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面倒事

 海とエジェリーは街道から外れ、草原を突っ切った先にある森でゴブリンの討伐をしていたため、森から戻ってから街道沿いに『ベルティエ』へと向かおうと方針を決め、街道へ出る途中の事。

 突発的に遭遇したグレイウルフや、ホーンラビット――――額に角のある兎で、やや好戦的――――を倒して海のレベルはついに、ふた桁となって最低ランクのEから、エジェリーの居るDランクへと足を踏み入れた。

 知っての通り海は『エフィーリア』に来て数日なのだ。

 これは異例でありながら異常な事。

 数日で一足飛びに、エジェリーの約1年という苦労の時間を飛びこされ、若干複雑な顔をしていたが、エジェリー自身もロック鳥討伐によって近い内にCランクへと昇格できそうなため、一応の納得をした。

 それから草原を突き進み、少しだけ隆起している丘の上に登って、エジェリーと共に海が『ベルティエ』の位置を確認した時だ。

『ベルティエ』とは逆方向に派手な土煙が上がっている事に気付いた海はそちらに視線を向けた。


補助技能サポート:鷹の目】


 『狩人ハンター』が始めに覚える初期補助技能、鷹の目を発動させて海の目に多少遠くまで見る事が可能となった視界に、微かながら『ベルティエ』へと向かう馬車と、それを護衛する者達がいた。

 しかし、よくよく見ると護衛が1騎だけで馬の疲労も省みずに全力で走らせている事が辛うじて見える。

 明らかに通常の進行では有り得ない速度だ。


 距離的には1kmくらいか?


「海! またロック鳥よ!!」


 馬車と護衛だけを注視していた海は視線をその後方上空に上げると確かに数日前に襲い掛かってきたロック鳥と同じシルエットが見えた。

 つまりそれの意味する事はロック鳥に襲われているという事。

 本来、ロック鳥は『ラ・メール』には居ない魔物なのだ。

『ラ・メール』の南――――『エフィーリア』南西に位置する国『シクザール』の山脈を主な生息地として縄張りにしている。

 それが1体だけならば縄張りを追われた個体が流れてくる事があると推測できるが、馬車を襲っているのが2体目となれば偶然とは言えないだろう。

 何か『シクザール』の山脈でロック鳥が追われる程の“何か”が居座り始めたのか、そこに居られない理由があるという可能性が高い。

 もしくは『調教師テイマー』のよる故意的な襲撃。

 今回の場合は恐らく前者だろう。

 何せ、海を襲った理由が思い当たらない。

 更に言えば『ラ・メール』田舎とも言える、この近辺を襲ってもメリットが見当たらないというのも理由の一つ。

 自給自足しろと命令されていたとしても『調教師テイマー』が従えている魔物が討たれた事を察し、何かしら海に行動を起こしてくるだろう。

 少なくとも海ならそうする。


 どうする?


 ここで問題がある。

 海は古代人という事を隠しているのだ。

 それは今朝起きてから数時間をかけて決めたエジェリーとの約束の事。


 1.可能な限り、他人には海が古代人だという事を教えない。

 2.エジェリーと海はお互い助け合い、対等の立場で接する。

 3.お互いが不利になるような隠し事は無し。


 この3つの約束を海はエジェリーと約束した。

 それに加え、昨日の夜に海が確認した海が扱える技能スキルもエジェリーに伝えてある。

 すなわち、古代人としての技能スキルの有用性。

 エジェリーや他の現代人とはスタート時点からして差がある。

 古代人と現代人の共通点は技能スキル職業クラスによって付与されるという点だけで職業の枠を超えて別の職業の技能を覚える事は至難であり、職業の兼任は基本的に世界のことわりが許さない。

剣士ウォリアー』が『魔法使い(ウィザード)』と兼任して魔法剣士マジックウォリアーという風に単純にはいかないのだ。

 別の職業クラスに転職すれば別の職業となって、その技能スキルを覚える事は可能。

 しかし、一部素養が必要になるもの以外の補助技能サポート以外は発動できない。

 今のレベルで海が覚えているのが初期から決められている物であったとしても、『騎士ナイト』の技能しか使えないエジェリーには不公平を思わずには居られなかっただろう。

 この世界の現代人が己の意志で何の職業クラスも定められていない時、どの職業クラスになるかは自分で望み、選ぶ物なのだ。

 転職もまた然り。

 己の意思で違う職業へ変わりたいと心より願うことで転職することが可能だが、これが単純ながら難しく、それを成して転職する者もいない訳ではないが、今までの努力を捨ててしまうということを鑑みれば多くの者は踏み止まってしまう。

