件をきちんと頭に入れておかないと不本意なタイミングで暴発しかねないな……。
「い、いえ……」
「なんでもない……」
思わず出てしまった技能によって、どもる2人。
そして、それでも不動を貫く銀甲冑のバティストも、どこか気圧されて冷や汗をかく。
というか、下級職業の技能でも一応は効くんだな……っと、解除解除。
心の中で念じ、武士の技能である“対象の行動を鈍らせる気迫を叩きつける”技能を解除する。
思わず出てしまった技能によって気が逸れたせいか、幾分か海の機嫌が持ち直った。
するとマリーは落ち着いた溜息を吐き、騎士の2人は上級職の守護騎士であるはずの自分達が気圧されたことにより海の本位とは関係なく、海へのマリーの評価が上方修正される事となる。
それは騎士2人にも言えることで、セリアは私が気後れした?と呟いた後に海を睨みつけ、『魔法使い』兼『僧侶』だけでなく、剣士系の職業もできるのではないか?と興味が沸いたバティストは座る海の出で立ちを観察し始める始末。
そんな場が和んだというより、しらけ始めたことに海は頭を振って溜息を吐いた。
「それなら別に良いですけど……って、何笑ってるんだエジェリー」
そう言いえば、と海が会話に入ってこないエジェリーの方を向くと、エジェリーは横を向きつつ、口元を隠して笑いを堪えていたのは余談だろう。
どうにも俺には貴族とか王族っていうのがピンとこない……というか、さっきから結構、というか物凄く無礼な態度してるけど不敬罪とかないのか?
内心で海は今更になって巡ってきた疑問に頭を捻る。
そんな海の内心を知る由もない、堪えた笑いをどうにか抑えたエジェリーは未だ笑みの残る顔で言う。
「やっぱりと思って。 私も間違えたから、もしかしてと思ってたらつい……」
そう言って、また笑いが込み上げてきたのか明後日の方向を向いて笑いを堪え始めた。
なんというか、笑いのツボに嵌ったのか?
「……とりあえず、笑いのツボに嵌ったらしいエジェリーは置いておいて、目的地はどこに? それに、なんでわざわざ皇女様自ら護衛2人しか引き連れずに母親探しなんて?」
海はマリーへ当然、疑問に思った事を単刀直入に訊く。
「それは……先程も言ったとおり、私の母はメイドでした。 ですが顔すら見たことがありません。 生活が苦しかったから王宮へと預けたのか、それとも私を捨てたのか……他にも訊きたい事、話したい事は数え切れないほどにあります。 実の肉親を探すことが可笑しなことだと、カイさんは言えますか?」
マリーは偽り無い言葉と態度で海に問い返す。
少なくとも、嘘を言ってる風ではないか……。
「その辺は否定しないし、馬鹿にもしません。 ただまあ、疑ってばかりでは話が進まないので、とりあえずは最初に話した今後の目的を教えていただけます?」
「ええ、解っていただけて何よりです。 本来であれば王都『クリマ・エール』から最東に位置する防御の要『ベルティエ』ではなく、ここから南西にある『ロゼ』に直接向かうはずでした。 ですが、ご存知のとおり――――」
休憩のために湖で休息をしていたところにロック鳥が現れ、爪で腹部を貫かれた。
距離的にはどちらもほぼ変わらず、しかし『ロゼ』よりも大きな街である『ベルティエ』の方が『僧侶』、『司祭』が確実に居るということで『ベルティエ』へと逃げているところを海とエジェリーに助けられた、と言う訳だ。
「ではひとまず『ロゼ』へ向かうということで?」
「そうですね。 そこが母の出身らしいですから……」
「じゃあ、決まりね! 宿屋代金の返金出来る分は回収しなきゃ」
「だな……大まかな方針は決まったから準備をして備えよう」
笑いのツボから脱したエジェリーは海と共に宿屋を引き払い、本格的な遠出の準備をするために必要な物を手にするため、皇女を伴ってギルドを後にした。
冒険者ギルドは『ベルティエ』の中央通りにある。
中央通りには大小様々な店が立ち並び、中央広場には出店や露天が賑わす。
しかし、それにしてはギルドの前には人が集まっていた。
お、おお……いろんな人種がいる……。
ギルドに王族の紋章がある馬車が止まっている。
それだけで人目を惹くのは当然だった。
それよりも海の目を惹くのはそこに集まった者達。
人間は元より、獣人である獣耳と尻尾を持つ者が多く居た事だった。
猫、犬、牛、狐、虎に兎まで……獣人族っていうのは、本当にこんなにバラエティに富んでるのか……。
小人族に鍛人族に、翼を持ってるのが翼人族で、耳が細長い美形ばかりなのは森人族?
