自己紹介
「うわぁぁ……ギルドカードのレベルが上がってる……」
海を助けたエジェリーは、売ればお金になるロック鳥の嘴と鉤爪を剥いでから、ふと思い出して冒険者に登録する事で手にする事が出来るギルドカードを覗き込んで瞠目した。
因みにギルドカードは登録されている本人の状態を逐次把握し、更新されるという機能があり、それとは別に倒した魔物の魂を吸収する事で倒した魔物の数なども蓄積、更新される。
当然ながら倒した魔物によって魂の吸収量などは増減する。
レベルが上がるのは主に、どのような魔物でも良いので一定数以上倒すか、もしくは希少な種の魔物、強力な魔物を倒すことだ。
それによってレベルが決定し、目安としてギルドカードに現れる。
もちろん、魔物を吸収して倒した魂は肉体的に強固なものへと変わっていく。
普通なら、もっと頑張らないといけないのに……まあ、ラッキーだったと思っておこうかな……。
倒してすぐにレベルが上がったのはエジェリーとロック鳥の差が大きかったからだろう。
何せ、そろそろ中堅レベルから、一気に中堅レベルという躍進だ。
中堅のランクは30未満なのだが、1つのランクを上げるのに平均的な冒険者はほぼ1年かけるはずなのだが、次のランクになって3ヶ月で、もうすぐ上のランクという普通では考えられない速度なのだ。
それは以前にも簡単に説明した通り、倒した魔物や相手の魂を吸収する事が関係している。
魂を吸収するとは言っても、全てを吸収できる訳ではない。
完全には解明されてはいないが、主に7~8割程度と言われている。
加えてパーティを組むとその人数分にほぼ均等に分割されるが、トドメを刺した者が若干量、多めに魂を得るのは常識だが、普通ならば危険を加味して、少なくともレベルが同じか少し下の魔物を狩ってレベル上げするのが常識として知れているからこそ、エジェリーは自分よりも高レベルの魔物や相手を倒す事でレベルが一気に増えるというのは、飽くまでも期待はしても狙って行う事は無かった。
もちろん危険な賭けという面が強いために冒険者ギルドでは推奨していない。
強者が居れば冒険者ギルドが他のギルドへの発言を強く出来るが、どんな場所にも身の程を弁えずに挑んで無駄に命を落とす者も少なからず居る。
せっかく強くなった冒険者が命を落とすのは損失であり、得策ではない。
強者も必要ではあるのだが、数も馬鹿にできないくらいには必要なのだ。
ならば強制ではなくとも、なるべく安全な基準を決め、無理なく強い者を生む事が良いというのが今の冒険者ギルドの方針である。
今回のロック鳥は限りなく上級に近い中堅。
でも、コイツが居なかったら私は多分……死んでた、よね?
比較的高めのランクに居るのは、巨体が生み出す重量や鋭い嘴、爪による攻撃は驚異であり、素早く攻撃以外は触れることすら出来ぬ空に居る事で遠距離攻撃の手段がなければ対抗するのが至難だという事が挙げられる。
だが、高い防御力を持っていないので攻撃を避け、カウンターを確実に当てられるか、遠距離攻撃の手段を持っていれば低ランク者でも倒せないでもない。
だがやはり、低ランクの者には遠距離攻撃、回避からのカウンターという手段であっても攻撃力不足で倒すことは難しく、一方的に嬲られて倒されてしまうことが多い。
今回は偶々、海が威力は無いが的確な技によってをロック鳥の翼を動かすのに必要な部位を貫けた事によって呆気なく地面に落ちたロック鳥を攻撃力があるエジェリーが弱点とされている首へと剣を突き刺す事が出来た。
恐らく助け、助けられた青年のレベルも上がっている事だろうとエジェリーは思い。
剥ぎ取った部位を余っていた布で包んで仕舞い、ようやく落ち着いて話す事にした。
「……で、アンタのお陰で助かったけど、何でこんなところで運悪くロック鳥に襲われてたのよ?」
「いや……何でこんな場所に居るのかの記憶が無くて……多分、誘拐されたんだと思う」
自分の意志でこの場所に来た記憶が無い以上、これは誘拐だろうと思っていたので正直に話す。
そもそも厄介事を避ける人間は、首を突っ込まずに我関せずだからな。
一瞬だけ目の前の少女を疑うが、そもそも危険を冒してまで海を助けたという事は、お人好しな面を持っていると海は結論づけて正直に話す事にしたのだ。
「誘拐!? でも確かに魔法使いだったら誘拐する価値くらいはあるかもしれないけど……アンタ、名前は?
