波紋の原因
職員室に据え付けられたテレビでは、依然として携帯騒動関連のニュースを流していた。
「まったく、他のニュースはやってないのか」
荻原が不満げにチャンネルをむやみに切りかえてみるものの、どの局も決まりきったように携帯騒動についての特集を組んでいた。
「そんなにチャンネルをガチャガチャ替えたら、テレビが壊れますよ」
笹本が呆れたように言った。
「そんなに大事なんでしょうかねえ、携帯って」
しみじみとそう呟いたのは、歴史教師の大谷。考え方や身のこなしがいちいち古くさいので、普段はどことなく浮いた存在なのだが、この時ばかりはほとんどの教師の賛同を得たようだ。
我が意を得たりとばかりに、荻原が頷く。
「だいたい、今の子どもたちは機械に頼りすぎなんですよ。パソコンだの携帯だの、そんな現実味に欠けたものと顔を突き合わせてばかりいるから、人間同士の血の通った付き合いができなくなるんです」
「でも、それが彼らにとっての現実なんじゃないですか」
独り言のように、ぽつりと笹本が呟いた。
荻原は怪訝そうに声を低めて、
「現実?」
「確かに、パソコンや携帯電話での通信はバーチャルな一面もあります。でも、そうやって現実味の薄い通信手段に頼らざるを得ないという孤独な心理状態が、彼らが直面している現実なのではないでしょうか」
「これだから甘いんだよ、新入り君は」
荻原は鼻で笑った。
まだ半分以上残っている笹本の弁当箱に目をやると、荻原は生徒を叱責するのと同じ口調で、
「ほら、まだ半分も減ってないじゃないか。早くしないと昼休みが終わっちまうぞ」
「わかってますよ」
ふてくされたように、笹本はミートボールを頬張った。
「でも、私は信じていますよ」
大谷が遠い目つきをして、言った。
「いつかまた、人類が一切の文明を拒絶して、携帯もコンピュータもない世の中がくることを」
「そうなるといいんですけどねえ」
荻原は皮肉まじりに言った。
「一番いいのは、このまま永遠に携帯電話がつながらなくなることですよ。ねえ、西島先生」
「何でしょうか」
テレビの画面から視線を動かすことなく、西島はこたえた。
「先生なら科学に詳しいから、携帯の電波を遮断する方法もご存じなのでしょう。それを教育現場に応用すれば、携帯のうるさい電子音ともおさらばだ」
「教育現場への応用、ですか」
新しい悪戯をひらめいた子供のように眼を鋭く光らせて、西島は立ちあがった。
「一番手っ取り早いのは、学校全体を電子レンジと同じ構造にすることです。校舎の内壁から強烈なマイクロ波を流せば、電波の干渉現象によって携帯電話は通信機能を失うでしょう。ただしその場合、みなさんの体が一瞬のうちに丸焦げになりますが」
「丸焦げ……」
「もしかしたら、これは画期的な研究テーマになるかもしれないな。ハッハッハ」
表情を強張らせる荻原たちをよそに、西島は心底愉快そうに軽快な笑いを響かせたのだった。