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長い夜

 ゴブリンの間引きをしてギルドカードに討伐したゴブリンが登録されているかを確認する。

 ギルドカードにはクエストを受注すると討伐系であれば指定モンスターの討伐数が表示され、採取系でも同じように指定採取品の数量が表示される。

 なので、部位証明などというものは存在せず、倒した魔物の数は自動的にカウントされるので労力にはならないのだが、流石に十数匹単位での魔物を殺すとなれば疲労困憊となるのも無理はなく、ようやく森を出たエジェリーと海は『ベルティエ』と森の間にある開けた草原で野宿をする事にしていた。

 何故なら既に日は落ち始めていたために『ベルティエ』に付いたとしても門が閉ざされる時間を過ぎてしまうだろうと判断したためだ。

 かといって門の無い村に向かっても、ここから軽く2日などかかる距離。

 もちろん普通の馬や馬系魔物が引く馬車、竜使いが操る竜が運ぶ竜籠があれば大幅に時間を短縮する事ができるため、基本的に街から街に移動する際は馬車、各国の王都から王都に行くならば竜籠、更に大人数ならば空中を進む飛空船で、というのがこの世界での公共的な移動手段。

 その他に個人的な移動手段を挙げるのであれば、南の『カリエンテ』に多い『調教師テイマー』が従えた魔物に騎乗していたり、南西の技術国を謳う『シクザール』に居る『機甲士メカニック』や『機甲騎士パンツァー』が自らの魔力を燃料として消費して乗る機甲マシーネという、言ってしまえば現代のバイクに乗っている者も居るらしく、更に『シクザール』には飛空船よりも大きな物も有るにはあるが、どちらかというと小型の物が多い飛空艇もあるのだという。

 未だこの世界に来て日が浅い海は、そのアンバランスさが気になっていた。

 エジェリーに訊いた話では、『ラ・メール』は中世ヨーロッパ、『大和』は江戸時代という海の居た地球では数百年前の年代だという印象を受ける。

 だが『シクザール』という国には、銃器や先程のバイクという明らかに現代文明レベルの物が存在し、今は無き古代人の国『スピリアル』では、自動攻撃する球体を操る『魔導師ソーサラー』という職種も存在していたらしく、SFの領分だろうと突っ込みを入れてしまったのは余談だろう。

 そんな内容の話をしながら野宿のために必要な準備をしていく。

 準備と言っても比較的安全だと思える場所を見繕い、焚き火を起す程度。

 それから2人で焚き火を囲みながら干した肉と果物という簡素な夕食を終えたところで、交代制の寝ずの番をしていた海に、眠れないエジェリーは声をかけた。


「これでカイもそこそこレベルが上がったから、本当ならそろそろ1人でレベルを上げるのも大変になって来る時期よ、って何してるの?」


 レベルが一桁台は、比較的早くレベルが上がる。

 だが二桁台からは、より多く倒すか、より強い魔物を倒さねばレベルが何時まで経っても上がらないのだ。

 横になっていたエジェリーは、パチパチという焚き火の爆ぜる音を聴きながら揺らめく炎に浮かぶ海の姿を見る。


 神秘的で綺麗だけど……でも、凄く怖い。


 その格好を座禅と呼ぶ事をエジェリーは知らないが、その姿は何時までもその場所に在り続ける人型の岩のように思え、しかし微かに動く呼吸の動作に海が人間である事を思い出させた。


「うん、レベルの事は何となく……ね。 今はちょっと瞑想中、かな……?」


 そういうと邪魔しない方が良いのかと躊躇したエジェリーは迷った事で少し長い沈黙が流れた。

 剣士や騎士の言うところの鍛錬とは身体を動かす事だが、魔法使い(ウィザード)の鍛錬は精神的なもの――――詰まるところ瞑想による集中力の上昇や魔法陣の精密さが重要になって来る。

 初級魔法には呪文は必要無いが中級や上級魔法になれば必然的に集中力や精神高揚のための精神プロセスとして魔法詠唱が必要になり、呪文の詠唱速度なども鍛錬しなくてはならない。

 故に呪文詠唱は発動のためのキーワードでありながらも、魔法発動のための想像力や潜在能力の拡張などの効果も有ったりするのである。


 単純に言えば、定型文で自己暗示をかけて、動機付け(モチベーション)でより強く集中する、っていうのかな?


