過去の過ち
「そう言えば、エジェリーもギルドカード持ってるんだよね?」
海にとって初めての街、『ベルティエ』の南へと向かった場所にある森の中を歩きながら海はエジェリーに問いかける。
先程、冒険者となったばかりの海を連れて、受付嬢から討伐系クエストのお願いをされた。
レベル的にも海というお荷物が居ても十分にエジェリーがこなせるものだ。
それを受注し、エジェリーに連れられるままに防具屋で魔術師が着る簡素なローブを銅貨40枚で買い、武器屋で自衛用の無難な鋼鉄のロングソードを銀貨1枚。
エジェリーが前衛として必要と思ったのか、鋼鉄のバックラーを銀貨1枚、銅貨20枚で購入し、中々の出費を出しつつも共に装備を整えた。
装備品の金はエジェリーがギルドで売ったロック鳥が元で、それは高く売れたのだという。
それも銀貨13枚。
この街の手ごろな平屋が買えるくらいの大金だった。
「持ってるけど?」
「エジェリーの職業って剣士?」
「……騎士よ」
エジェリーはボソリと言って、沈んだ表情を見せる。
どうやらエジェリーには騎士という職業に、落ち込む事情があるらしい。
「騎士って……確か……」
軽楯、楯、重楯を使う職業だったような……?
「そうよ……騎士は楯を持って戦う職業よ」
海の内心に浮かんだ感想に予想が付いたのか、エジェリーは自分から事情を話し始める。
「始めて冒険者になった時よ――――」
エジェリーは楯を使わなくなった事情。
それは騎士としての役割と不運が原因だった。
没落したとはいえ、貴族として……それよりも前に騎士である父より習ったのは騎士となるべく戦うための術だった。
『ラ・メール』の守護騎士だった父は楯よりもまず先に剣の扱いをエジェリーに教えた。
剣の腕が一定以上になった時、楯での技能を教えると言って。
だがエジェリーの父は剣を人並みに扱えるようになったエジェリーに楯の技術を教える直前、ある事情によって他界。
楯の扱いは素人の騎士見習いとなってしまった。
エジェリーは父の死が発端なった事情により男爵の爵位を失い、冒険者として生きる事を決意。
冒険者の騎士となり、とある冒険者の一団に仮入団した。
その集団は珍しく後方支援に秀でた者達であり、前衛職を探していたのだという。
駆けだし冒険者だったエジェリーは心細くもあり、特に下心のない事もわかったための入団だった。
そして、エジェリーのランクでは受けられないクエストをパーティでなら受けられる事もあり、討伐系クエストを受注する事に決まり、草原に増えたという、グレイウルフ――――Eランクの狼系魔物で灰色の中型犬程度の大きさ――――の討伐に出かけた。
だが此処で問題が起こる。
エジェリーは当然のように今まで騎士の父に習った自分の職業を騎士と認識し、入団した一団の人間達に“騎士”と答えた。
だが、一般的な騎士とは重楯による完全な壁役、楯での反撃を得意とする遊撃、軽楯という軽く取り回しも良い撹乱という戦法をする者のことを指していて、碌に楯を使えず、使わないエジェリーは攻めの一辺倒。
しかも騎士は盾の技能から攻撃へと繋げるものが基本であり、楯を使わぬエジェリーは攻撃力不足で倒し切れなかった。
当然、ウルフの俊敏さによって回り込まれた後衛は倒れて逆に撹乱されたパーティは瓦解。
幸いにも死人は出なかったが、ほぼ全員が軽傷を負って数週間はクエストを受けられる状態ではなくなってしまった事に対してエジェリーは謝罪の後、他のパーティに入ることもなく独りで戦ってきたのだという苦い経験があったということらしい。
「元から女の私には重楯は重すぎて構えられないし、レベルを上げて持っても壁役は男の人よりも向いてないし……楯とか軽楯でも楯の使い方を知らないから遊撃も撹乱すらできないからソロで頑張ってたのよ。 技能を使えないけど……それで死んでも誰にも迷惑かけないわ」
自嘲気味にエジェリーは笑う。
「……じゃあ、何で俺と?」
海はエジェリーに対し、大失敗してからずっとソロで生きてきたのに何故、自分とパーティを組んでくれたのか?という疑問をぶつける。
「だって“騎士”は誰かを守るために居るし、私と組んでくれる人は滅多に居ないから……。 そ、それに、ちょっとズレてるアンタを放っておいたら明日にでも捕り物が出そうじゃない?」
それって後者が9割の理由なんじゃ……。
海は否定できない自分の常識の無さに若干の悲しさを覚えつつも、そのお陰でこうして頼れる仲間ができた事に感謝する。
「そのお陰でエジェリーと一緒に入れるなら、ちょっと得したかな?」
海は素直な意味で言う。
何せエジェリーは美人だ。
地球に居れば、間違いなくモデルや女優をやっていても違和感ないよなぁ。
うん、美人と一緒に居られるのはやっぱり得した気分になる。
「な……ッ、何言ってるのよ!!」
挙動不審になったエジェリーが海の首根っこを掴んでガクガクと前後させてくる。
そんなエジェリーが可愛らしく見えてきた海はエジェリーの両肩に両手を置いてガクガクさせるのを止め、踏み込む。
その距離はもう少し踏み出せばキスができそうなくらいの距離になった。
「綺麗な瞳だね」
真っ直ぐにエジェリーの瞳を見て、照れも無く言ってみる。
海もなんだかんだで内心照れているものの、こういう事は照れる方が恥ずかしい物なのだと割り切って真顔でなんでもないように装った。
「あ、う……?」
じーっと見つめられたエジェリーは真顔で言われる直球な賛辞に、思わずどうしたらいいのか解らなくなり頬を染めた。
な、何で私、褒められ……?