私はエジェリー……エジェリー・ベシェールよ」
そう言ってエジェリーは風で流れた髪を抑えながら言う。
今更だが海はエジェリーの姿をようやくきちんと正視した。
少し癖のある金糸のような髪、深みのある水宝玉を思わせる意志の強い瞳、黄金比と言ってもよい程に整った顔、海と並ぶ身長に均整の取れた肢体、その肌は健康的な白さに輝いているように見える。
凄く、綺麗だ……黙ってれば大きな屋敷で優雅にしてそうなイメージだな。
その魅力的な身体は、動くのを阻害しない程度に抑えられながらも、身を守るのには十分な女性用レザーアーマーに抑え込まれ、腰には小さめのアイテムバック、左腰に女性でも扱えるショートソードを装備していた。
「俺の名前は海・黒井。 師が無い平民だよ」
当然のように、海は姓名を逆転させて名乗って端的に自己紹介する。
エジェリーもまた、海を初めて真正面から見た。
東の国に多いとされる程良く手入れされた黒髪、強い光を反射されながら吸い込まれるような濃褐色の瞳、幼さを残しつつも精悍という、アンバランスながら整っている顔、絞られているらしい身体は、寄り掛かっても受け止めてくれる芯のある魅惑を見せている。
よくよく見れば、可愛いかも……同い年か年下かなぁ……?
年下はあんまり好みじゃないんだけど。
その身を包むのは土に汚れてはいるものの、上質な布で仕立てられている事が見て取れた。
「ふぅん、カイ・クロイね……」
東の人間ってより、こっちの人間の名前っぽいわね。
この世界では、ただの平民には姓がない。
つまり姓のある人間は何所かしらの貴族であったりする。
だが、海は平民と言った。
没落して平民に成った元貴族か……それとも貴族の妾が姓を名乗る事を許されたかのどちらかかな?
確か東の国は『武士』っていうのが居たはずだけど、どうなのかしら?
因みにエジェリーも今は平民で、以前は一番位の低い男爵位を父が持っていた。
爵位剥奪の切っ掛けは両親が事故で亡くなったためであり、男爵位より上の貴族の幾つかがエジェリーの身請けを申し出たものの、明らかに不穏な物を感じたので辞退して冒険者へとして活動を始めたのだ。
もし仮に父より習い授かった剣術が無く、箱入りとして育てられていれば、疑い無く身請けを受け、不本意にも何所ぞの貴族の妾となっていただろう。
冒険者となってした苦労は数多かったが、好きでもない相手に組み敷かれる現実に比べれば数段マシだ。
母様は良い顔をしなかったけど、父様に感謝よね。
それはともかく、目の前のカイ・クロイという少年は明らかに自分の知っている国の人間ではないだろう。
「余計な詮索はしないけど、アンタ東の国の人間?」
自分の過去の事があって、他人の過去を詮索する事をエジェリーはしない。
が、誘拐されていたとしても、大まかな国の場所くらい知っておけば、後々手助けもできるだろう。
薄情な人間ならば、ここで見捨てるだろうが、少なくとも元貴族のエジェリー的に、恩義には礼を以て返す事を教えられている。
こうして出会った事も何かの縁であり、帰る手立てができるくらいには手助けしようと心に決めた。
こうなると彼女は頑固なのは、この場に誰も知らない事だ。
「人種的にはね……悪いんだけど、ここから一番近い街を教えてくれないか?」
曖昧な物言いだけど、嘘ではないし。
海はエジェリーの問いに対して、とても曖昧な答えを返す。
先程のチュートリアルによって、大まかな常識などは知ったが、よりにもよってこの世界は『地球』という名称ではなく、『エフィーリア』という名だと言う事を知り、通常の手段で家に帰る事はとても難しいと言う事を不本意にも知ってしまった。
当面の海の目標は、帰る事よりもまず先に生きる事になるだろう。
何せ、一般常識を知ってても体験した訳じゃない。
すぐに帰れる可能性が低い以上、まずはそれを調べるための時間が必要だ。
それには衣食住が無いと話にならないからな。
もっとも―――――
生きる事が出来てまずはスタート地点、そこから次に行うべきは帰る手段の模索よりも、この世界で生きるかどうか。
元々の世界は確かに科学が発達し、この世界よりも随分と便利だろう。
もちろん家族への愛情もあれば、自分の居た場所には愛着もある、けど……。
でも俺は……詰まらない、刺激が無いと思っていた。
いや、今でもそう思ってる。
ならばまずは、この世界を実際に生きてから、この世界と前の世界とを天秤にかけて選ぶ。
それをして、帰る事を選択してから、ようやく帰郷のための手段の模索を始める。
もっともその手段が見つかるかどうかさえわからない。
見つからなければやはりこの世界に根を下ろす事に成るだろう。
だからこそ海は、まずこの世界を生きてみようと思った。
海にとって見れば、帰れないのならば地球での暮らしを切り捨てる事は至極当然の選択。
だから、まずは街に行って、1人でも十分に生きる手段を手に入れないと。
「街? それなら、ここから更に半日くらい歩いたところに……というか、どうして一番近い街?