 どうしても後衛は前衛のように直接的な戦果で得られる意気高揚で獅子奮迅の活躍はできず、このようなやり方で活躍する、という役割になっている事は理解している。

 各国にある魔法使い(ウィザード)系の職業は文面や方式の違いはあっても中級、上級呪文であれば呪文詠唱は必ず付いて回るのだから、そこは今からできる事をしておいた方が得だろうというのが海の結論だ。

 今の海は魔法を操る者『魔法使い(ウィザード)』として、それをメインとして鍛えているが、いずれ上がれるであろう上位職業への予行修練となるだろう。

 例えば詩吟チャンターの『吟遊詩人バード』、秘跡ミュステリオンの『司祭ビショップ』、精霊語スピリトゥスの『召喚士サモナー』があり、基礎を疎かにすれば、いざという時に詰まらない失敗をする。

 これは今まで行ってきた部活動やスポーツの経験からくる確信だ。

 そんな中で集中力を高めるには何をすればよいか?と思った時に思い付いたのが座禅だった。


 やってみると、意外と悪くないな。


 実際に目を閉じ、足を組んで何も考えずに頭を空っぽにしてみれば、これが中々に落ち付く事に気付くが、そこで脳裏にまたしても文字が浮かびあがる。

 しかも2つ。


補助技能サポート:瞑想】

補助技能サポート:休憩】


 どうやらこれらも技能の1つらしい。

 座禅を続けていると、どうにも体力と精神力―――――つまりはHPとMPが徐々に回復しているように思える。

 確かに回復していると感じるも、その回復量と速度は本当に微々たるものだ。


 戦闘中では使えなさそうだが、非戦闘時ならどこでも回復できる、か……。


 森に行く前にエジェリーに冒険者の基本として連れて行かれた道具屋でHPやMP、或いは両方を回復する回復薬ポーション回復丸薬ポットがある事を知った。

 その効果によって値段も変わるが、飲めばすぐに回復効果を発揮できる回復薬ポーションの方が比較的安い。

 逆に回復丸薬ポットは呑みこめば一定時間、徐々に回復をしていく物で回復薬ポーションよりも最終的に回復量が多く、いちいち飲むという隙が減るという意味で値段が高い。

 休憩、瞑想によって、幾分か節約ができる事だろう。


魔法使い(ウィザード)の鍛錬?」


「まあ、似たようなものだと思ってもらえればいいかも?」


 海自身も目を閉じたまま、それが正しいのかを知っている訳ではないので何となく疑問形で答えてしまう。

 今も座禅を続け、目を閉じたままの海を見てエジェリーは海に気付かれないようにクスリと笑う。

 先程まで怖い雰囲気が自分との会話によって普段と変わらない雰囲気に戻り、その顔は見慣れた幼い面差しになっていた。


「じゃあ、邪魔するのも悪いし、今度こそお休み」


「ああ、お休み……」


 エジェリーの気遣いを申し訳なく思いながらも海はエジェリーに優しく返した。

 それから微かな寝息が聴こえてくる。

 どうやらエジェリーは疲れていたのか、すぐに寝付いてしまったらしい。


補助技能サポート:瞑想】

補助技能サポート:休憩】


 ……?


 そこでまたしても海の脳裏に技能スキルが発動したらしい文字が浮かび上がった。

 どうやら本当に何もアクションせず、数十秒経過する事がこの技能の発動条件のようで、エジェリーとの会話で効果が途切れていたらしい事を海は初めて知った。

 それから限界まで回復した海は座禅を止めて脳裏に自分の技能スキルを確認する。

 そう思うだけで脳裏に各属性の初級魔法や技などが並んでいるように見える。

 その技能名称の脇にあるレベルが、今日散々使ったためかファイアボール、ストリームのレベルがそれぞれ上がっていた。

 レベルが上がれば性能が上がるという事も理解していたが、レベルが少々上がった程度ではイマイチその向上した性能の違いを感じられない。

 若干だが消費MPが少なくなった気がする程度だ。


 まあ、使い続ければ解ってくるか?


 そう思いつつ海は扱える技能スキルを確認した。

 現時点で海は『魔法使い(ウィザード)』という事になってはいるものの、古代人という例外であるためか剣士の“斬ってから慣性を無視して瞬時に斬り戻す”【剣術技能ソード:ダブルスラッシュ】や騎士の“飛来物を自動的に弾く”【楯術技能シールド:フリック】なども一応は覚えているが一度も使った事はない。

 エジェリーという前衛が居る限りはあまり使う事はないだろう。

 そう割り切って魔法の技能や補助に使えそうな技能を一覧していると何時の間にか結構な時間が経ったらしく、現代では田舎の山などでなければ見れず、また見向きもしなかった満天の星空や月の位置が高い位置まで昇っていた。


 そろそろ交代の時間だな。


 そう思った海は焚き火の向こうで静かな寝息を立てているエジェリーに目を向ける。

 その顔は見ていてどうにも心配になるほどに穏かだった。

 海と出会って数日しか経っていないのに、こうも安心しきって寝ているのか?という疑問が沸き上がる。


 最初は、お人好しだと思ってたけど元貴族様だったらしいからな……騎士としての性って奴なのか?

 それとも俺が男として見られてないだけ……って事なんだろうか?