 だが海という古代人は関係無しに職業クラスの兼業を可能としていたのである。

 現時点でレベルと特定の条件を満たさなくとも成れる下級職業の全ての技能スキルを扱う事が可能となっているのだ。

 戦闘の職だけでも『剣士ウォリアー』『騎士ナイト』『武士サムライ』『格闘家モンク』『魔法使い(ウィザード)』『狩人ハンター』『僧侶プリースト』の7系統。

 他にも生産に携わる『鍛冶師ブラックスミス』『彫金師ゴールドスミス』『料理人コック』『工芸師アーティスト』『裁縫師テーラー』などの無数に存在するものも確かに存在するが、生産に関しては膨大な数があるために海もまだ把握していない。

 もちろん、そんな海の兼業にも制約もある。

 それは2つ以上の技能発動、2つ以上の異なる職業クラス技能スキルを扱う事が不可能だという事だ。

 魔法を使いながら剣を振るう事は出来ても、それに加えて補助までは出来ない。

魔法技能マジック】+【剣術技能ソード】は可能でも【魔法技能マジック】+【剣術技能ソード】+【補助技能サポート】は発動できないのだ。

 レベルが上がれば、それ以上が可能となるかもしれないが、それは海自身がレベルを上げてから徐々に知っていく事になるだろう。

 補足として説明するが、現代人の高位レベルの者達になれば同一職業の技能の複数使用は可能である。

 むしろ、それが高位に存在する者達の特典のような物なのだ。

 剣士で例えるならば【剣術技能ソード】+【剣術技能ソード】という具合に。


 これだけでも、この世界の常識に当て嵌めるなら強過ぎる力だ。


 レベルが上がれば上がるほど、一度だけネットで見かけた単独軍隊ワンマンアーミーなどという存在に成れてしまうだろう。

 そう思いながらも近づいてくる馬車を見れば、明らかに偉そうな人物が乗っているというような美麗な装飾が施されている事が窺える。

 しかも護衛している内の1人は男で銀甲冑に鱗のような青い紋様が描かれており、ロングソードを片手に馬を走らせている。

 その馬には重楯タワーシールドが備え付けられていた。

 もう1人の馬車の御者をしている者は男ほどの重装備ではないが甲冑の男と同じく、鱗のような青い紋様が描かれた軽装の騎士服を着た女で左腕に軽楯バックラーを装備したまま両手で幉を操って必死に馬車を走らせている。

 徐々に鮮明となる海の視界で捉えられる姿は明らかに蒼藍の国の首都『ラ・メール』に存在する『守護騎士団ガルディアンシュヴァリエ』に所属する『守護騎士ガーディアン』のはずで、エジェリーからはその特徴を聴かされてはいた。

 その特徴とは鱗のような青い紋様が描かれた騎士服と装備している楯に描かれているのは守護を意味する『シールド』、堅固の象徴である『鱗の甲冑(スケイルアーマー)』、海の王者にして強さの象徴『蒼龍リヴァイアサン』の『楯の紋章(エスカッシャン)』がそれを証明している。

 『楯の紋章』の種類は説明を受けていたとは言っても実際にその『楯の紋章』に込められた意味を知るほど海は知識人という訳ではないため、イマイチ解っていない。

 しかし、その『楯の紋章』を見る者が『ラ・メール』の国民のみならず国外の者であったなら慄くほどに知られ過ぎている。

 馬車にもその『楯の紋章』が描かれている事から『守護騎士団ガルディアンシュヴァリエ』を動かせるだけの権力を持つ人間、もしくは騎士団に連なる人物。

 そもそも『エフィーリア』で言うところの上級職に分類されている『守護騎士ガーディアン』が、なぜ逃げの一手なのかが気になる。

 ヘタに関われば間違いなく面倒事に関わる事になり、自然と海の素性を聴かれるだろう。

 そもそも以前にロック鳥を倒せたのは海の異常性と運だが、今はレベルが以前よりも上がっているため、応戦は可能だろう。

 だが海は躊躇する―――――


 保身のために見捨てるか?