それ以前に近い!
普段は子供っぽい顔の癖に、真面目になると凛々しいなんてズルい!
それに褒めてくれるって事は、カイは私に……いやいや、自惚れちゃダメよ!
平気で嘘つくような奴なんだから!
でも……もしかしたら本当は私の事……?
このまま、初めてのキス?
嫌、ではないけど……好きって言えるほど一緒に居る訳じゃないし、でも恋に時間は要らないって言うし……まさかカイは本当に……?
よくよく見れば、近くで見る海の顔は冗談を言っているようには見えない。
「…………」
そして、エジェリーはスッと目を閉じた。
それを見た海は思わず硬直する。
……え?
目を瞑ったって事は……マジで?
海はごくりと固唾を呑み込む。
今更、冗談でしたとは言いずらい雰囲気。
据え膳食わねば武士の恥。
などということわざが脳裏に浮かぶ。
女性は押しに弱いって言うけど、まさか半ば冗談のことを本気にするなんて……って言うのは失礼、だよな……。
海は今更に躊躇する。
躊躇の理由……それは妹の事。
海には空という、エジェリーと雰囲気の似ている妹が一人が居る。
男のような名前だが、とても物静かな黒髪ロングの大和撫子を地で行くような容姿でありながら、性格は明朗快活で努力家である。
そこに共働きの両親の代わりに何かと世話を焼いていた海に対して、並々ならない好意を抱き、そしてそれは何時しか恋、愛へと変わり慕われてた。
此処でご都合主義の小説ならば義理の妹などという解りやすい設定が出てくるところだが、現実にそんなものは無く正真正銘、血の繋がった兄妹である。
その事実を知っても妹は絶望するどころか血によるより深い絆として一層、兄へと傾倒し、キスを強請る、一緒のベットで寝ようとする、風呂に侵入しようとする、挙句の果てには既成事実を作ろうと海へ迫った。
しかもそれを流石は海の妹というほどに、他人の前ではおくびにも出さない。
そのために海しか空の本性を知らないのだ。
一緒に住んでいたはずの父や母、弟に至るまで。
その事実が妹と似た雰囲気を持つエジェリーに対して躊躇させる。
いや、そもそも海は生涯に数回告白をされ、一度目以外を全て断っていた。
何故なら初めてできた彼女が妹によって怪我をさせられた事が切っ掛けだ。
しかもそれはとても巧妙で妹の仕業だということを、妹本人が言うまで気付けもしなかった。
彼女も妹がやったということを隠していたというのも一因なのだが、気付けなかった自身の不甲斐なさが許せなかったのだ。
だから海は彼女と別れる事を選択した。
それからは妹の行動を意識するあまり、女性に好意を抱く事に少し臆病になってしまう事になる。
次からは怪我では済まないかもしれないという不安。
妹をそんな風にしてしまった事、怪我をさせてしまった彼女への後ろめたさ。
それを思い出した海は目を瞑り続けるエジェリーを見る。
とても……とても魅力的で付き合ってみたいと思う。
もし仮に空が近くに居れば、エジェリーは間違いなく妹に付け狙われていただろう。
だが幸いにも、こんな世界まで追ってくるはずはないからこそ、海の躊躇しつつもゆっくりとエジェリーへと唇を近付けた。
その唇は唇ではなく、額へと軽く触れる。
今は……これが限界だけど。
「…………?」
エジェリーは予想していた場所とは違う場所へのキスで少し、釈然としない顔をするも一応の納得をしたようで自身の額に軽く触れながら、顔を真っ赤にさせてズンズンと海の先を進んでいった。
海は内心で自分の情けなさを嘆きつつも、少しづつ行動しようと思いながら、マタギのように身軽に進むエジェリーを必死に追い掛けた。
「居たわ……」
森の茂みから海とエジェリーは今回のターゲットであるEランクの魔物、ゴブリンを見つけ、こちらが見つからないギリギリのラインを見極めながら近づいていた。
その大きさは人間の小学生低学年程度の大きさで肌の色は緑色。
忙しなく動く濁った瞳にボサボサの髪、それでいて鋭い牙と爪、身につけているのはボロボロの粗末な布、手には血錆びて折れた武器や太い枝などを持っている。
単体での強さはそれ程ではなく、それこそ単純な強さで言えば一撃で致命傷を与える事ができるが集団で固まって行動する魔物。
しかも知能が無い訳ではなく、むしろ積極的に村を襲う危険があり、作物どころか人間も喰らう雑食。
この世界の亜人型魔物――――ゴブリン、オーク、トロール、ギガスなどには女性型が極端に少ない。