でも森人族より耳が短いのと長い人がいるな……あれが魔人族に神人族か……森人族の周りを飛び回ってるのは妖精族だし、あっちに見えるのは竜人族。
内陸にはあまり上がってこない人魚族まで居る……見てて飽きないなぁ。
海の脳裏に刻まれたチュートリアルの情報が思い出され、海は様々な種族を確かめるように見回した。
人間だけの世界だった海にしてみれば、とても物珍しい光景。
エジェリーは元より、マリー達も集まっている者達に対して興味深々という海に対して背後でひそひそと話し始める。
「何を物珍しがっているのでしょう? 確かにこれほどの種族が入り乱れているのは少し珍しいですが……あれは人魚族? まあ、こんな内陸で見るのは確かに珍しいですね」
「それだけではありませんマリー様。 数少ない竜人族まで居ますし……自国よりあまり出ない種族も見受けられます。 魔人族、神人族、妖精族……なんと言いますか、本当に珍しいな……」
『エフィーリア』に住まう種族でこの場に居ないのは不死族くらいなもの。
ギルドには種族関係なく集まる場所ではあるが、こんなにも様々な種族が入り乱れるのは珍しい光景だ。
「あ~……カイは大和の田舎育ちだから他種族が物珍しいの、ですよ?」
エジェリーは普段の口調に成りかけるが、慌てて王族だということを思い出して敬語に直す。
一応は男爵の子女。
敬語も失礼にならない程度には話せるのだ。
「敬語はカイさんだけで十分ですよ、エジェリーさん?」
「でも私は一番年下ですし……」
「私が良いと言っているのです。 これは私の皇女としての命令ですよ?」
マリーはクスクスと笑い、茶目っ気を覗かせて言う。
「じゃあ、これからよろしくね、マリー皇女?」
だからと言って、海のように話せるほど敬語が得意という訳ではない典型である。
「私のことはマリーと呼んでも構いません。 これからよろしくお願いしますね、エジェリー?」
マリーがエジェリーへと笑いかける。
「うん、じゃあ早速マリーも一緒に行きましょ。 カイッ、アンタはただでさえ普通の日用品も碌に持ってないんだから一式揃えるわ。 遠出道具も持ってないんだから、それも一緒によッ! ほらほら、時間が勿体無いッ、急げ急げッ!!」
それを見たエジェリーはマリーの柔らかな微笑みとは対照的に、眩しくなるような笑顔でマリーの手を引っ張り、空いた腕で海と腕を組んで強引に雑貨屋まで引っ張っていく。
「な、エジェリーッ、引っ張るなッ、それに胸が当たってるぞ!」
「う……き、聞こえない聞こえないッ、ほらッ、キリキリ歩きなさい!」
「エ、エジェリー、もう少しゆっくり……」
「マリーは運動不足なんじゃない? そんなんじゃ、私達に置いていかれちゃうわよッ?」
3人は一塊となって歩き出し、その姿を見ていたセリアとバティストは止めようとはせずに少し後ろから付き従う。
本来ならば護衛として無礼だと叱咤するするか、押し留めるところだが、どこか楽しそうにするマリーを見て声をかけるのを躊躇ったのだ。
そうして一同は道具屋へと向かうのだった。
内政は書くのが大変だし、そこまで入り組んだなにかしらを書くつもりもなかったのに書いていたら自然とそういう方向へ流れてしまいました。
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