 それとも危険を承知で助けるのか?


 死んでしまえば、そこで終わりだ。

 関わらずに見ない振りをすればいい。

 そんな打算的な考えが海の脳裏を過ぎる。

 そこで動き出したのはエジェリーだった。


「助けるわよ、カイッ!! アレコレ考えるのは後ッ!!」


 ショートソードを鞘から抜き放ち、左腕に軽楯バックラーの位置を固定させながら、エジェリーは躊躇いなく丘を駆け降りていく。


「……ッ! 待ってくれッ!!」


 そんなエジェリーに続くように急な斜面を海は瞬く間に駆け降りていく。


補助技能サポート:テレパシー】


 海が昨日の夜に見つけた補助技能サポートの1つだ。

 一方通行ながら対象に思念を飛ばす事ができるという便利な技能。

 それによって一方的ではあるが海は離れた位置にいるエジェリーへと意志を伝える事ができる。


(エジェリー、まず俺が【ストリーム】で視界を奪うから、その隙に攻撃を当ててくれ。 無理せずに、ある程度でいい。 それを繰り返して、ロック鳥をどうにか地面に墜ちたら、近い方が首を刎ねて止めを刺す、でも絶対に無理はしない事!)


 念話を飛ばしながら舗装などされているはずもない粗野の坂道を何度か足を縺れさせつつも駆け降りることに成功し、その勢いのままに海は数百mまで近づいていた馬車の後方上空から女騎士の方へと滑空攻撃を仕掛けようとしているロック鳥へ掌を向け叫ぶ。


「させるかぁぁッ!!」


魔法技能マジック:ストリーム】


 単純な青い魔法陣が即時展開され、輝きと共に放物線を描きながらロック鳥へと圧縮された鉄砲水が顔へと浴びせられる。

 しかし、ロック鳥には大したダメージは期待できない。


 注意を引ければそれでいい……ッ、威力は二の次ッ!


 ストリームの威力は消防車の放水を一瞬だけ行う程度で肉体的な損傷を伴うような威力を持っている訳ではないし、ロック鳥まで届く距離が長く、威力が減衰していることも理由の一つだが、それで今は十分。

 顔面にいきなり放射された水によって、ロック鳥の視界が一時的に塞がれる。

 その間、瞬く間に地を駆け抜けたエジェリーが滑空攻撃をしようと高度を落としてきていたロック鳥へと跳躍し、獲物を捕まえるために握ろうとする足の鉤爪を騎士の【楯術技能シールド:パリィ】で上手く弾き返しながら右の翼へ吐き上げるように思い切り、ショートソードを振り上げた。

 ただでさえ巨体を誇るロック鳥と正面から激突した衝撃にパリィで衝撃を軽減したとはいえ、エジェリーは身体を弾き飛ばされるが、ロック鳥の翼には飛行に支障ができる穴が空き、剣が翼にぶつかった衝撃によって骨を断つことに成功する。

 ロック鳥にしてみれば、いきなり視界が水で塞がり、驚いて怯んでしまった間に右翼に風穴を空けられたばかりか骨が断たれて空に舞うだけの機能を失って地べたに落とされたという事実に訳も分からず、地面で無駄だということを理解できずに羽ばたきながら憤怒の絶叫を上げる。


 無理しない程度にって言ったのにッ!!


 内心でエジェリーに対して叫ぶが、今は目先の危険を排除しなくてはと思った海は、新たな魔法陣を構築し、空中に構成する。


「喰らえッ!!」


 構成した魔法陣を待機させつつ、起き上がろうとするロック鳥の背後へと回り込んだ海が、待機状態の魔法陣を展開、叫びと共に解放する。


魔法技能マジック:ウインドエッジ】


 緑の魔法陣が瞬くのと同時にロック鳥の首へと鎌鼬かまいたちが大気を斬り裂き、その頸椎もろとも首を刎ねる事に成功する。

 それから少し遅れて胴体だけとなった巨大な体躯が倒れ、無くなった首から血が吹き出した。

 完全にロック鳥が死んだ事を確認して、ようやく海とエジェリーは警戒を解く。

 エジェリーは手放さなかったショートソードの血糊を、長年染み付いた自然な流れで振り払って腰の鞘へと戻した。

 そんなエジェリーの方へ視線を向けた海はロック鳥に弾き飛ばされ、地に転がった時に身体のあちらこちらについたのであろう擦り傷に目が止まる。

 大した怪我はないようだったが、海は未だに繋がったままの【テレパシー】によって不機嫌な声で言う。


(エジェリー……後で話がある)


