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東京原人  作者: 夏川龍治
22/34

朝は戦争だ!

 リビングを包む心地良い静寂を、階段を駆け下りる夏海のけたたましい足音がうち破る。

「もう少し静かに降りてきなさいよ。おばあちゃんもいるんだから」

 朝食の準備をする手を休めることなく、美代子はたしなめるように言った。反射的に、夏海はその場で足踏みをする。

 しまった、今日はおばあちゃんがいるんだった!

「おはよう、夏海」

 ダイニングの椅子にきちんと腰かけて、トメは夏海に笑いかけた。普段とは違う光景に、夏海の内心に一瞬違和感が走る。

「おはよう、おばあちゃん」

「夏海もそこに座って朝ご飯を食べなさい」

 トメに促されるままに、夏海は椅子に座った。

「朝はご飯と味噌汁が一番じゃよ」

「おばあちゃん、ありがとう」

 夏海の微笑まじりの礼も、ついぎこちなくなってしまう。

 朝からこんなにのんびりご飯を食べてたら、学校に遅刻しちゃうよ。でも、おばあちゃんがせっかく用意してくれたから、しっかり最後まで食べないと。サイアク一時間目に間に合えばいいもんね。

「お父さん、会社?」

「もうとっくに出ていったわよ。ほら、早く食べないと本当に遅刻しちゃうわよ」

「わかってるって!」

 テレビのワイドショーでは、飽きもせずに携帯騒動関連の続報を流していた。続報といっても何一つ新鮮味のない情報を大げさに繰り返しているだけなのだが、それでも映っていれば無意識のうちに視線がそちらに動いてしまう。

「昨日から同じようなニュースをやってるけど、これは一体何だい」

 緑茶をのんびりと啜りながら、トメはのんびりと言った。

「昨日から全国的にケイタイの電波がつながらなくなってるんですよ。そのせいで、私たちも困ってしまって」

「ふうん、そうかい」

 さして興味もなさそうに、トメは呟いた。

「私の若い頃は携帯電話なんてものはなかったけど、それでもちっとも困らなかったねえ」

 何気なく発せられたトメの言葉に、夏海の箸を持つ手がとまった。それは時代の違いよ……モヤモヤしたものが夏海の内心に込み上げたが、それをトメに言う気にはなれなかったし、第一時間もなかった。

「ごちそうさま!」

 朝食をきれいに食べ終えて、夏海は顔の前で手を合わせた。

「きちんとあいさつができるなんて、やっぱり夏海はえらいねえ」

 感心したように、トメは目を細めた。

 夏海はカバンを手に立ちあがると、

「行ってくるね、おばあちゃん」

「歯みがきはもうすんだのかい」

「学校でするからいい!」

 とっさの言い訳にしてはなかなかうまいじゃないの、と夏海は思った。朝食もきちんと食べて、そのうえ歯みがきまでしていては本当に遅刻してしまう。

「あっ、しまった!」

 ドアノブに鍵を差し込みかけて、夏海は叫んだ。

「ケータイを忘れてた!」

「ケイタイは使えないでしょう」

「これはお守りなの!」

 半ばパニックになりながら、夏海はドタドタと階段を駆け上がっていく。

「ケイタイがお守りなんて……時代は変わりましたねえ、お義母さん」

 と呟いて、美代子は同意を求めるようにトメに視線を向けたが、トメは自分の世界に浸っているのか、緑茶をゆっくりと啜って、

「わざわざ歯みがきの時間まで用意してくださるだなんて、夏海もいい学校に通っているんだねえ」

 と、嬉しそうにしみじみと呟いたのだった。


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