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初めての街、昔の軌跡

 海とエジェリーは約半日をかけてようやく街に辿りついた。

 半日と言う事も有り、日は傾き、太陽は朱に染まっている。


「ほら、アレが『ベルティエ』よ。 そこそこ大きめな街でしょ?」


 遠目から見ると、その街並みが見てとれる。

 中世のような石造りで不揃いながらも、何所か情緒溢れる街のようだ。

 外を歩く人も辛うじて見えるが、そろそろ日の入りなので家か宿……もしくは酒場などに入っているらしく疎らに見える。

 目を引くのは、その情緒ある街をぐるりと囲むような堅牢な石壁があった。

 何でも、この場所は太古、大戦なる9つの国の戦い覇権を巡っての戦争があり、その内の1つ、蒼藍の『ラ・メール』の前線の要とも言える場所だったらしい。

 『ラ・メール』の他にも、漆黒の『大和』、真紅の『カリエンテ』、白亜の『ブレスク』、黄土の『シクザール』、深緑の『ハルシオン』、銀灰の『シンティラ』、黄金の『ベリタス』の8国がそれぞれ東西南北とその間に存在し、遥か昔には中央の国へ進行する8国と当然防衛する中央の国の戦争が起こった。

 中央の国は8国との戦いを凌げるほどの力を持っていて、争い続けた国は人口が著しく減り、戦争を続けるだけに余力が無くなって停戦を経てから数千年後の他種族の国でも別種族が争うような事はなくなった。

 これが遥かな過去の……千年以上前の話。

 因みに『ラ・メール』の首都は海に面した美しい場所と言われている。


 まあ、チュートリアルとやらの受け売り情報だけど。


 漁業が盛んであり、大陸で一番人魚族(マーフォーク)が居る場所でもあるらしい。


「気になっていたけど、足……痛くないの?」


 エジェリーは、ボロボロに見える海の足を見る。

 その足は目に見えて薄汚れ、朱の色も滲んでいた。


 やっぱりバレる、よなぁ……。


「いや、実は結構痛かったり……」


 そう言って視線を逸らし、困ったような笑みを出しながら海は右足を上げ、器用に足の裏が見えるように立ったまま片足だけを折り曲げてエジェリーに見せる。

 その足の裏は石礫を踏みしめた時に付いたのか、擦過による傷が幾つもあり、痛々しい程に血が滲んで土埃が赤黒く変色していた。

 恐らく、見せていない左足の方も負けず劣らず痛々しい傷が付いているのだろう。

 それを見たエジェリーは、キッと海を睨みつける。


 何で黙ってるのよ……なんで何でも無いように笑うのよ……調子狂うわ、ねッ!


 どこか言いようのない海の態度に調子を狂わされっぱなしのエジェリーは、モヤモヤを振り払うかのように唐突に海に足払いをかけて転ばせた。


「ぐぅ!?」


 自身が予期せぬままに吐き出した、ぐももった声と共に、見事に海はひっくり返る。

 その視界は瞬きの内に天地を逆転させて見せた。


「~~~~~ッ!!」


 それから海は、自分が足払いをエジェリーにかけられた事をようやく認識し、遅れて背中と後頭部が鈍痛を認識させ始める。

 それと同時に声にならない声を上げながら後頭部を両腕で押さえて転がろうとしたところで、うつ伏せに組み敷かれてエジェリーが馬乗りになって逆エビ固めのような状態で海の足を持ち上げた。

 海の腰にエジェリーの柔らかなヒップの感触が伝わるも、すぐに地面に打ち付けたものとは違う痛みによって、その幸福な感触は脳裏から消え去ってしまう。


 どうして何も言わないのよ……痩せ我慢かしら?