 そんな事を思いながらエジェリーへと近づく。

 今も煌々と燃える焚き火によって夜の闇から浮き上がるエジェリーの女性的な線が妙に心臓の鼓動を速めて行く。

 普段聞こえない心臓の音が全力疾走した後のように早鐘を鳴らす。

 でも全く苦しくはないという奇妙で懐かしい感覚。

 思わず、ゴクリと固唾をのみ込む。


 ちょっとぐらい触っても……って、何を考えてる!?

 冷静になれ黒井海……ッ!!


 海も達観した物言いや価値観を持ってはいても思春期の男子。

 鋼の理性を総動員するも、それに反して海の手はエジェリーへと伸びていく。


 触れて、みたい。


 天井知らずに鼓動を刻む心臓の音が、この場に全て聴こえてしまいそうな錯覚。

 理性が飛んで行きそうになりながらも未だ闇の中を探るように、ゆっくりと動いていた海の手がエジェリーの金糸のような髪へ触れる。

 触れてしまう。

 エジェリーの信頼を裏切ったような後ろめたさが海の心中に渦巻くが、触れたエジェリーの髪は柔らかく、海の指をすり抜けて流れ落ちた。

 そこで海のものではない声が空気を震わせる。


「カイ……?」


 少しだけ寝惚けたような声。

 いつの間にか起こしてしまったらしいエジェリーの瞳が、エジェリーの髪に触れて持ちあげている海の姿を写す。


「……ッ、ごめん」


 絶対に知られてはいけない秘密を見られた海は思わず息を呑んで、謝罪の言葉が反射で出る。


「……どうして、私の髪を触ってるの?」


 一拍置いてからエジェリーは身を起こして海を真っ直ぐに見詰める。

 特に今のところ怒っている風でもないために、どうしたらいいのか解らず、得意の口の巧さを虚偽と事実を混ぜながら話し始める。


「これは……えぇーっと、エジェリーを起こそうとしたんだけど、実際に金髪を見た事が無くて、綺麗だなぁ~、とか、これだけ長いと三つ編みとかできそうだな、と思って思わず……ごめん」


 最後に海は、しゅん、という言葉が似合うほどに身を縮み込ませ、二度目の謝罪を口にする。

 そんな海を見て、もし海が小犬族コボルトのように耳や尻尾があれば、垂れていただろうとエジェリーは妄想して内心でクスリと笑ったことは海の知る由もない。


「まあいいわ……そいう事にしておいてあげる。 ところで、その三つ編みってどうやるの?」


 エジェリーは海を一応は許しながらも、今までどちらかと言えば騎士の方を重視して身嗜みを必要最低限としていたため、御洒落に疎いエジェリーは三つ編みの事を訊く。

 海はそんなエジェリーに簡単に説明をする。

 すると―――――


「じゃあ、三つ編みをしてくれたら許してあげる」


 そう言ってエジェリーは左のもみあげ辺りの一房を海の方へと差し出した。

 海はそれならばと、その房を慣れた手つきで動かして物の数秒でしっかりとした三つ編みを作り、何時の間にやら組み紐を準備していたエジェリーから受け取って髪を止め、エジェリーの左もみあげが見事な三つ編みが出来上がる。


「うん、じゃあ交代だから海は寝ていいわよ」


 エジェリーは三つ編みの感想を言わず、先程まで海が座っていた場所に座り、火が弱くなっていた焚き火に枯れ枝を足した。

 海は当然、感想を貰えるものだと思っていたために肩透かしを喰らった形だが、許してもらえただけ良かったと思い直して硬い地面に横になり、目を閉じる。

 それから意外と疲れていたのかすぐに睡魔に誘われて意識が沈んでいった。






 エジェリーはそんな海の寝顔を見ながら、結ってもらった三つ編みを弄ぶ。


「まったく、もう……可愛い感じがしてもコイツ……カイも男の子なんだ……」


 恐らくは魔が差したのだろうと思いつつ軽く息を吐き、これからはもう少しだけ意識しておかなくては、と心に止め置く。


「でも綺麗、かぁ~」


 騎士としての稽古を優先していた事で母に、お転婆だとお小言を貰っていたし、今は嫌でも逞しくなる冒険者となったエジェリーに対して、そんな事をいう人物が近くにはいなかった。

 例え御世辞だとしても女として褒められれば嬉しくなる。

 現に自分の顔が緩んでいることも、少しだけ上気していることも自覚があるのだ。


「これからは自分でやってみようかな……三つ編み」


 そんな独り言を呟きつつ、エジェリーは枯れ木を焚き火にくべてから海と同じく満天に輝く星々を見た。

 どうにも今日は時間の進みが遅く感じる気がして、エジェリーは長い夜になると溜息を吐く。

ご意見、感想などは歓迎ですのでお気軽にどうぞ^^

返信もさせて頂きます。


4/7ちょっと修正しました。

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