 それは無理しないようにと言い含めたにもかかわらず、あんな無茶をしたエジェリーに説教をするためだ。

 確かに冒険者としての経験はエジェリーの方が上ではあるが、その辺りは海がきちんと言い含めておかねば、いずれ大怪我になりかねないと考えたためである。


「……う」


 そんな海の不機嫌な【テレパシー】を聴いたエジェリーは海の方を見ると明らかにエジェリーを睨みつけていた事に呻き声を漏らしてしまう。


 私の事を本気で心配してるってことかな……?

 でも、そんなに睨まなくたって……。


 そんな事を考えていると海とエジェリーの奇襲によって助かった騎士の2人と馬車が速度を落として反転。

 馬自身が疲れているためか、ゆっくりと海とエジェリーの方へと向かってきた。

 それを横目で見つつ、海はエジェリーの露出している肌にある擦り傷に手を翳し、蛍色の魔法陣を展開する。


法術技能ヒーラー:レストア】


 魔法陣は蛍色の輝きを強め、柔らかな光と共にエジェリーの肌に触れるほどに近付けて滑らせるだけで傷を癒していく。


「まったく……【レストア】ができる事が解ったからって無茶してたら、いつか痛い目見るからな?」


「ご、ごめん……今度はもうちょっと気を付ける……」


 エジェリーは【レストア】によって身体の細胞を活性化させられて治癒させているために、むず痒さをに少し身を捩りながら顔を伏せて海の忠告を聞き入れる。


「!! 回復を使える者か……ッ!! 恥を忍んで頼むッ!! 我らにできる範囲で幾らでも報酬は払うッ!! 我々の主をどうかッ、どうか救ってはくれないか!?」


 唐突に女騎士が【レストア】を扱っている海へと地面へ頭を擦り付けて嘆願する。

 そのあまりの唐突さと切実さに圧されつつも『ラ・メール』にその名を轟かせる『守護騎士団ガルディアンシュヴァリエ』の『守護騎士ガーディアン』が土下座をしたという事実にエジェリーは呆然とし、海は困惑を隠せなかった。

 続けて銀甲冑の男も、それに習って頭を地面へと付ける。

 どうやら銀甲冑の男は無口らしい。


「えっと……助ける、で良いんだよね?」


「そうじゃなかったら、わざわざ私達よりランクの高いロック鳥に突っ込んだりしなかったわよ……」


 海が困惑の末、エジェリーに話を振り、話を振られたエジェリーは次から次へと騒動に巻き込まれた事に頭を抱えた。


「助けて下さるのかッ!!」


 だが騎士達は“助ける”という言葉に反応し、見ず知らずのはずの海の手を馬車の方へと物凄い力で引っ張って馬車の中へと押し込んだ。

 押し込まれた馬車の中は外観と同じく程良い装飾が施され、座り心地のよさそうな座席には1人の少女が寝かされていた。


 これは……マズイな……。


 寝かされている少女は決して軽いとは言えない怪我を負っている。

 現に、その痛みに脂汗を滲ませながら唇を噛み締めて激痛を何とか耐えていた。


「どうなのだ?! 助けられるのかッ?!」


 女騎士は海に縋り付くように海に詰め寄る。

 だが海は答えず、目の前の状況を打破するために余計な情報を邪魔なノイズとして無視して必要な情報だけを脳に認識させていく。

 必要なのは女騎士の余計な問答や大怪我をした少女の容姿などの情報ではない。


 このの身体の現状だ。


 そう割り切って少女の傷口を直視する。

 その傷は服の上からでも解るほど致命傷だという事はすぐに理解した。

 少なくとも血が止めどなく傷口から滴っている。


 この傷、ロック鳥の爪か……?

