その7・私、呪文を考えるのこと
しばらく開きました。なんだかちょっと出来が悪い気がしますが、何日かおかないと冷静に推敲できそうにないです。
人間だったころ、英語はまあまあの出来だった。とても良いとは言えないけどだからと言って悪いわけでもない平均値ちょっと上。だけど――流石に三百年近く英語から離れてると思いだせるはずもない。カタカナ英語ならまだどうにかなっても、普段使わない単語はもうすっかり忘れてしまった。
魔法の呪文を英語にして『ファイア!』とか言わせようかと初めこそ考えたものの、単語に関する記憶が頼りないから諦めることにした。もう日本語を呪文にすれば良いだろう――ちょっと痛々しいことに目を瞑ることにして。
この世界に来て三十年くらいしてから気付いたことだが、どうやらこの世界の言葉は日本語じゃない。そりゃ異世界だから当然なんだけど十年単位で気付かなかった。どう見ても相手がしゃべっている口と私が聞く言語の間に差異があるのだ。自動翻訳機能だろうかと思って集中してみればその通りで、きっと神様が言語で困ることがないようにと、少ない頭を捻って考えてくれたんだろう。それはそれで嬉しいが、それよりも先ず私の意見を聞いて欲しかった。問答無用で聖霊にするとか、私の人権はどこへ行った?
で、相手が話している言葉を覚えようかとも思ったけど面倒だったから止めた。どうせ自動翻訳機能が働いているのなら、わざわざ覚える必要なんてない。それに私は訳の分らん言語よりも日本語を聞いていたかった。
で、だ。つまりこの世界では日本語は『存在しない言語』だということだ。外国語というものはなんとなく恰好良いように聞こえる気がするし、多少発音がおかしくてもそれに気がつく人間などこの世界には私以外に一人もいない。実のところ呪文なんてどうでも良く、本人にとってイメージが湧きやすい言葉であればどんなものでも良いのだ。とりあえず『私にとって』分りやすいものにしたがそのうち自国語に直す運動とかが起きるだろう。
さて、漫画の記憶もあやふやだから漫画からネタを引っ張ってくるのは無理だ――なんとなく覚えていて漫画の技そのままになることがあるかもしれないが。少年が来るまであと数時間しかないから早く考えなければならないのだが、そう思えば思うほど何も出てこなくなる。『想像すれば思った通りになる』とかは、見本があるからこそできることだと思う。言葉がなくても脳内のイメージを投影することで魔法を使っているんだ、きっと。
投影――そんな名前の魔法を使った漫画だか何かがあったと思うが、もう覚えてない。そういえば現世は『本質界の陰の投影である』とかいう考え方があったはず。プラトンだったかソクラテスだったかは覚えてないが、そんな考え方を誰かが主張していた、はず。確か『それぞれの存在のひな型であるイデア』が本質界に存在するから私たちはその物質が何なのかを判断することができる、とかいうものだったと思う。
せっかく呪文を唱えるなら何か恰好をつけた方が良いだろう。よし、決めた。呪文は『世に○○のイデアを投影する、云々』で良いだろう。なんだかそれっぽくて恰好良い――ような気がしないでもない。
「『世に水のイデアを投影する、凍る大地』みたいな」
効果があると確信しつつ地面に指を向ければ床に氷の膜が走る。あまりイメージを固めることなく作ったからか白濁した氷で、記憶の中の氷とは透明度がまるで違った。ため息を吐いて氷を溶かせば、溶けた水は地面を濡らすことなく気化した。
「んー、まあとりあえずこんなものかね」
私は無事一仕事終えることができたような爽快な気持ちで背伸びを一つした。実体はないから肩が凝ることはないのだが、実体があったときの癖は何年たっても抜けないものだ。
ついでに、私は途中で放り出して『後は自分で考えろ』と言うつもり満々だ。自分が教えると決めたくせに無責任な奴といわれるかもしれないが、魔法というのは本来自分たちで高等なものにしていくのが正当な進化なのであって私の介入は本来ないはずのものだ。それをちょっと早める手伝いまではするが魔法体系の完成まで付き合うつもりはさらさらない。言うなれば『応援している』だけだ。
「聖霊様!!」
そんなことをつらつらと考えていたら、少年が来る時間がきていたらしい、少年が笑顔で廟に駆け込んできた。
「おー、よく来た」
彼から私が見えるようにして現れれば顔をパアと明るくする少年。――そういえば少年の名前って何なんだろうか。呼ぶ時はどうせ少年と呼びかけているから不便ではないが、名前があるのだからそっちを呼んだ方が喜ぶだろう。まあ、名前を聞くのは面倒だからすぐにはしないが。
「良いか少年、要はイメージだ、イメージ。想像するんだ。どんな結果を望むのか想像しながら唱えるのが一番の成功への近道だ」
「はいっ!」
「じゃあ私がまず見本を見せるからね。『世に水のイデアを投影する、凍る大地』」
「す、すごい……! すごいです、聖霊様!!」
「ハハハハ、凄いだろー」
後から考えればかなり痛々しかった――いや、魔法使いという時点で痛々しさはにじみ出ているのだが、考え付いた呪文は『厨二病患者カモン!』な出来だった。だがだからと言ってほかに何か考え付くかといえばさっぱり思い浮かばず、思い出せる魔法の呪文にできそうな英語は『ファイア』『ウィンド』『ブリザード』くらいだったから仕方なかった。
少年の名前はリヒトに決まりました。冴木遥様ありがとうございます!
主人公の名前はいまだ考え中&募集中です。