その8・私、ため息を吐くのこと
週一連載と固定した方が良い気がしてきました。
神様がどうして人間を作ったのかをなんとなく濁し、とりあえず神様がいてYOU達のことをずっと見守っているんだよと教え――魔法の使い方を優しく教えてあげた私はいつの間にか、聖霊様ではなくご神体と思われるようになった。曰く、神様がこの岩に降臨して少年――リヒトに魔法を教えたということらしい。なんでだ。
「神様!」
ちょっとおバカな少年リヒトは呼び方を変えるし、神官たちは伏せた顔をにやけさせながら私を拝みだすしで本当に迷惑極まりない。そろそろリヒトの修行を投げ出そうと思っているから良いのだが。
リヒトを教え始めて一年と半年が過ぎ、十歳かそこらだったリヒトは十二歳になっていた。西洋人の血だからだろうリヒトの背はメキメキと伸び、顔にはうっすらと髭が生え始めている。人間だったころ外国語の先生から聞いた『髭面の小学生』とはこういうことかと少し悲しくなりつつ、でもそろそろお別れだと思うと清々した。ガキは嫌いなのだ。
「神様、おはようございます。――えっと、僕のニホンゴ、どうでしょうか? ちゃんと話せてますか?」
「うん、だいぶ上手になった」
――そう。リヒトは今日本語を話している。呪文を日本語にしたため新しく何かの呪文を作るには日本語を知らなければ不可能で、身から出た錆とはこのことかと内心涙しながら日本語を教えたのだ。一度日本語で教えてしまったことだし後から変えるのははばかられ現在に至る。毎回確認をとってくるが、リヒトの日本語はかなりのものになっている。
「じゃあ練習を始めようか」
「はい!」
リヒトは真剣な顔をして右手を突き出し呪文を唱える。私は口元をおさえる準備をした。
「『世に風のイデアを投影する。荒ぶ嵐』」
毎回噴き出すのを我慢している私は不謹慎かもしれないが、自分で考えた法則ながらなんて厨二的なんだろうか。年齢的にもちょうど良い年頃だし――まあ、髭が生えているのは見ないことにして――僕は選ばれた勇者なのだとばかりに恥ずかしい呪文を唱える子供の姿はかなり微笑ましかった。美形と厨二患者は良く似ている。主に自意識過剰な点で。
どうやらリヒトは風と水が得意らしくその二つを精力的に伸ばす努力を怠らない姿には感心するばかりだが、やはり現代人の想像力とこの世界の住人の想像力には大きく差があるようだ。なんというか、少し物足りない。もっとこういう使い方をすれば良いのに、ああいう使い方はどうよ、と思いつつも言わない私は教師失格かもしれない。でも雇われた家庭教師というわけでもないしそこまで懇切丁寧にしてやる必要性もない、また私は魔法の使い方を理解する手助けだけしかするつもりがない。自分で気付くか、弟子とか孫弟子あたりが気付けば良いだろうと思っている。
「はぁ、はぁ……どうでしょう、神様?」
リヒトが振り返って私を見た。私は『神の恵み』の塊だし肉体などないから無限に魔法を使えるが、リヒトたち人間は自分の体内で『神の恵み』の精製を行わなければならないため体力が削られていく。リヒトから聞いたことによると精神的疲労も強いらしいから、きっと精神力も使うんだろう。人の身とは不便なもんだ。
キラキラとした目で私を見つめるリヒトに、まさか『見ていませんでした』と言えるわけがない。それにリヒトの実力は毎日見ているから問題ない。『神の恵み』の精製に失敗して暴走させた様子もないし、そろそろ手放しても良いだろう。いっそのこと今日おサラバしてしまおうか……この一年半リヒトの修行を毎日のようにつけてきたが、本音を言ってしまえばもう面倒くさいのだ。呪文用に色々形容詞とか教えたし、日常会話に困らないほどの日本語能力をリヒトはもう身に付けているし、私がまだ教えるべきことなんてもうないと思っている。あとは自分で考えろと突き放しても構わないだろう。
「うん。合格だね――リヒト、もう私が君に教えるべきことはない」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。だから今日で君の修行は終わりだ。君はこれから自分の足だけで立つんだ」
言外に『もう私は君の修行を見ないよ』と匂わせるとリヒトの顔が紅色から真青に転落した。おいおい、どうしてそんな顔をする。こっちは貴重――でもない時間を割いて君のために使ってきたんだ。有難うございましたくらい言いたまえ。
「そんな神様……! 僕を見捨てるんですか!?」
両膝をガクリと突き呆然と私を見上げる。眼球の運動が激しい。これ以上ないほど動揺しているのが分る。
「見捨てるんじゃない。卒業するんだ。いつまでも師におんぶにだっこではいけない」
私はもう疲れたんだよ! ガキの子守なんぞ本当は嫌だったんだ!――と言ったらリヒトの中の私の理想像が崩れる気がする。私はそこまで鬼ではないつもりだ。
「うう……神様……」
リヒトが俯いて目元をごしごしと擦る。視力悪くするぞ。
「わかり、ました……神様」
リヒトは顔をあげ私を見上げる。今の私は光の玉だからどこに目があるとか分らないんだろう、リヒトは微妙に私の眼の位置からずれた所を見つめ、コクリと一つ頷いた。
「神様から、卒業します」
「うむ」
「さ……」
さ? リヒトの目から新たに涙がじわりじわりと浮かび、零れそうなほど目尻に溜まる。
「さようならぁ――!!」
泣きながらリヒトは走って行った。前を見ずに走って神官に正面衝突し横の階段から転がり落ち、足の骨を折って一カ月の間安静にせよとの診断が下りた。騒がしいガキだった……仲間外れにされて泣くおとなしい子だと思っていたら意外に騒がしいガキで早く次を教えろこれは何だと私を質問攻めにし、疲労困憊――肉体がないから精神的なものだが――した私に笑顔で『また明日!』と言い捨てて帰っていくような奴だった。ついでに言えばお礼を言えないガキだった。最後くらい言うかと思ったが、最後まで言わなかった。
「……もう人間に関わるの止めようかねぇ」
この世界の人間たちはみんな、個性がありすぎて困る。