 痛みがあるって事は、まだ大丈夫なはず……でもレストア程度じゃ、この傷は治せない。

 精々止血が良いところだ……なら……ッ!


 その傷は少女のへそより左側に刺突され、そのまま抉られたかのような傷。

 致命傷でこそないものの、この世界の有りようから見て回復の魔法が使える者が医者の代わりをしているため、医学は余り発達していない事を海は半ば予想していたし、申し訳程度の応急処置しか知らない海が傍目から見ても少女の傷口からは止めどなく血が溢れ、このままでは確実に失血死することは確実だという事が解る。

 しかも切傷、擦過傷、打撲程度を癒す【レストア】では、間違いなく助けられない事を海は確信した。

 だから、【レストア】ではなく、別の回復魔法を発動させる。

 数日前まで海は、こんなにも多量の血を見る機会は無く、一生見る機会が無かったに違いないだろう。

 実際、新米外科医でも初めての手術では目を背け、胃の中の物を嘔吐するらしい光景が海の目の前にある。 

 なのに、どうして冷静にその傷を直視できるかと言われれば、海は既に生き物の死――――ロック鳥や数十匹のゴブリンを殺していたからだというのが答えになるだろう。

 自らのロングソードで斬り殺したし、魔法で焼き殺してしまっているのだ。

 いまさら人間1人の傷を見る程度で目を逸らしはしない。

 あるのは今見なければ救えない、今見ることができれば救えるかもしれないという事実だけなのだから。


法術技能ヒーラー:ヒーリング】


 【レストア】は、回復対象の自己治癒力を高め回復させる魔法であり、【ヒーリング】は【レストア】の効果を増大させて強引に傷を繋げて自己治癒能力を異常促進させて傷を完治させる魔法。

 そんな強引な治療で負担はないのか?と思うかもしれないが、どういう訳か特に負担はない。

 強いてあげるのならば腹が減り、自己治癒力を高めるために患部がくすぐったくなる程度だ。

 そもそも負担をかけると言って寿命が減っては本末転倒。

 動き回れなければ戦闘に『僧侶プリースト』を入れる意味が無い。

 必要なのは攻撃魔法と同じく、発動するための意志と効果を維持する集中力。

 今更ではあるが目の前の少女は赤の他人で別に海が助ける義理など無い。

 目の前に死にそうな見ず知らずの人間が居る。

 貴方はその他人を迷わず助けられますか?そう訊かれて助けると断言できる人間がどれほどいるだろう?

 特にこの世界で人死には多い。

 助ける手段が無いから別に放っておいても何も言われないということはないにしろ、非難される謂われなど無い。

 そもそもロック鳥の襲撃から実力差やレベル差という危険を冒してまで撃退したのだ。

 それだけでも称賛されるには十分だろう。

 しかし―――――


 助ける手段があって、助けを求めてる奴が目の前で死なれたら……多分、きっと俺は一生後悔する……ッ!


「死なせない……助けるッ、だから死ぬな!! 意識を手放すな!!」


 その心中は、いつの間にか見捨てるという選択余地すらすっ飛ばして死にかけている少女を見殺しにするという後悔をしないために助けようと躍起になっている。

 元の世界で回復魔法を使えなかったとしても同じような状況ならば恐らく彼はそうしただろう。

 結局のところ、黒井海という人間は自身の内心を“何かにつけて打算的な傍観者”と思っているが、その実、偽悪的で斜に構えたような物の見方をしているに過ぎない事を彼自身は気付いていない。

 その奮起によって【レストア】よりも多少複雑な蛍色の魔法陣が展開され、発光と共に癒しの力が働く。

 徐々にではあるが出血が止まり、傷が塞がって最後には血に濡れて汚れただけの無傷の肌へと元に戻った。


 よし、これで大丈夫なはずだ……。


 いつの間にか海の額には汗が浮かんでいたため、ちょっと身動ぎしただけで汗が一筋の滴となって頬を伝った。

 海はその汗を自身の袖で拭いながら魔力消費による若干の脱力感を覚える。


 でも……悪くない。


 海は内心、その脱力感が少しだけ心地よかった事を認めた。

 それを素直に認められるようになるには、あと少しだけ時間がかかりそうだが、それは少し先の話。

 ご意見、感想などは歓迎ですのでお気軽にどうぞ^^


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