博士の狂気
独立記念日とあって、街は心地良い高揚感に包まれていた。しかし、そんな高揚感などには関係なく、博士はある種狂気じみた恍惚感に浸っていた。
早朝からつけたままにされたテレビには、日本の携帯騒動に関する報道が流されていた。インタビューにこたえる人々はみな、困惑と混乱の入り混じった表情を浮かべている。
「計画は成功したようですね」
若干の皮肉を込めて、助手は言った。
「そう、大成功だ。見ろ、みんな今回の騒動に混乱してるじゃないか。これで、日本の携帯電話信仰にも歯止めがかかるだろう」
助手の心情など一切関知しない様子で、博士は満足げに笑った。
「本当に、これで良かったのでしょうか」
「なぜわかりきったことを聞くのかね、君は」
興奮の余韻に水を差されたのが不満なのか、苛立たしげに博士は言った。
「これでやっと、我々の長年の夢が実現したのだ。これ以上の幸福はないではないか」
まるで悪戯の成功を誇らしげに語る無邪気な子どものように微笑む博士に、助手はそれ以上何も言えなかった。しかし、ただ一つだけ、助手の心にどんよりとわだかまるものがあった。
我々――博士は確かに、我々の夢だと言った。一体いつ、俺は博士と同じ夢を持ったというのだ。連日の徹夜も厭わずにこれまで研究に血道を上げてきたのは、自分の研究がやがて世界の科学技術の向上に貢献する日を待ちわびているからであって、決して博士のきわめて利己的かつ幼児的な好奇心を満足させるためではない。
しかし、もう博士の暴走を阻止することはできないのだ。そのための対抗策は、何一つ残されていないのだから。