ならば何故増えるのか?という疑問は極端に少ないながらも存在する女性型が産むというものとは別に、拐った人間の女性に産ませて増やすという、はた迷惑極まりないものだ。
その中でもゴブリンの特徴は人間基準で十月十日ではなく、たった一週間という異常な速さでゴブリンの子を産まされるのである。
しかもただ犯すだけではなく、知能があるためにきちんと生かそうとするのだ。
最終的には精神を病んだりする事も少なくないが、そういった種の精には、より個体を増やすために備わったのか催淫効果もあるらしい。
倒しても取りこぼしが居れば増え、増えればコミュニティを広げ、別の土地に移動するを繰り返すのだ。
村や町などを時折、大軍団で侵略する事すらあり、男は殺して食料に、女は産ませるだけ産ませて最後にはやはり食料にされる。
故に定期的に狩って欲しいと言う依頼が後を絶たない。
人型魔物の言葉は翻訳されないんだな。
海は覗き込んだゴブリンの集団を観察しながら思う。
数は1、2、3、4、5匹か……。
ギィだとか、キキィという甲高い声で会話をしているようで、ゴブリン達は集まって何かを話しているようだ。
隣に居るエジェリーに視線を向けるとエジェリーは一度頷いて茂みから飛び出した。
作戦は単純、エジェリーが気を引いている内に海が初級の攻撃魔法によってゴブリンを殺す事。
海の心臓は心なしか脈動するのがいつもよりも早いのは緊張している証。
元の世界では生き物を殺すという行為を基本的にしてはいけない事とされ、この世界で初めて襲ってきたロック鳥はエジェリーがトドメを刺した。
魔法という間接的な方法ではあるが、海自身の意志で生き物を殺す。
躊躇っている時間はない。
既にエジェリーが先制の一撃をゴブリンへと叩きつけ、一匹が聴くに耐えない絶叫を森に響かせながら絶命した。
ゴブリン達は突然の仲間の死に激怒し、襲撃者の姿を補足する。
そして、襲撃者が女だという事を知ったゴブリン達は死んだ仲間を余所に喜び勇んでエジェリーへと殺到を始める。
ここだ!
「焼けろッ!」
茂みから飛び出した言葉の通り、焼くという意志で以て、前方へと腕を突き出す。
不発はない。
有ってはならない。
絶対に成功すると断言してみせるのだと自身を鼓舞する。
【魔法技能:ファイアボール】
すると脳裏に以前のような文字が過ぎった事で魔法の成功を確信する。
発光する緋色の魔法陣が空中へと浮かび上がり、海の目の前に現れた簡素ながらも正確精緻な魔法陣から真夏で肌をジリジリと焼く太陽のような熱量を振り撒きながら火球を生み出した。
テニスのサーブで狙った場所をイメージしながら……打つべし!!
狙った場所へ、最速の軌道を思い描きながら、突き出した手を更に突き出す事で、火球が思った通りの軌跡を描いてゴブリンへと飛来する。
「行ったぞ、エジェリーッ!!」
大声でエジェリーに火球を飛ばした事を伝えたところでエジェリーは2匹目の足を斬り裂き、痛みに蹲ろうとしたゴブリンの顔面を他のゴブリン達の方へと蹴り飛ばした。
蹴られたゴブリンが後方のゴブリン達へ当たり、複数の悲鳴が上がったところでエジェリーは横へ飛んだ。
先程までエジェリーが居た場所には海の放った火球が通り過ぎて、倒れていたゴブリン達が立ち上がろうとしたところへと火球が直撃して瞬く間に火だるまにする事に成功した。
その証拠にゴブリンの燃え続ける姿と肉を焼く不快な匂いが周囲に漂う。
酷い匂いだ……焼肉みたいな美味そうな匂いなんて全くしない。
炎に焼かれ、もがき苦しむゴブリン達が次第に動かなくなった。
それを見た海は特に罪悪感に苦しむことなく行動する事ができた事に、若干の不安を覚えながら未だ燃えるゴブリンの死体を眺めていた。
「うん、死んだわね。 じゃあ消火して?」
「解った。 水よ!」
【魔法技能:ストリーム】
海の声と共に突き出された掌の数十センチ先に輝く水色の魔法陣が現れて燃えていたゴブリンの死骸へと向けて水道の蛇口を全開にした程度の威力の流水を発射して消火する。
このままだと森が火事になるからな。
こうして海は生まれて初めて生き物の命を奪い、日が落ちて森を出るまで休憩を挟みつつゴブリンを魔法で殺し、持っていたギルドカードに書かれているレベルは9に増えていた。
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