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東京原人  作者: 夏川龍治
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恋心

 いつもの帰り道を、夏海と梢は並んで歩いていた。

「一緒に帰るのなんてひさしぶりだね」

 うれしそうに、梢が微笑む。

「おたがいいろいろと忙しかったりするからね」

 それは半分本当のようで、半分はウソだった。携帯電話を持ちはじめて以来、夏海はあまり友達と面と向かって喋らなくなった。用事なら電話かメールで伝えればいいし、何もわざわざ直接会って話すことはないか……夏海だけでなく、ほとんどの友達がそう思っている。けれど、今日はなぜだか梢と一緒に帰りたい気分なのだった。

「今日の歴史の授業、すっごくタイクツだったよね」

「そうそう。あの先生、すぐ自分の世界に入っちゃうんだもん。いつもならケータイが使えるからいいけど、今日はそれもないから困っちゃった」

「私も。一応ケータイにゲームがついてるんだけど、それもすぐに飽きちゃうし」

「私なんか、ゲームはテトリスしかやったことないよ。それにしても、メールとか電話が使えないとホント困るよね。ああ、一日でも早く電波が……」

 不自然に言葉を切って、梢は立ちどまった。

「あれ、マモル先輩じゃないの」

「えっ?」

 思わず、夏海は眉の端を吊りあげた。梢の視線が指し示す方向を目で追っていくと、確かに少し先のバス停に守の姿があった。サッカー部員らしき数人の男子と何やら楽しげに話している。部活が終わって、これから帰宅するところらしい。

「近づいて、話してきなさいよ」

 ひやかすように、梢は耳もとで囁いた。夏海の全身がにわかに熱を帯びる。

「ほら、早くしないとバスがきちゃうわよ」

「えっ、でも……」

「私は別の道から帰るから。じゃあ、頑張って!」

 夏海の肩を軽くたたくと、梢はきたばかりの道を慌ただしげに引き返した。

 戸惑っているうちに、守のほうが夏海に気付いたようだった。部員との会話を中断して、驚いたような表情でこちらに向かってくる。

「珍しいな、こんなところで夏海に会うなんて」

 守のさわやかな微笑が、夏海の鼓動をさらに速まらせる。

「部活の帰り?」

「ああ。今日は練習が早めに終わってね」

「そう……」

 と呟いたきり、夏海は言葉に詰まってしまった。本当は直接話したいことが山ほどあったはずなのに、いざ守が目の前にいると何も言えなくなってしまう。

「ちょうどよかった。夏海に話したいことがあったんだ」

 緊張しているのか、守は両手をこすりあわせて、

「明日の土曜日、ちょっと会えないかな」

「明日……」

 夏海は瞬時に、頭の中にスケジュール帳を呼びだした。

 うん、大丈夫。確か、明日は何もなかったはず。っていうか、それを話すためだけにこっちにきたの? そんなことならケータイで……って、今はメールが使えないんだった。

「明日は忙しい?」

「ううん、そんなことないよ」

 大げさなほどに、夏海は頭を振った。

「明日は一日ヒマだよ」

「そうか。じゃあ、明日は東京駅で午後二時……」

 と守が言いかけた時、バスが停留所に到着した。

「長谷川! 急がないとおいてくぞ!」

「わかった、すぐ行くよ!」

 部員の呼ぶ声に、守は振り返って返事をした。

「詳しいことはあとで電話するから」

 と言い置いてバスに乗り込む守を、夏海はぼんやりと目で追っていたが、やがてハッとしたように目を見開いた。

 あとで電話するって、今はケータイが使えないじゃないの。ってことは、家に電話をかけるってこと? それはダメだって、絶対。お父さんにはカレシがいることはヒミツにしてるんだから。

 ああ、バスが走りだしちゃった。でも、このままじゃいけない。何とかして、守にこのことを伝えなきゃ!

 猛然と、夏海は走りだした。守に事実を伝える術を持たないまま、夏海は全力で疾走した。通行人が遠慮なく投げかける訝しげな視線も、切迫した危機意識にかられた夏海には抑止力として作用しないのだった。

 バスが徐々に加速していく。少しずつバスとの距離が離れていくという冷厳な事実にもめげることなく、夏海は必死にバスと併走しつづけた。しかし、どんなに全力で疾走したところで、また、一切の恥じらいを捨て去って守にむけて口を大きく開けてみたところで、夏海の無言のメッセージは守に届かないようだった。そればかりか、まるで夏海の行動を迷惑だと考えているように、守は深く俯いてしまったのだった。

 バスはさらに加速し、ついに夏海のエネルギーも限界に達した。肩で息をしながら、夏海は悔しげにバスをにらみつける。

 私は一体、何をやっているのだろう。バスと並んで走るなんて、できるわけないじゃない。そんなことぐらい、どうして気付かなかったのかしら。よく考えたら、帰ってから電話の近くでずっと待ってれば済む話じゃないの。そうと決まったら、早く家に帰らなきゃ。


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