東の国に行くなら港から船に乗るか、竜籠で飛んでくのが早いわよ?
こうして助けた借りを返さないほど、私は薄情じゃないから、帰る手助けくらいはするわよ?」
本当にお人好しだな……騙されないか心配になるぞ……。
そんな海の心中を余所に、エジェリーは思う。
普通ならば、海は帰るべき国の名を上げるべきなのだ。
なのに街へ行きたいと言う。
まるで帰る気が無いみたい。
少年の帰る手助けはしようと思ったが、身一つで街に行く事はあまりよろしくは無い事をエジェリーは知っている。
治安は常駐騎士によってある程度は保てていても、やはり万が一というのはあるのだ。
スリに財布を盗まれる事もあれば、身包み剥がされて路地裏に捨てられるなんて事もある得る。
だからこそ怪訝な顔をしつつもエジェリーは、海が答えた東の国へと向かう手段を掲示した。
しかし、海はそれを必要としていない事を当然といった顔で新たに言う。
「それは助かる。 じゃあ、街に着いたら、まずは靴と服屋に案内して欲しいかな……流石にこの格好は足が痛いんだ」
ロック鳥を倒す一手を担った少年は、力の無い笑顔を浮かべながら視線を己の足元へと移動させた。
釣られて見れば、その足は土に汚れた裸足。
確かにそれは見ていて痛々しい程に辛い事だろう。
今の格好も街では幾分か目を引く事を予想し、少年の言うとおりに街へ着いたら靴屋と服屋へ連れて行こうと決意した。
もうちょっとマシな格好させないと、悪目立ちしそうだしね。
ロック鳥から剥ぎ取った部位を売れば、その程度は十二分に支払える。
倒す事に協力した少年には正当な報酬も渡さなくてはならない。
「なら行きましょう。 街に着くまでは気合で頑張ってね?」
「ああ、うん。 街までは頑張るよ」
歩き出したエジェリーを追って、海も未だ見ぬ街へ向けて歩き出す。
「素直で感心感心。 そう言えば、私の方が年上よね?」
数歩進んだエジェリーは素直な海に対して、うんうん、と感心したところで、ふと思い出したように振り返って問うた。
「俺は今16。 もう少しで17だよ」
海は当然のように答えると、エジェリーは何度目かになる驚きに目を見開いた。
ええ?!
嘘!?
私より年上!?
背も私よりちょっと高いくらいだし、幼く見えるし年下だと思ってた。
け、敬語の方が良いかな……?
「私はもう少しで16歳……です……」
「あ~……冒険者のエジェリーさんの方がこの辺りに詳しいし、言う事はきちんと利くよ?」
流石に見知らぬ土地で威張れる性格じゃないし。
容姿とかは似てないけど、妹の空に似てる気がするなぁ……。
海は妹ほどの年齢のような雰囲気、エジェリーは海の日本人特有の幼く見えてしまう容姿と従順な性格によって、どちらも年下と思っていた。
が、お互いに初対面で緊急時だった事も有り、距離感を計りかねていた事で今の今まで誤解が生まれていたのだ。
「始めから解ってたらアンタなんて言わなかったわ……です」
「敬語とか要らないよ、助けてもらったし」
うん、やっぱりどこか妹っぽい。
無理に敬語へと変えようとしているエジェリーに親しみを覚えた海は、微笑みながらエジェリーを追い抜いて街の方へと歩き始めた。
何なのよ……コイツ……。
そんな海を見て、エジェリーは言いようも無いモヤモヤを抱えたまま海を追いかけた。
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