 男の意地という物をあまり考えた事が無いエジェリーはそんな事を思いながら、急に大人しくなった海の足の傷を水筒の水で綺麗に流す。

 するとまた海が痛みに悶え始める。


「~~~~~ッ!?」


「ああもうッ!! 暴れないでよッ!」


 海の足の裏を流れ落ちる水に土と血が少し混じり、微かに赤茶色が混じった。

 傷によって染みる鈍痛に、海は無意識的に逃れようと身をよじろうとするも、レベル的に上のエジェリーは容赦なく、海よりも強い力で抑え込む。

 その光景だけを見れば、ある程度の近しい関係だと他人は勘繰るだろうが、知っての通り、海とエジェリーは今日初めて出会った他人。

 しかし既にそのような仲となったのは、一重ひとえに命の危機という障害を共に乗り越えた……これに尽きるだろう。

 いわゆる吊り橋効果という奴も少なからず影響してか、お互い少しだけ意識している関係だ。


 確かまだ余ってる布があったはず……。


 エジェリーはアイテムバックに幾つか用意していた布を2枚取り出し、湿った海の足を軽く拭って水分を絞り、その布でそれぞれの足をぐるぐる巻きにして縛る。


「取り敢えず、街で靴を買うまではこれで我慢して。 あと、今度からは我慢しないでちゃんと言ってよ?」


 エジェリーはそう言って街の方へ速足に歩き出す。

 海はエジェリーの背中から足元へと目をやる。

 その布の縛り方は少し歪で、それを見た海はエジェリーが少し不器用な事を知った。






 数十分後、街の門で門兵に海が止められるというアクシデントはあったが、口のまわる海の機転で、ある事無い事をでっち上げて、逆に同情された事は余談だろう。

 それから日が落ちつつ店終いを始めていた靴屋と服屋へと滑り込み、この場所に見合った服装に変わった。


 なんというか、これぞ一般市民って感じの服だなぁ……品質的にはそう悪くはないけど、やっぱり時代相応で、ちょっと着心地が良くないかもしれない。


 そんな感想を心中で抱きながら、海は着ていた寝間着に服屋が興味を示したので売り、お金に変えた。

 地球のスーパーの安売りで買ったばかりの上下合わせて1500円の安物が、この世界で銀貨1枚へと変わり、中々の値段で売れたようだ。

 汚れていなければ恐らくはもう少し高値で売れたかも知れないが、あの状況でそれは酷というものだと思って諦めたのは言うまでも無い。

 エフィーリアの貨幣は全て硬貨で出来ている。

 銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚と100枚で貨幣の単位が上がるようだ。

 金貨の上にも平民には滅多にお目に掛かれない黒貨、白貨があり、金貨100枚で黒貨1枚、黒化100枚で最高の白貨1枚となるらしい。

 全ての貨幣は特殊な加工を施されているため偽造はまず不可能であるらしい。

 因みに銀貨1枚あれば、平民は贅沢しなければ3週間程度は暮らせるとエジェリーが驚いていた。


「取り敢えずは宿かしら……? ロック鳥の嘴と鉤爪の換金は明日行きましょう?」


 宿は早めに行かなくては野宿になってしまうと、エジェリーは以前泊まっていたらしい宿に向かう事になる。

 服屋、靴屋のあった東門付近から一直線に伸びる中央通りを少し外れ、一度だけ角を曲がった場所に建っていた、少し年季の入った3階建ての宿が海の目に入った。


「ここがアンタに会うまで泊まってた宿で『白い小鹿亭』よ。

 朝引き払って別の街に移動しようと思ったんだけど、まさか引き払った日の夕方に戻って来るとは思ってもみなかったわ……」


 エジェリーは溜息交じりに肩を落とす。


「それは……悪かったよ」


 確かにそれはバツが悪いな……。


 海は素直に謝り、エジェリーと共に宿の扉を開け中に入る。

 扉を閉めて内観を見渡せば、外観より幾分か広く感じる造りに感じた。

 やはり外の荒野とは安心の度合いが違う事に驚き、屋内の中に居るだけで、こうも安心できるとは微塵も思っても居なかった。

 それは一定以上に治安が安定している日本に住んでいたがために気付かなかった事を海は実感する。


 何より途中でロック鳥以外の魔物が出なかったけど、やっぱり警戒はしてたから神経が……。


「話を付けて来たわよ? 代金は私が出しておいたから。 1週間は、ここを拠点にしてアンタの身元とかギルド通して調査してもらうから。 今日は疲れたからもう休みましょ?」


 そう言ってエジェリーは海を促すと、宿屋の奥から準備ができたのか、宿屋の娘さんらしき女性が案内する為に宿の階段を上がりつつ、にこやかに言葉を発する。


「お代はきちんと貰いましたから、お部屋に案内しますね?」


 解りやすい営業スマイルで、エジェリーの隣の部屋に通され、1週間の借り宿ではあるが、ようやく海は瞼を閉じてまどろみに沈むように睡魔に身を委ねたのだった。






「これは……オブジェ?」


 早朝にエジェリーに叩き起こされた海は、冒険者ギルドへと向かう途中でふと立ち止まる。

 街の広場にあった大、中、小の金の輪と透明な水晶によって構成されているオブジェのようなモノに目が惹かれた海はエジェリーに問う。


「これは転移門ゲート……古代人達が扱っていた、街と街を一瞬で行き来する事ができるの。 今は誰も使えないし、完全に水晶の光も無くなったから放置されてるわ」


 これも【チュートリアル】である程度は知ってたけど、こんなに大きな物なのか……両手足を目一杯広げて真ん中の金の輪くらいの大きさだな。

 確か使うには一度、触れるんだったか?


「へぇ~、便利だな……」


 海はダメ元で転移門ゲートに何気なく振れる。

 すると、3つの環の更に中心にあった透明な水晶が、脈動するように青く輝きを発して、金のそれぞれの輪が別々の軸で繋がっているかのように水晶を中心として回転し始めた。

 早朝だったために目撃者こそ少なかったが、エジェリー含め、その光景を見ていた者達は呆然と転移門ゲートを見つめている。

 海はそれとは別に驚いていた。

 古代人にしか使えないと言われている転移門ゲートを使えた事と、ロック鳥に襲われた時と同じように脳裏に文字が浮かんだからだ。


【別の国、街の転移門ゲート名を選択してください】

【なし】


 まさか使えるとは思わなかったんだけど……。


 自分でその街ごとの転移門ゲートに一度触れないと転移門ゲートに意味はない、というのは既に【チュートリアル】で知っていたが、実際に使えるとなるとは思っていもいなかったのだ。


「ちょっと!」


 エジェリーは未だ転移門ゲートの前に棒立ちのままだった海の腕を引っ張り、街の広場を離れ、路地裏へと引っ張り込んだ。

 すると転移門ゲートは役目を終えたというかのように輪の動きが止まる。

 しかし、中心の水晶は青い光が灯ったままだった。


「どういうこと!? アンタ、魔法使い(ウィザード)ってだけじゃなくて、古代人だったの!?」


 古代人。

 それは、この世界で最も栄えた人間の上位種のような存在だった。

 ある者は卓越した剣技を持つ騎士。

 ある者は名を残す大魔法を操った魔法使い。

 ある者は才覚を惜しみなく使った剣や装飾品を作った名工。

 それらを全て兼ね備えた化物まで居た。

 頻繁に争っていた遠い古代の国々ではあったが、もちろんそれぞれの今ある国にも古代人は拠点を持ち、全ての国は牽制し合う事となる。

 そんな者達を何時しか敬意と畏怖を込めて、古代人と呼ぶようになった。

 しかし、ある日を境にして全ての国から古代人が一斉に消え、大陸中央にあった、今は無き古代人の国『スピリオル』は廃墟となる。

 その『スピリオル』に残った武器や技術などを手にするために起こったのが数百年前の最後に起こった大きな戦争だ。

 だが結局、我先にと『スピリオル』に乗り込んだ国々は野党の群れの如く、探索という名の家探しを行ったが、珍しい物が幾つかという、戦争によって避けられない様々な損耗と天秤にかけて、全く釣り合わない程度の報酬を手に8国の王達は意気消沈したのだという。

 この辺りは海がチュートリアルによって得られた情報に含まれていない歴史だ。

 少なくとも、チュートリアルで得た情報の数々はこの世界の一般では既に時代遅れだという事実を初めて知り、海は大事になる前に気付けて良かったと安堵するのだった。

 転移門ゲートを動かしたこと自体が、そもそもの大事だったという事を失念してしまう程に。

 ご意見、感想などは歓迎ですのでお気軽にどうぞ^^

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